『やる気がないならやめちまえ!!』ってことで魔王になるのやめました。

マクドフライおいもさん

第1話『前』

「俺達は負けない!! 必ずお前を倒してみせるぞ、魔王!!」


 恐ろしき魔界の王を前にして勇敢なる青年が叫んだ。


「くるがよい勇者よ、我が暗黒の力で葬ってくれるわ!!」

「うおおおおおおおおお、いくぞおお!!」


 魔王に向かって勇者とその仲間達が突撃する。


「必殺!! キガガ・ブレイク!!」

「超魔法!! ウルトラ・スーパー・ファイアー・アイス・カミナリ・ボール!!」

「射るべし!!」


 大地を切り裂く剣技に、山をも吹き飛ばす魔術、そして矢。


 勇者達の愛と勇気と正義の超攻撃の前に、魔王とて一溜まりもなかった。


「うぎゃああああああああ!!」


 魔王の体が爆発、四散する。

 こうして世界は救われたのである!!


 やったね。



――……四十九日後。


 平和になった人間界に対して、魔族の主柱たる魔王を失った魔界は荒れに荒れていた。


 オークが、ミノタウロスが、ドラゴンが、デーモンが、魔界のあらゆる者達が争いに争っていた。

 我こそは次なる魔王にならんとして!!


「かちこみじゃああああああ!!」

「上等じゃあああああ!!」


 血で血を洗う争いの日々。凄惨を極めるその戦いに、魔界の長達は危機感を募らせた。


 このままでは人間達との再戦を前に、内の争いで滅びかねない!!


 そこで長達は考えに考えた。

 どうにか別の方法で魔王を決める手立てはないか……。

 これ以上の流血を避け、新体制を発足する方法はないかと。


 そしてついに、彼らはそれを思いついた。


『MKI魔王選抜総選挙』の実施である!!




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 漆黒をまとうドラゴンが咆哮し、その大きな口より黒き熱線を吐き出す。

 熱線が向かう先にいた悪魔の女は背中についた羽をひらき大地を蹴り、宙へと逃げた。


 誰もいない場所へと黒き熱線は直撃する。


――ドカーン。


 女がもといた場所に大穴が空く。


「……いちおう警戒して避けてみたけど、この程度ならわざわざ避けなくてもよかったか」


 熱線の大爆発とそれによって出来た大穴を空から眺めながら、涼しい顔で悪魔の女は言った。

 そんな彼女の余裕の様子にドラゴンは腹を立て、再び熱線を放つ。


――ドカーン。


 今度こそ熱線は命中。

 それを見たドラゴンがざまぁみろとばかりに吼えている。


 しかし……。


 爆煙が晴れ、中から傷一つ付いていない悪魔の女が姿を見せると、ドラゴンの邪悪な笑みは一瞬にして消えてしまった。

 彼女は片手でドラゴンの攻撃を簡単に防いでしまったのだ。


「やっぱり、たいした事ない」


 熱線を受け止めた己の掌を見ながら、呑気にそう呟いた後、悪魔はドラゴンへと向かって滑空する。

 そして、そのまま素手で巨大な怪物の顔面を殴りつけた。


 すると、そのわずか一発だけの攻撃でドラゴンは地に倒れ伏し絶命してしまう。


 暗黒竜の亡骸の傍らに立ち、彼女は独り呟く。


「準備運動もなしに、ちょっと本気出しすぎたわね」


 竜を素手で殴りつけた悪魔の腕があらぬ方向へと折れ曲がっていた。


 腕が折れてしまったのは、竜の堅き鱗のせいではない。

 自身が秘める力のあまりの大きさに、肉体が耐え切れなかったせいである。


 ドラゴンをも簡単に屠ってしまうこの悪魔。

 彼女の名はイスティア。

 連綿と続く高貴なる魔族の血『ベルモア』、その血筋において、もっとも美しく強い悪魔として、次期魔王との一族の期待を一身に負う悪魔の娘である。



 黒き竜を倒し、魔法の力で自身の腕を治療していると。


「姉さま!! 姉さま!! 大変!! 大変よ!!」


 同族の少女がひどく慌てながらイスティアのもとへと駆け寄ってきた。


「何よ、またそんなに慌てて」

「慌てもするわ!! だって大変なのですもの!!」

「わかったから、少しは落ち着きなさい、ルルー」


 イスティアがそう言って少女の頭をぽんと撫でてやると、彼女は照れ臭そうに顔を少し赤らめながら頷く。

 少女の名はルルイエ。

 イスティアと同じくベルモアの血を引く、彼女の妹である。


 ルルイエはまだ幼かった。

 人間に例えれば、その外見は十にも満たぬ年に見えるほどだ。


 その事をルルイエも自覚しており、そのコンプレックスが、姉であるイスティアへの強い憧れにも繋がっているようだった。


 ルルイエは日頃から、この世でもっとも美しき者は姉であるイスティアだと思っていたし、この世でもっとも強き者もイスティアの他には存在しえないと信じていた。


 妹に慕われるのは悪魔とて悪い気はしない。

 けれども、ルルイエのイスティアに対しての過剰な心酔っぷりは、姉にとっては多少気にかかるところでもあった。


「これを見て!!」


 ルルイエが茶色く丈夫な皮紙を手に、イスティアの目の前へとつきだす。

 そこには赤い血文字が並んでいた。


「どれどれ」


 血文字を読み上げてみるイスティア。


「『この度、魔王選抜総選挙を行う事が決まりましたのでお知らせいたします』、……何よこれ?」

「薄汚いロラゼールの奴らが、企んだのよ!!」


 ライバルの一族の名を上げながら、ルルイエが悔しそうに言う。

 そんな彼女からイスティアは皮紙を受け取り、文字の続きに目をさっと通す。


「なるほどねぇ、つまり人気投票で魔王を決めようってわけ」

「こんなの卑怯よ!! 軟弱よ!! 戦いじゃ姉さまに勝てないからって!!」

「まぁ、いいじゃない。グルド谷のダークドラゴンを殲滅するだけでも何年かかるやら。正直、めんどくさかったのよね。人気投票でぱっと決まるなら私も楽でいいわ」

「そんな!! このままいけば、姉さまが魔王になれたのよ!!」

「そうは言ってもねぇ……」


 魔王になれた。

 そう妹に言われてもイスティアにはどうもぴんとこない。


「もう!! 姉さまはいつもそう!! 姉さまが魔王になったら勇者なんてイチコロよ!! 人間界なんてあっと言う間に征服出来ちゃうのに!!」


 ルルイエがそう言って膨れっ面を見せるが、イスティアの方はというと苦笑いを浮かべるだけ。

 それも当然。

 彼女には魔王になりたい気持ちなど、ちっともありはしなかったのだから。

 彼女は周囲に期待され言われるがまま、ただ何となしに魔王にさせられそうになっているだけなのだ。


 イスティアは飽いていた、この魔界での日々に。

 魔王になれると言われたところで、彼女の心は踊らないのだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 投票によって魔王を決める『魔王選抜総選挙』、その結果発表の日。


 発表が行われる会場には大勢の魔物達が集結していた。


 悪魔のみならずオークからドラゴンまで、様々な種、一族の代表が参加しており、舞台上には溢れんばかりに魔物達が立ち並んでいる。

 その中から魔王になれるのは1位を取った者のみ。


 投票結果は10位から順に発表されていった。

 司会役の悪魔が該当者の名を読み上げる度に、客席も盛り上がる。


 やれうちの者は誰よりは上だ、なんだと、好き勝手に言い合い、殴り合いの喧嘩もちらほら発生する始末。


 なかなかのヒートアップっぷりを見せる客席だったが、誰一人と自分達の候補者が1位になれなかった事を悔しがる者はいない。


 それもそのはず。

 彼らの関心は自分達の代表が気に食わない種族や一族よりも上かどうかであり、端から1位など諦めていたのだ。


 何故か。


 それは誰もがこの投票が『ベルモア』と『ロラゼール』の一騎打ちになるであろう事を承知していたからだ。

 長らくライバル関係にあるこの二族の代表者は、共に、魔王たるに十分すぎるほどの力を持っていた。


 シルヴィ・ロラゼール。

 ロラゼール家の高慢なこの女悪魔は、歴代の魔王と比べても遜色ないほどの強力な力をもっており、通常ならば彼女が選ばれても文句を言える者はいないだろう。


 しかし、今回は相手が悪すぎた。


「第二位!! ロラゼール家のシルヴィ嬢!!」


 司会の悪魔がその名を告げた時、悔しがる当人はともかく、客席のロラゼール派の中には、諦めにも近い空気が漂っていた。


「ああ、あいつで決まりか」

「やっぱりな」

「仕方ねぇよ、今回ばかりは」


 因縁のライバル達をもこのような態度にさせてしまう相手とは……。


「そして栄えある第一位は!!」


 発表と同時に、小悪魔達が手に持つスポットライトをその者へとあてる。

 そこに立っていたのは……。


「ベルモア家のイスティア嬢です!!」


 イスティアだった。


「ではさっそく見事一位に輝いたイスティア嬢に、これからの抱負を語って頂きましょう」


 司会の悪魔に促がされ、スポットライトを浴びるイスティアが一位になった喜びの挨拶と魔王としての抱負を聴衆に向かって語り始める。

 とはいっても、それは非常に形式的で無感情なものだった。


 彼女は事前に家の者達が考え用意した演説内容をそのまま口にしているだけであり、その言葉に彼女の思いは微塵も乗りはしていない。

 暗記させられた義務的な挨拶。


 誰が見てもイスティアに魔王としての喜びややる気がない事は明らかだった。


「なんだよ、あのてきとうな挨拶は」

「ひでぇなこりゃ。史上もっともやる気のない魔王様の誕生じゃねぇか?」

「だけどあいつはまじで強いからなぁ、しょうがねぇよ」


 ざわつく聴衆席。

 2位止まりとなったロラゼール派の者達にいたっては、声をどんどんと大きくし、野次を飛ばすまでになり始めていた。


「やる気がないならやめちまえ!!」

「そうだ、そうだ!!」

「こんな娘が魔王だなんて、魔界全体が舐められるわ!!」

「そうだ、そうだ!!」

「だいいちあいつは人間かぶれって噂も聞くぜ!! 魔王になるのを嫌がってるのもそのせいだって!! 人間の味方しようって奴がこの魔界の代表に相応しいはずがない!!」


『人間かぶれ』。

 飛ばされてきた野次に反応し、イスティアの古い記憶がよみがえる。

 彼女は思い出す、幼い頃に読んだ家の書庫に眠っていた古い本。その中に書かれていた人間界の事、それを興味深く読んでいたあの頃の事を。

 人間界に興味を持ち、まわりの者達に人間達の生態についてあれやこれやと質問し、困惑させていた日々を。

 そして人間界に行ってみたいと望みながらも、まだまだ力が未熟な自分には危険であると、父や母が許してはくれなかった事を。


 忙しい日々に呑まれ、いつしか自然と興味を失っていた人間界。


――懐かしいな……。


 浴びる罵声も気にせずイスティアがそんな事を思っていると、彼女にとって大きな転機となる発言が、聴衆席から発せられる。

 それはへっぽこ魔物が何気なしに飛ばした野次であった。


「そんなに人間が好きならてめぇなんか人間界で暮らしちまえ!!」


 電流が走るような衝撃に襲われ、イスティアはハッとする。

 そして彼女は聴衆の眼前から消えるように移動して、発言者であるへっぽこ魔物の前に立った。


 突然目の前にやってきた次期魔王に怯えるへっぽこ魔物。

 そんな震える彼にイスティアは言う。


「君!! いいね!! それ!!」


――人間界で暮らす!!

――考えてもみなかった!!

――面白そうだ!!


 珍しくイスティアの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 思い立ったが吉日。

『魔王選抜総選挙』の結果発表会場から、自身が住まうベルモアの豪邸へ飛んで帰ると、魔王になるはずだった悪魔の娘は急ぎ荷造りを始める。


 あれを探し、これを探しと、家中をひっくり返しながら旅立ちの準備を進めるイスティアに、屋敷の使用人である悪魔達は皆困惑し、彼女を説得し止めようとするが、残念ながらまるで効果がない。


「お嬢様、お考えなおしください!! 『魔王の座を再びベルモアに』というお嬢様の曽祖父様の代からのその悲願が、ついに叶おうかというこの大事な時になって、何故今さら人間界に行くなどと申すのです!!」


 もっとも長くベルモアに仕えてきた使用人の爺やもイスティアを止めようと必死に説得を試みるが、彼女の反応は変わらない。


「今だからよ。私が子供の頃、人間界に行こうとしたら危ないからってお父様達に止められてたの、爺やも覚えているでしょ? 今の私なら止められる理由もないわ」

「大有りです!! 魔界の王に選ばれたお嬢様が勝手にいなくなってしまっては、再び魔界はその座を狙い、血で血を洗う抗争に突入するでしょう!! お嬢様の勝手で魔界の戦力が大幅に低下してしまうのですぞ!!」

「その事なら安心して、次の魔王はちゃんと指名してきたから」

「な、なんですと!!」

「『人間界で暮らす』このナイス提案をして、私に幼き日の夢を思い出させてくれた子にお礼として魔王の座を譲ってきたわ」

「そんな無茶苦茶な!! どこの馬の骨ともわからぬ輩が魔王など、誰が認めましょうか!!」

「もう、うるさいわねぇ。だったらあの子にでもやらせたらいいじゃない」

「あの子とは?」

「2位になってたあの子よ。名前はシルヴィだったかな、ほら、あのロラゼールの子」

「な、なんてことを!! よりによってロラゼールの小娘に魔王の座を譲るなど!! 絶対になりません!! なりませんぞ!!」


 顔をさらに赤くし声を荒げる爺やにうんざりするイスティア。


「もう、だったらそっちで好きに決めちゃってよ。とにかく私は魔王なんてめんどくさそうなもん興味ないから」

「お嬢様!!」


 イスティアの固い意志にお手上げの使用人達。

 そこへ、イスティアの父親でもある屋敷の主人が会場より一足遅れで帰ってくる。


「旦那様がお帰りになられました!!」


 使用人のその声に、イスティアは嫌な顔をする。

 彼女は父親が帰ってくる前にとっとと出発するつもりだったのだが、思いの他荷造りに手間取ってしまった。


「イスティア!! イスティアはおるか!!」


 どしどしと足音を鳴らしながら大柄の悪魔がイスティアのもとへとやってくる。


「いったい何を考えている!! 大切な魔王就任の挨拶を途中で投げ出すとは!! どういう事か説明しなさい!!」


 ひどくお冠の父親にイスティアも事情を必死に説明するが、もちろんそんなワガママを認めてくれるはずもなく……。


「いかん、いかん、いかあああんぞ!! ついにベルモア家が魔界を牛耳ようというこの時になって、何故今さらそんなくだらない事を言い出す!!」

「くだらなくなんてないわ!!」

「くだらぬわ!! 第一だ!! そんなに人間界に行きたいのなら、お前が魔界を統べる魔王となり、軍勢を率いて好きなだけ行けばよかろう!!」

「別に私は戦いをしにいきたいわけじゃないの!! 戦争なんてめんどくさいものゴメンだわ!!」 

「な、なんと!! 嘆かわしい!! わしはお前をそんな軟弱者に育てた覚えはないぞ!!」

「私がどう生きようと私の勝手でしょ!! ほっといてよ!!」


 魔王となるはずだった娘と、魔王の父親になるはずだった男の言い争い。

 二人の主張は平行線のままで決着がつきそうにもない。


「全くなんて強情な娘なんだ!! こうなっては仕方があるまい、実力行使といこう!!」


 イスティアの父親はその巨躯をさらに隆起させ、娘の前に立ちはだかる。


「どうしても人間界へ行きたいという言うのなら、この父を倒してみろ!! イスティアよ!!」

「えいっ」


――ドカーン。


 イスティアのパンチ一発で、屋敷の天井に穴を空けて飛んでいく彼女の父親。

 彼はそのまま山三つ越えたはるか向こうまで飛んでいく。


「ああ、お嬢さま!! 旦那様になんて事を!!」


 爺やがその光景に慌てるが、イスティアは気にしない。


「いいのよ、お父様は頑丈さだけが取り柄よ。あのぐらい、どうってことないわ。それに私が赤ん坊の頃、お父様の顎に会心の一撃を入れてた時も『この子は素質がある!!』と喜んでたそうだから、今もきっと娘の成長を喜んでくれてるはずよ」

「それとこれとは話が別なような……」

「とにかく、これでしばらくお父様は帰ってこれないわ。さっさと荷物まとめて出発しないと」


 などと言っていると今度は別の悪魔がイスティアの前に現れる。


「お母様……」


 それは彼女の母親だった。

 そしてどうやら空中を飛んでいく旦那の姿も見ていたらしい。

 やって来て早々に彼女は言う。


「まったく自分の父親を山三つ向こうへ軽々と殴り飛ばすとは、我が娘ながらなんて……、なんて……、なんて素晴らしいのかしら!!」


 魔界に暮らす者達の感性は人間と比べるとずれてる者も多く、イスティアの母親も例外ではない。


「まさに魔王になる為の素質を持って生まれた子ね。母さん、とても嬉しいわ」


 笑顔で娘に語り掛ける彼女にイスティアは言う。


「お母様聞いて!! 私は魔王になんてちっとも興味がないの!! 私、人間界に行きたいのよ!!」


 そう必死にイスティアが訴えてみたところで、やはり母親の反応も芳しくない。


「ええ、使用人達からその話は聞いているわ。またあなたがワガママを言い出したとね」

「ワガママなんかじゃない!!」

「ワガママです。ベルモア家の悲願をあなたは嫌というほど、幼い頃から聞かされていたはずよ。それなのに、手の届く位置にいながら、途中で投げ出そうなんて、許されません」

「お母様!!」

「魔王の素質を持つあなたがこのベルモアの家に生まれ、機会にも恵まれた。これはもう運命と言っていいわ」

「そんな運命嫌よ!!」

「あなたは魔王となり魔界を統べるのです。そしていつかは己より強い男と結婚し、さらに強い子を産む。それが魔界の女の幸せというものよ」

「私はそんな幸せ望んでない!! お母様だってまわりの反対を押し切って弱っちいお父様と結婚した癖に!!」


 イスティアの母親もかなり破天荒な悪魔だったらしく、その武勇伝を聞かされ知っている彼女としては自分だけ悪魔らしく、魔界の者らしくと生き方を押し付けられるのは面白くない。

 抗議するイスティアに母親は言う。


「それはそれ。これはこれよ」

「自分だけ勝手してずるいわ!!」

「勝手を通すには、勝手を通すだけの説得力が必要です」

「説得力?」

「ええ、そうよ。私は反対する者を力で捻じ伏せてきた。何をやるにも、この魔界では力こそが全てよ。どうしてもと言うのなら、それこそ私を倒してみせなさいイスティア」

「そ、それは……」


 イスティアの美貌と強さは母親譲り。

 彼女も魔界随一の美しさと強さを誇り、その力はかなりのもの。

 イスティアの方に分がありはするが、その差は父親と比べものにならないほどに小さい。

 父親相手のように手を抜いて勝てる相手ではなかったし、かといってイスティアが全力を出せば母親に大怪我を負わせかねない。

 下手をすれば命を落とす事になるやもしれなかった。

 たとえそうなったとしても、母親自身はそれほど強くなったイスティアの姿を喜んでくれるかもしれなかったが、娘であるイスティアはそんな事したくなかった。


「うぅ」


 まごつく娘の様子にその気持ちを察し、母親は溜め息をつく。


「まったく、あなたのそういう甘いところだけはなかなか直りませんね。言っておきますが魔界では優しさや甘さは美徳にはなりませんよ」

「だってお母様と戦いたくなんてないもの。お母様にはずっと元気でいて欲しい……」


 しょんぼりとそう口にする娘。

 悪魔の母親である者とて、やはり娘に慕われる事自体は嬉しい事だった。


「まったくこの子ったら。……しょうがないわね」


 イスティアの思いに彼女も態度を軟化させる。


「お母様?」

「この魔界とは違う世界に行って、その半端に温く育ってしまった性根を叩きなおすのも良いのかもしれないわね」

「……!! それじゃあ!!」

「ええ、人間界に行くのを許可しましょう。ただし、あなたが旅立ちに持っていこうとしているその荷物。勝手に持ち出そうとしているけど屋敷の物は全部あの人の物よ。父親の物に頼らないといけないような子を、人間界に送るわけいはいかないわ。それは置いていきなさい。己の力のみで人間界へと向かうのです」

「ありがとう!! お母様!! 大好き!!」


 自分のワガママをなんだかんだで許してくれた母親に甘えるように抱きつくイスティア。

 それを傍らで見ていた妹のルルイエも羨ましくなったらしく、二人の方へ飛び込んでくる。


「ルルも!! ルルも!! ルルもぎゅっとするの!!」

「まったく、この子達はいつまで経っても甘えん坊なんだから。いったい誰に似たのやら……。やっぱりあの人かしら?」


 娘二人に抱きつかれ、その頭を優しく撫でながら彼女達の母親はつぶやいた。

 これもまた美しき家族愛かな。


 まぁ、娘にぶっ飛ばされたお父さんは山の向こうで埋まってますけどね。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そんなこんなでイスティア旅立ちの時。


 家族(父親は除く)や使用人に見送られ、いざ旅立たんとするイスティアに妹のルルイエが目に涙を浮かべて姉に問う。


「姉さま、本当に行っちゃうの?」


 まだ幼いルルイエにとって、大好きな姉との別れはつらいものだ。

 引き止めるように問い掛ける己の妹にルルイエは言う。


「ええ、行くわ……、人間界に。大丈夫よ、ルルー。別にもうこっちに帰って来れなくなるわけじゃないもの」


 人間界と魔界とは『門』を通れば行き来出来る。

 必要とあらば多少時間はかかれど、この魔界に帰ってくる事などイスティアにとって造作もない事であった。


「でも、でも!! 人間界は危険だって……、もしかしたら勇者が姉さまを襲ってくるかも!!」

「あら、『勇者なんて姉さまならイチコロだ』って言ってたのは、どこの誰だったらかしら?」

「それは……」


 口ごもる妹の頭を優しく撫でながらイスティアは言う。


「心配しないでルルー。あなたの姉さまは魔界一強い悪魔ですもの。勇者なんて束になったってかないはしないわ」

「姉さま……、お願い、私も人間界に連れてって……」


 涙目で懇願するルルイエに、姉であるイスティアは優しく諭すように話す。


「それは無理よ。あなたはまだまだ未熟だもの。お父様とお母様の言いつけを守って、特訓して強くなって立派な悪魔ならなくちゃ、ね?」


 さらに言葉を続け、彼女は言う。


「そうだ。もし、あなたがお父様とお母様の修業をクリアして、立派な悪魔になれた時、私がまだ帰ってきてなかったら、あなたから会いに来てちょうだいな、歓迎するわ」


 そんな事を言い出すイスティアに、彼女の母親が言う。


「あら、ずいぶん長く向こうにいるつもりなのね」

「だってせっかく人間界に行くのよ。人間界はとても広いんでしょ? 隅々まで見ていきたいもの」

「呆れた子だこと……。まっ、好きになさいな」


 母と姉とのやりとりを見ていたルルイエ。

 彼女も姉の固い決意が変わらぬ事を察し、力強くイスティアに宣言する。


「わかった。きっと姉さまみたいなナウなヤングにバカウケなセクシーダイナマイトになって会いにいくわ」


 ルルイエのセンスには時々イスティアもついていけない事がある。

 彼女には理解出来ない言葉が飛び出してきたりもするが、いちいち気にしてはいけない。


「そうね。ワオでパンクなウケネライのタイヤキになって会いにきてね」


 言葉の意味はわかってなくとも、てきとうに合わせて返答する。

 それが姉としての度量というものだ。たぶん……。


「またね、私の姉さま……」

「またね、私のかわいいルルイエ」


 再会を約束し、妹と涙の別れを済ましたイスティア。

 ついに彼女は人間界に向かって旅立っていくのであった。


「お土産よろしくねぇ~」


 母親に帰ってくる時のお土産を頼まれて……。

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