らむね

 時間はエリス教会でクリスとリックが出会う少し前にさかのぼる。


 とある館の寝室の中。閉められた窓のカーテンからは、ほの明るい光が漏れる。

 薄いベージュ色で統一された室内の壁やカーペットが、簡素だが質の良い茶色の調度品とともに落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 窓の側にあるベッドは白いシーツで整えられ、そこには色白の少女が横たわっている。きれいに整えられた艶やかな黒髪がその美貌を一層際立たせる。少女は深い眠りについているようだ。


 ベッドの傍らに置かれた簡素な椅子にはやはり黒髪の美しい女性が座っている。彼女の名前は「らむね」。年齢は二十代前半というところだろうか。彼女は赤い瞳を持っていて、その顔立ちはベッドに横たわる少女とよく似ている。

 優しい表情を浮かべて少女を見つめる横顔には、少しだけ憂いの感情が見える。

 しばらくの間慈しむように少女の頭を撫でたあと、らむねは立ち上がり、少女に声をかける。


「じゃあ、行って来るね。」


 無反応の少女を後にして、らむねは寝室から出て行った。


 …


 同じ館の執務室。


 大きな机を挟んで、椅子に深く腰掛けた白髪の老人と魔導士風のローブを着て立つらむねが向かいあっている。


 らむねの青白い肌と黒髪が部屋の照明を反射して赤く輝く瞳を強調している。


 老人は感慨深げに言う。


「ついに時が来た。あの魔鉱石の鉱脈を我が手中に収める時が。」


 彼の支配する領地の境界の向こう側に、この国でも最大級の埋蔵量を誇る鉱脈がある。その鉱脈の実権を握る事が老人の長年の夢だった。


「この魔道具があれば容易い事だ。」

 老人は机の上に置かれたダンベル状の魔道具を見ながら感傷にふけるような表情を浮かべた。その金属製と思われる魔道具は照明の光を反射して怪しげに輝いている。


 らむねが言う。

「これがうまくいけば、約束通り私の妹の命を助けてくれるのでしょうね?」


 すると老人は、微笑しながら答える。

「ああ、もちろんだとも、らむね。君との約束は忘れておらんよ。

 妹さんの病気の事は心配せずに、君がなすべき事に集中してくれ給え。

 この魔道具を使いこなすことができるのは君しかおらん。

 そして妹さんの病気を治す方法を知っているのは、私だけだ。」

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