第4話 至上もっとも卑劣で残酷で卑猥な連続パンツ誘拐事件
神王院姫耶から相談を受けて一週間が経過した。
放課後。いつものように比空望実と奥苗春希は相談部の部室で誰かが訪れるのを待っていた。
「いろいろ考えてみたんだけど、ガーターベルトがロッカーに入っていたことを誰にも知らせずに、誰が入れたのか探すのって不可能に近いよね」
「そうだな」
「っで、わたしの能力が役立ちそうな状況も考えてみたんだけど」
ソファーに寝転がっていた比空は上体を起こす。
「たとえば浮気調査とかにも使えそうだと思わない?」
奥苗は別の倉庫から奪ってきたパイプ椅子に腰掛けて窓の外の運動部を眺めながら答える。
「それは被るのは男のパンツ? それとも女の人のか?」
「うーん。それはたぶん奥さんと旦那さんのどっちが浮気したのかによると思う」
「なるほどなー」
比空が男物のパンツを被って力を使っているところを想像してみた。自然と眉間にしわが寄る。
「ということで、そろそろ次の相談事来ないかな」
横目で比空を見る。
神王院姫耶から受けた相談については切り替えたのだろうか。もっとも、本人が探さなくていいと言ったのだから、相談自体が終了しているとも言える。おそらく神王院姫耶の大事にはしないでという願いを守っているのだろう。
じー、と相談部の扉を見据えている比空。
無理しているようには見えない。けど、他人のために色々なことをすることを努力すると言ったのだから、どこかにいつもと違う力を入れているのかもしれない。
比空の願いが通じたのかドアがノックされる。
このノックを皮切りに、様々な問題が堰を切って流れてくることにこの時の奥苗は気づけなかった。いつもと同じように奥苗が扉を開ける。そこに立っていたのはのんびりとした雰囲気を醸し出している少女だった。
黒いショートボブ。黒縁眼鏡。丸くてくりくりとした瞳。全体的に小動物を感じさせる雰囲気の少女が首をもたげて奥苗を見上げる。
「あのー、ここって相談部ですか?」
ゆったりとした、一語一語を伸ばすような喋り方。
「おう。間違いないぞ」
「えっと、ちょっと相談したいことがあるんですけどいいですか? すっごい個人的なことなんですけど」
「もちろん」比空が明瞭な声で言う。「そのための相談部なんだから」
比空がソファーに座るよう促すと、少女はぺこりと頭を下げたあと比空の対面に腰を下ろした。おそらく下級生だと見て取れるが、上級生を前にした緊張感などは彼女から感じられなかった。
「何飲む?」
奥苗の問いに比空はいつものようにイチゴミルクと答え、少女は遠慮するように首を横に振って鞄の中から水筒を取りだした。
「わたしはこれがあるから大丈夫です」
「そうか。わかった」
奥苗はバナナジュースとイチゴミルクを買って部室に戻る。
部屋の中に入ると少女の相談はすでに始まっていて、比空は真剣な表情で聞いていた。
「盗まれたんだって」
パイプ椅子をソファーの脇に運んでいると比空に端的にそう言われた。
「何が?」
奥苗はパイプ椅子に腰を下ろす。
比空は少女に視線を送る。どうやら喋っていいか確認を取っているようだ。少女は小さく首を下げた。
「彼女は一個下の学年の綾瀬真麻ちゃん」
紹介された綾瀬は、よろしくお願いします、と頭を下げる。
「それで、綾瀬ちゃんの下着が盗まれたんだって」
バナナジュースの紙パックにストローを差し込もうとしていた手が止まる。自分の耳を疑う。そういう類いの相談がここに来ることはないと根拠もないのに思っていた。
「じゃあ、おれは外に出るぞ」
「そうしたほうがいい?」
「あっ、でも下着と言ってもブルマなんで大丈夫ですよ」
大丈夫と言われても、そんな相談をどんな顔をして聞けばいいのかわからない。奥苗は戸惑った顔をして比空を見る。座って、というジェスチャーを返されたので、浮かせた腰を戻した。
「それじゃあ、もう一度詳しく話してもらえる?」
「はい」相談者である綾瀬真麻は鞄を膝の上に置いて中に手を入れた。
奥苗は紙パックに刺したストローを意味もなく上下させて心を落ち着かせる。
「これがわたしのロッカーの中に入っていたんです」
綾瀬がテーブルの上に置いたのはハサミで切られた跡の残ったブルマと一枚の紙だった。羊皮紙のような、少し高級感がある折りたたまれた紙。そして恨みが込められたかのように切り込みが入っているブルマ。奥苗は喉の渇きを覚えてバナナジュースを口に含めた。
「これは綾瀬ちゃんのブルマ?」
悲痛な表情を浮かべた比空はブルマを広げる。奥苗は視界の隅で確認する。ブルマに入った切れ込みは大きな布切りばさみで切ったようなもので、数カ所会った。
「はい。わたしのです」
「盗まれたって言ったけど、どうしてそう思ったの? これだけ見ると盗まれたと言うよりは、傷つけられたっていう表現のほうが近いと思うけど」
「……そう言われればそうですね」綾瀬はまるで他人事のように話す。
「ロッカーはクラスの?」
はい、と綾瀬は首肯する。
教室の外に生徒ひとりひとりにロッカーが設けられている。
「ブルマはいつもロッカーに入れてるの?」
「そういうわけでもないんですけど、たまに必要になるときもあるので入れてることが多いです」
そういうもんなのだろうか。奥苗は疑問に思ったが口には出さなかった。
「いつブルマが切られたのかわかる?」
「いえ。気づいたらこうなっていたので」
比空は考えるような間を置いたあと、何度か口を開いたり閉じたりした。
「イチゴミルクならそこだぞ」
奥苗の指摘に比空は嫌な顔をした。喉が渇いていたわけではなさそうだ。
奥苗はバナナジュースに視線を落とす。
比空は綾瀬の方を向き、意を決したように口を開いた。
「クラスメイトの誰かがやったって可能性は?」
「それは、ないと思います。もしクラスの誰かがわたしへの嫌がらせとしてやったのなら空気でわかります」
「そういうのはなかったってこと?」
綾瀬は頷く。「みんないつもと同じようにわたしと接しています」
「まあ、確かに入学して二、三ヶ月でそういうことは起こらないか」
「どういうことがだ?」
奥苗が質問すると、比空はいちいち喋らないでと言うように怒りを宿した視線を送ってきた。
「虐めってこと」
ああ、なるほど。そういうことか。
「こっちも見ていい?」
比空がブルマと一緒にテーブルに置かれた紙を指さす。
「はい。大丈夫です」
ブルマと交換して手に持ち、比空は二つに折りたたまれた紙を開いた。奥苗は横から覗き込んで文字を読む。マーシア陥落、二度と復興する事なかれ、と明朝体でプリントされた文字が並んでいた。
「マーシア?」比空は小首を傾げる。
「七王国か」
奥苗の言葉に二人の視線が集まる。
「な、なんだよ」
「どういうこと?」比空の訝しむ眼差し。
「なにが?」
「マーシア、知ってるの?」
奥苗は首を捻る。
「いや、知らねーな」
口からついて出たが、マーシアについての知識は何も持っていない。ただ、頭の中でマーシアという単語と七王国という単語が繋がっただけだ。
「いや、でも言ったよね、いま」
「……なんでだ?」
「いや、質問してるのはわたしだよ」
思考を巡らせる。なぜ自分がマーシアという言葉を知っているのか。うなり声が漏れた。
「思い出せない」何かの本で読んだのか、それとも誰かに聞いたのか。
「はあ」比空は嘆息する。「まあ、いいよ」
比空はもう一度書かれた文字に目を通す。
「マーシア、七王国……。綾瀬ちゃんはなにかピンとくるものある?」
「いえ、ないです」
「そっか……」
「たぶん七だろ」奥苗は感じたことを言った。
「どういうこと?」
「七王国の一つが陥落した。それはブルマが切られたってことだろ」
比空ははっと気づいたように頷く。
「……そっか、他に六つあるんだ」
比空は眉間にしわを寄せて考えるような仕草をとった。奥苗はその横顔を見て、細く長い息を吐く。
「あのさ。申し訳ないんだけどこれはおれたちじゃどうにもできなさそうだ。だから、職員室に行って担任にでも――」
比空に頭を叩かれて言葉が途切れる。
「馬鹿なこと言わないでよ。何のための相談部だと思ってるの?」
「いや、でもこんなのは」
「相談部に届いたことは、教師には知らせずにわたしたちだけで解決させるの」
はっきりとした物言い。奥苗は頭を掻く。
「けど、下着が切られるなんて生徒が扱える問題じゃないだろ」
「程度の問題じゃない」
比空の意志の籠もった瞳。
苛々した。わかってないんだ比空は。できることとできないことの区別がつかないから目の前にあることを全てこなそうとする。それで損をしているのは誰かってことをわかって欲しい。
「わたしはやるから」
反論を許さぬ断言。
奥苗は切られたブルマと折りたたまれた紙を順に見て、最後に綾瀬に視線を移した。
綾瀬は申し訳なさそうにこちらを見ている。
「ひとりでもやるから」
比空のその言葉を聞いて奥苗も心を決めた。
「わかったよ」
奥苗は渋々承諾した。
比空は満足げに立ち上がる。
「わたしたちに任せて。きっと綾瀬ちゃんの悩みを解決してみせるから」
綾瀬も立ち上がって頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます