路地裏には、乾の死体と自転車だけが転がっていた。

 室寺と千ヶ崎朝美が、その前に立っている。乾の所持品からは魔術具の類が奪われていた。持ちさったのは、もちろん例の二人組だろう。ただし〝信号魔法〟の発信機は体内に埋めこまれているので、さすがにこれはその場に残されている。

 ビルに挟まれた道は暗く湿っていて、何かの粘性動物が這っていったかのようだった。通りをいくつか離れるだけで、繁華街の喧騒は遠い異国の物音みたいに隔絶してしまう。

 朝美はかがみこんで、死体の状況を詳しく検分した。

「……首のところに噛み跡のようなものがありますね。かなりの出血も見られます」

 と、彼女は努めて冷静に言った。

「だが人間のものじゃないな」

 室寺も上からのぞきこみながら言う。

「ええ、詳細は不明ですが、獣の牙みたいですね」

「たぶん、変身能力を持った魔法使いのほうだろう。サクヤとかいう少女のほうだ。人間だけじゃなく、動物への変身も可能らしい」

 乾が最後に撮影した二人の写真は、もちろんすでに転送されていた。逃走するにしても、ただでは逃げないところが乾らしい、と室寺は苦笑するしかない。

「とすると、狼とか犬にでもなって臭いを追跡した、というところでしょうか? 傷跡とも一致しますね」

「そんなところだろう。こいつを追いかけられるとしたら、それしか考えられん。見てくれだけじゃなく、中身も真似られるわけだ」

 室寺はそう言ってから、乾の首の具合を確かめた。

「だが噛み殺されたというわけじゃなさそうだな。頚椎は折れていないし、出血も少ない。鬱血が見られないから、窒息したわけでもないらしい」

「千條さんと同じ、ですか?」

「おそらくは、な。もう一人の、ニニってやつのほうだろう。心臓を直接停止させられるらしい。解剖所見とも整合性がとれる」

 二人は立ちあがって、しばし沈黙した。事態としては最悪だったが、状況としては最悪というわけではない。これからは十分な反撃が可能だった。

「――でもまさか、あの乾さんが殺されるなんて」

 朝美はつぶやく。

「委員会本部に応援要請だ」

 室寺は極度に感情を抑えた声で言った。死んだ乾重史も知っていたとおり、頼りがいのある男なのである。

「乾が発見した例の場所を徹底捜索、それから敵対勢力の排除を行う」

「二人の敵討ち、ですか」

 朝美が訊くと、室寺はその鉄のような首を横に振った。

「――いいや、これは戦争だよ」

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