第9話 目堂さんの、これから



 謎の化け物に身体中がんじがらめにされながら、俺は仁王立ちする目堂さんに驚きの目を向ける。


「め、目堂さん、どうしてここに!? 帰ったんじゃなかったの!?」

「教室の窓ガラスが全部割れたんだもの、何ごとかと戻りもするわよ」


 さも当然と言わんばかりに、目堂さんが割れた窓ガラスを指さす。


「戻ってきてみればこれだもの。九品田くん、あなたこういうのに気に入られるタイプだったのね」

「好きでこうなってるんじゃないよ!」

「まあまあ、落ち着いて。今助けてあげるから」


 まるで背中についた毛虫でも取り払うくらいの気軽さで目堂さんが言う。


 それから、化け物の方へと声をかけた。


「そんなわけで、その子を放してあげてほしいんだけど」

「コムスメガナニヲイウ、ダレガハナスモノカ」

「あら、お世辞が上手なのね。私、多分あなたよりだいぶお姉さんなのだけれど」


 目堂さんの場合、お姉さんというよりおばあさ……いや、やめておこう。


 化け物にまったく臆することなく目堂さんが続ける。


「見たところ、下級霊かもしくは実体化した思念体といったところね。こちらのお願いを聞いてもらえないのなら実力行使することになるけれど、それでもいいのかしら」

「ホザケ、コムスメゴトキニナニガデキル。オマエモウマソウナニオイガスルゾ、コイツノツギニクッテヤル」

「どうやら交渉の余地はなさそうね」


 それから、目堂さんは俺に向かって声をかけた。


「待たせたわね。今助けてあげるから、そこでじっとしてなさい」

「うん、ありがと……」


 お礼を言いかけて、俺は口をつぐんだ。


「俺を助ける」って、つまり目堂さんが自分の力を使うんだよね? ってことは、目堂さんの正体がみんなにバレる――!?


 俺は慌てて叫んだ。


「ダ、ダメだよ目堂さん! そんなことをしたら、君は――」

「ダメも何も、そうしないとあなたが助からないわよ? そいつも下級とはいえ、放っておけばあなたをとり殺すくらいの力はあるんだから」

「で、でも……」

「やさしいのね、九品田くん」


 目堂さんがつぶやく。


 それから、はじめて見るようなやさしい笑みを俺に向けてきた。


「でも、いいのよ。いくら私でも、あなたを犠牲にしてなおこの教室に居座れるほど図太い神経はしてないわ」

「め、目堂さん……」


 俺から視線をはずすと、目堂さんは化け物に向かって言った。


「というわけで、これからあなたを排除するわ。この私が直々に相手をしてあげるのよ、光栄に思いなさい」

「ヘラズグチヲ。イッタイドウヤッテオレヲハイジョスルツモリダ?」

「それはね……こうするのよ!」


 目堂さんが叫んだかと思うと、俺を取り押さえる化け物に向かい一筋の黒い影が伸びてきた。

 影は瞬く間に化け物の身体を締め上げる。


 俺の耳のそばから、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「どや! わいからは逃げられんで!」

「お、大蛇丸!」


 それは目堂さんの一番の友人、大蛇丸の声だった。目堂さんの頭から伸びた大蛇丸の身体が、何でも通り抜けてしまうはずの化け物の身体を羽交い締めにしている。


「バ、バカナ!? ナゼオレノカラダヲトラエルコトガデキル!?」

「残念だったわね。大蛇丸は霊体の身体だろうと容易く捉えることができるのよ」


 驚きを隠せない様子の化け物に、目堂さんが簡単に解説する。


「ちょ、あ、あれ、何なんだ!?」

「へ、蛇……!?」

「目堂さんの頭から生えてる……!?」



 教室の入り口からのぞいているクラスメイトたちは、目堂さんの姿に驚きの声を上げている。


 その声に、少し寂しそうな顔をすると、目堂さんは俺に向かって言った。


「私、見られただけで相手を石にすることなんてできないと以前言ったわよね」

「う、うん」

「でもね、私は……」


 次の瞬間、俺にまとわりついていた化け物の身体が急に硬くなる。

 かと思うと、バラバラと砕けて俺の足下へと落ちていく。


「相手を石に変えることができないとは、一言も言ってないわ」


 床に散らばっていたのは、どうやら石化した化け物のようだった。一瞬で石になった化け物は、そのまま粉々に砕け散ってしまったらしい。


 ドテッと床に尻もちをついた俺に、歩み寄ってきた目堂さんが手をさしのべてきた。


「大丈夫? 立てるかしら?」

「う、うん、ありがとう」


 目堂さんの手を握って、俺はその場から立ち上がる。

 彼女の手は、その恐るべき力とは裏腹に何とも華奢で女の子らしい手だった。


 目堂さんも、一安心といった顔を見せる。


「とにかくよかったわ。私の知り合いにこんな形で死なれては、私も寝覚めが悪いというものよ」

「ありがとう、本当に死んじゃうかと思ったよ」


 俺は率直にお礼を言う。

 それから、クラスメイトたちの方を見た。

 当然と言うべきか、クラスメイトたちは目堂さんの方を見ながら一様に戸惑いの表情を見せている。


 目堂さんがつぶやいた。


「やっぱりこうなるわよね」

「ま、待って! みんな、突然のことでちょっと驚いてるだけだよ! 誰も怖がってなんかいないって!」

「いいのよ、九品田くん」


 少し寂しそうに、目堂さんが首を振る。


「短い間だったけど、あなたと話せて楽しかったわ」

「やめてよ、これで終わりみたいな言い方」

「とりあえず、私はけじめをつけることにするわ」


 覚悟を決めたかのような決然とした表情で、目堂さんは俺から一歩、二歩と離れていく。


 そして不安げにこちらを見つめてくるクラスメイトたちへと視線を向けた。


 頭から生えた大蛇丸を肩に乗せると、目堂さんは俺にはじめて大蛇丸を見られた時と同様に仁王立ちして叫んだ。


「見てしまったわね! そう、目堂沙夜とは仮の姿! 私の正体は今も神話に語り継がれる悲劇の美少女、メドゥーサよ!」


 腰に手を当て、もう一方の手をクラスメイトたちへと突き出す。


 きっと、目堂さんは自分の正体をはっきりさせて、このクラスから去っていくつもりなんだろう。


 でも、別に目堂さんは悪い魔物なんかじゃない。それどころか、俺の命を救ってくれた。

 だから、きっとそのことをちゃんと説明すればみんなもわかってくれるはずだ!


 気がつくと、俺は目堂さんの前に飛び出していた。


「みんな、違うんだ!」

「く、九品田くん?」


 珍しく目堂さんが驚きの表情を見せる。


 それには構わず、俺はクラスのみんなに向かって叫んだ。


「目堂さんは、確かに人間じゃないんだけど、悪い魔物じゃないんだ! それどころか、俺のことも助けてくれたし、とってもいい人なんだよ! だから……」


 と、俺の言葉をさえぎるように、みんなが次々と口を開いた。


「そ、そうだったのか!」

「すげえ! メドゥーサって本当にいたのか!」

「メドゥーサってこんなに美人だったのね!」

「え、え?」


 戸惑う俺たちをよそに、みんなが目堂さんへと押し寄せてくる。


「ちょ、ちょっとあなたたち、私は人間じゃないのよ?」


 目堂さんの困惑も気にせず、みんなは口々に言った。


「目堂ってメチャクチャ強いんだな! さすがメドゥーサだ!」

「ありがとな、九品田を助けてくれて!」

「ど、どういたしまして」

「髪が蛇の化け物って聞いてたのに、私よりサラサラの髪ね!」

「ま、まあ、手入れは欠かしていないから」

「この子がその蛇なの? かーわいー!」

「お、おう、せやろか?」


 目堂さんと、そして大蛇丸が、クラスメイトたちの声にたじたじになっている。


 そして、俺の方にも質問の嵐がやってきた。


「お前、もしかして目堂の正体知ってたのかよ!」

「ずるいぞ九品田、何で俺たちに教えてくれなかったんだよ!」

「そうよ、水くさいじゃない!」

「あは、あはは……」


 あれ、もしかして目堂さん、普通に受け入れられている……?


 俺は人の波をかき分けて目堂さんに話しかける。


「これ、みんな全然目堂さんのこと怖がってないよ……?」

「そうみたいね……」

「ということは、目堂さん……?」

「……そうね、とりあえずは引き続き通学しても問題ないみたいね」

「や、やったーっ!」


 どこか諦め顔でつぶやく目堂さんに、俺は渾身のガッツポーズを決める。


 まさかみんながこんなにあっさり目堂さんのことを受け入れてくれるとは思わなかったけど、これで目堂さんが学校を去る理由はなくなった。

 いや、それどころか、正体を受け入れてもらえたことで、これからは目堂さんも友だちを作ることができるはずだ。


 今までもやもやしていた問題が、霧が晴れるかのように一気に解決した。今後はきっと目堂さんもまわりを気にすることなく高校生活を満喫できるはずだ。


「よし! 目堂の正体がわかったところで、これからみんなで歓迎パーティーしようぜ!」

「あ、賛成ー!」

「俺も行く!」

「私も私もー!」


 一人がそう提案すると、クラスメイトたちが次々と手を挙げる。


 きっとこれから、目堂さんの本当の高校生活が始まるんだ。こうして友だちが増え、少女漫画に描いてあったような楽しい日々が……。


 と、目堂さんが何かぼそぼそとつぶやく。


「え、目堂さん、何?」

「な、何でもないわよ」


 そう言って、目堂さんはぷいと顔をそらしてしまった。

 何となくだけど、目堂さん、さっき「ありがとう」って言ってたような気もするんだけど……気のせいか。


 そっぽを向く目堂さんに、俺は目堂さんに声をかけた。


「みんなはああ言ってるけど、目堂さん、何か希望はある?」

「あら、そんなの決まってるじゃない」


 けろりとした顔をこちらに向けると、目堂さんはいたずらっぽく答えた。


「私、またあのフードコートのたこ焼きが食べたいわ」




 こうして目堂さんと、そして俺の少し不思議な高校生活が始まった。





            コワくないよ! 目堂さん 完

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コワくないよ! 目堂さん 炊き立てご飯は冷凍保存 @purple-rabbit

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