第3話
下校中。途中のコンビニでアイスを買って、二人は並んで歩いていた。比空はイチゴバーを囓りながら自分の不甲斐なさを愚痴っている。
「わたしより、よっぽどこのイチゴバーのが人の役に立ってるよ」
「それは役立つ方向が違うだろ」
奥苗は隣でバニラバーを囓る。
「それにしても比空の能力使った姿を見るなんて久しぶりだったな」
「そうだっけ?」
「たぶん最後に見たの小学生の時だ」
「まあ、子どもの遊び道具としては優秀だったからね」
比空がパンツを被って、もったいぶった口調で探偵のようにパンツを触った人間を推理していたことを思い出す。あの頃の比空は、自分の能力を色々な人に教え回っていた。今ほど羞恥心や自尊心を持っていなかったのだろう。
「今日は神王院の悩みも聞けたんだし満足だろ?」
「聞くだけじゃ意味ないんだよ。解決するために聞くんだから」
不意に比空は小走りで駆け出す。どうやら脇道から顔を覗かせた猫を追いかけに行ったらしい。猫は足音が近づいてきたことを俊敏に察知してきびすを返して逃げてしまった。
残念そうに戻ってくる比空。
「あの猫も、わたしがイチゴバーだったら喜んで迎え入れてくれたのに」
「いきなりイチゴバーが走ってきたらビビるぞ」
「そういうことを言ってるんじゃないよ」
比空は口を尖らせる。
それにしても暑い。
地面を踏みしめるたびに熱が足裏から伝わってくる。これからどんどん暑くなっていって、そのうち立っているだけで汗まみれになるのだろう。
「けど、神王院さんの鞄から出てきたものにはびっくりしたね」
歩いていると比空がぽつりと言った。平静を装っているが、わずかに頬の色が熱を持ったように変わっている。
「そうだな。あんなの持ってこられても困るっての」
「そうだよねー。わたし、ああいう下着直で初めて見た」
「マジで?」
そうか。比空の所有する下着の中にガーターベルトは存在しないのか。ほっとしたような、残念なような複雑な気持ちが渦巻く。
「持ってないよガーターベルトなんて。わたし、パンツ見せるような相手もいないし」
唐突に何を言ってるんだこいつは。
返答に詰まったので、そのまま無言で歩を進める。
「ちょっと、つっこんでくれないとわたし恥ずかしいんだけど」
「なら言わなきゃいいだろ」
比空の顔は赤い。奥苗は自分の顔も赤いであろうことを感じていた。
「ガーターベルト……誰が入れたんだろう」
「さあな」
「今までで一番不思議な相談だったね」
「そうだな」
「相談部もちょっとは役に立ってるのかな?」
比空は窺うように奥苗を見る。
「役に立ってるよ」きっと。
そうだといいと奥苗は素直に思っていた。他人のために何かしたいと言い出した比空の気持ちが少しでも報われるといいと。
「けど、相談部なんかつくってさ。ほんと、最近の比空のやることはよくわかんねーよ」
「んん?」比空は身体を傾けて下から覗き込むように見てくる。「それじゃあ、前のわたしのことはよくわかってたの?」
悪戯っぽい笑み。
奥苗は遠くの方に視線を向ける。以前の比空。高校一年生の頃はクラスが違ったので遠くから眺めることしかできなかった。一年前の比空は他人に対して壁をつくっていたようで、奥苗自身もあまり話しかけることができなかった。中学の頃は奥苗の後ろを歩いていたことが多く、もっと弱々しくて、他人に積極的に関わろうとしなくて、誰かに頼ることが多く、それをいつも申し訳なさそうに思っていた、ようだった。よくわかってたかどうか訊かれると、そこまで理解できてなかったようにも思える。結局は自分の見た感じでしか判断できない。
「今よりはな」
「そっか」
高校二年生で再会した比空は、他人と積極的に関わって、他人の益になることをしようと努力しているみたいだった。結果的にそれが相談部の設立に繋がる。
「相談部、ずっと続けるつもりなのか?」
「まだ始まって二ヶ月だよ? もう面倒になったの? 最近の奥苗はちょっとやる気がなさすぎるよ」
「そういうわけじゃねーけどさ。ただ、いきなりこんな部活つくった理由が未だに理解できねーだけだよ」
「やってればそのうちわかってくるよ」
「実はお前もわかってないとかそんなオチじゃないだろうな?」
「……まさか」
答えるまでの短い間の意味は何なのか。
「とりあえずこの学校の人の悩みを減らすの。それが今のわたしの目標であり、努力していること」
比空は自分に確認するように頷く。
分岐路が近づいてきた。左は奥苗の家に続き、右は比空の家に続く。
「それじゃあ、また明日ね」
比空は片手を小さく一度振った。奥苗は手を挙げるだけでそれに返す。
「おう。またな」
小さくなっていく比空の背を見送る。食べ終わったバニラアイスの棒に目を落とす。
「ああ、そうか。これ、当たりとかないんだったな」
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