第3章−[5]:普通の定義は辞書毎に違う

俺は今生徒会室の前まで来ている。

というのも、まずは俺の推測が当たっているかの確認のためだ。俺の気持ちとしては当たって欲しくはないんだが………。

部室棟の廊下側の窓硝子は1段目が磨り硝子になっているので、俺は姿勢を低くして向こうから気付かれないようにそっと窓に顔を近付け注意しながら中の様子を窺った。


『どうして私がそんなことをしなくちゃいけないのよ』

『茅ヶ崎君、君がやったことは既に分かっているんだがな』

『私は知らないわよ』

『申し訳ありませんが、コンビニでこれを買った我が校の生徒についても聴取済みです』

『そんなの何人も居るでしょ?!』

『やはり素直には認めてくれないか………?』

『そうですね。仕方ないですね』

『何を喋ってるのよ。私だと言う証拠はあるの?』

『昨日、昇降口を見張らせて頂いて、茅ヶ崎さんが入れるところを見ました』

昨日?やはり昨日昇降口で見た地味子は愛澤だったのか?

しかしこれだけでは俺の下駄箱に入っていたゴミのこととは限らない。

『はぁ?私は昇降口になんか行ってなんかないわよ。見間違えじゃないの』

『そう言われると思って、茅ヶ崎さんが下駄箱にゴミを入れるところを写真に収めています。見られますか?』


これは俺の下駄箱にゴミが入っていた件に絡んでるとみて間違いなさそうだ。

昇降口、下駄箱、ゴミの投入という言葉が出たらほぼ間違いないよな。

それにしても写真まで撮ってるのかよ。ひょっとして俺の中学での喧嘩の現場も写真に撮られてるのか?それは是非とも勘弁して欲しい。


『………』

『………、写真まで撮って……、勝手に撮るなんて生徒会にはプライバシーはないわけ!?』

『こうでもしないと認めないかと思ってね』

『………』


「おはよございます」


俺はここで生徒会室に入っていった。俺の下駄箱にゴミが入っていた件だと分かった以上、これ以上放置できない。


「「「「に、ニート(ニート君)(新見君)……」」」」

「あんたがどうして此処にいるのよ!」


全員が生徒会室に入ってきた俺を見て驚いている。


「琴美君、ニートは帰ったんじゃなかったのか………?」


どうも俺が帰ったかどうかを琴美が見張っていたようだな。

琴美も焦った顔付きをしている。まぁ、俺も一旦は教室を出て駐輪場まで行ったからそう判断してもおかしくはない。


「あっ、忘れ物をして教室に戻ったら、偶然、愛澤と琴平と………茅ヶ崎さんが一緒に出て行くところを見掛けたんですよ」


「………」


「茅ヶ崎さん、悪いけど少し待ってくれるか?こっちの件を先に終わらせるから」


茅ヶ崎にこれだけ伝えると、俺は生徒会メンバーの方に視線を向ける。

おそらく俺の顔は少し険しくなっているだろう。

勿論怒っている訳ではないし、俺のためにここまでしてくれたメンバーには感謝している。

自分でもはっきりと理由は分からないのだが、俺のことに彼女達を巻き込みたくなかったことと、俺の静観という提案とその想いを華麗にスルーしてくれたことに対して少し苛立ちを感じているからかもしれない。

彼女達がやることは彼女達の自由だと言っておきながら何とも身勝手な話だが。


「昨日の昼休みに静観しましょうって言いましたよね?」

「………、それは悪いと思っているのだが………」

「思っているのだが、何ですか?」

「も、もしまたゴミが入っていても………、に、新見君は言わないですよね?」

「そうだな。俺のことだからな」

「だから、私達で調べちゃおって………」

「言わなかったら、どうしてそうなるんですか?」

「あなたはバカですか!同じ生徒会メンバーだからではないですか!放っておける訳がありません………」

「ふぅ、それは有難いけど、生徒会は『全生徒に公平に』が鉄則だからな。同じ生徒会メンバーって理由はそれに反するだろ」

「そ、それは………、」

「まぁ、いいよ。俺のためというのは分かったし。でも、皆さん生徒会室から出っていって貰えますか。ここからは俺が代わります。双葉先輩、生徒会室を借りますね」

「「「「えっ?そ、それは………、」」」」

「はいはいはいはい。みんな出て出た!」


俺は半ば強引に生徒会メンバー全員を生徒会室から追い出した。


「茅ヶ崎さん、待たせて悪かったな」

「………」


茅ヶ崎は俺と目を合わせようとはせず、横を向いている。


「えーっと………、本当は俺が謝るべきなのかもしれないけど、事情が分からないのでまずは何故ゴミを入れたのか教えて貰っていいか?」

「はぁ、どうしてそんなこと言わなきゃいけないのよ」

「いやまぁそうなんだけど、このまま放ってもおけない状況というか………」


別に今日のこの騒動がなければ、放っておくのだが、こうなってしまってはシコリを残すだけになってしまう。


「ふん!そんなのあなたが気に入らないからに決まってるでしょ」


茅ヶ崎はまだ横を向いたままだ。


「それはそうなんだろうが………、俺、お前に何かしたか?」


茅ヶ崎は初めてここで俺の方を見た。


「はぁ、何かしたかですって?何を白々しい!」


なるほど。俺自身は何かしたつもりはないが、茅ヶ崎にとってはゴミを入れる程の何かをしてしまっているようだ。


「あっ、それは悪かったな。ただ……、すまない。何かしたつもりがないんだよ。これから注意するから悪いけど何をしたか教えてくれるか?」

「ふっ、何を知らない振りしてるのよ。一昨日私のことを笑ったでしょ!」


えっ?笑ったってなんのことだ?俺には全く身に覚えがない。


「??? いや。笑った覚えはないんだけどな………」

「何言ってるのよ。一昨日の朝の休憩時間に目が合った時に笑ったでしょ!」


一昨日の朝?

一昨日の朝って言えば………、あっ、茅ヶ崎を含むあの女子トップカーストのグループから情報収集をしている時に一瞬目が合ったやつか?!


「えっ?俺は笑ったつもりはないが、笑ったように見えたのか?」

「顔は笑ってなくても、心の中で笑ってたんでしょ!」


えっ?顔じゃなくて心?心なの?

俺の態度に勘違いさせるような何かがあったのなら謝りようもあるが、目が合っただけで俺の心の中を決められたのではたまったものじゃない。


「俺は笑ってないぞ。それはお前がそう思っただけだろ?」

「何言っているよ。私の方を見てたでしょ!」

「いや。それはたまたま………」


確かにそれについては俺にも非はあるかもしれないな。


「たまたまって何よ。私を笑うために見てたんでしょ!」

「えっ?いや。それは違う……っていうか、どうして見てただけで笑うことになるんだよ?」

「それは、私に勇気がなくて断れないところを………」


あっ、あれは優柔不断とかじゃなくて断れなかったのか?

でも友達を大事にすることは良いことだぞ?!というかそれ全然笑うことじゃないだろ。


「それでどうして笑うんだよ?」

「そんなの………、普通でしょ!」

「うん?普通?普通ってなんだよ?俺はそんなことで笑わないぞ」

「普通は普通でしょ。あんたバカなんじゃないの!?そうやって笑ってないって言いながら心の中で笑ってるくせに!」

「いやいや。それはお前の勘違いだろう」

「みんなそう言うのよ!」

「みんなってなんだよ?」

「みんなはみんなよ!」


ええーーー?断れなかったところを見てたらみんな笑うことになるのが普通なのか?

さすがにそれは荒唐無稽過ぎるし勘弁して欲しい。

それに大体これダメなやつだろ。人の心を自分勝手に決めて推し量ろうとしてるし。

でも俺はこの手の話が最も苦手なんだよな。

そもそも普通の定義なんて存在しないし、それを説明するのも至難の技だ。

今までの俺なら面倒臭くなって間違いなくここで切れているところだが………、ただ今は切れられない理由がある。先程まで此処に居た生徒会メンバーの存在だ。ここで切れたら彼女達も巻き込んでしまう。

もし俺がこの手の話をできるとしたら………、思い付く手は一つだけだ。かなりカッコ悪い手なので使いたくはないが背に腹は変えられない……か。


「そうかぁ。普通かぁ………。なあ、茅ヶ崎、お前今から時間あるか?悪いが今から付き合ってくれ」

「なんで私があんたに付き合わなきゃいけないのよ!」

「お前もこのまま決裂するのは良くないだろ」


間違いなく今の俺の目は笑ってない。

このまま終わらせる訳にもいかないし、何より付いてきてもらわなければ困るので、半分脅し的な意味合いも含んでいる。その所為もあって茅ヶ崎を呼ぶ際も『さん』付けはせずに名前を呼んだしな。


「………」

「悪いな。何もしなよ。責任持って家までちゃんと送るから」


そして俺達は生徒会室の扉を開けて生徒会室から出た。

そこには、双葉先輩、伊織先輩、愛澤と琴美が悪いことをした子供のような、それでいて心配そうな面持ちの顔で立っている。

俺は心配しなくても大丈夫という気持ちを込めて少しの微笑みを浮かべた後、それでも付いてくるなという意味を含めて牽制の眼差しを向けその場を後にした。


◇◇◇


「ただいま〜」

「茅ヶ崎、狭い家で申し訳ないが、上がってくれ」

「………、どうして私があんたん家に………」

「一斗、おかえり〜………、あら?一斗、お客さん?」


俺の『ただいま』の挨拶で玄関に出てきた母が茅ヶ崎を見て不思議そうな顔をしている。


「ああ、お客さんだよ。入って貰っていいだろ?」

「勿論だよ。ささ、汚くて狭い部屋だけど入って入って!」


母は俺が初めて人を連れてきたのが嬉しいのか、何やら少しハイテンションになっている。


「まぁ、入れよ」


茅ヶ崎も母が出てきた所為か、渋々という様相で俺の家に入ってくれた。


「母ちゃん。今から飯作るから、少し待ってて」

「あっ、いいよ、一斗。今日は母ちゃんが作るよ。あなたはお客さんの相手してなさい」

「いや。いいんだよ。今日はお客さんにも食べていってもらうから俺が作るよ」

「えっ?私はいらないからね」


茅ヶ崎が俺の言葉を聞いて慌てて断りの言葉を口にした。

だが、それでは俺が困るのだ。わざわざ家に来てもらったのは俺の家でご飯を食べてもらうためなのだから。


「茅ヶ崎、悪いけど、それじゃあ困るんだよ」

「何が困るのよ………」

「まぁまぁ、毒は入れないから安心してくれ。それよりそこに座って待っててくれるか」


茅ヶ崎も俺が家に連れてきた目的がそれだと気付いてくれたのか、居心地悪そうに卓袱台の前に座ってくれた。さぁ、母ちゃん出番だぞ。場を繋いどいてくれよ。


「へー、あなた一斗の彼女さん?」

「バッカ!そんなんじゃねえよ!てか、そこから入るなよ!」


見事に俺の期待を砕いてくれた。さすが俺の母親だわ。


「あっ、そうだね。ごめんなさいね。いつも一斗がお世話になってます」

「あっ、あ、いえ………」

「もし良かったら一斗の学校の様子とか教えてもらえない?あの子家では何も言わないから」


その話は今は控えて欲しいが、まぁ、会話してもらってるので文句は言えないか。

さすがに茅ヶ崎もここで下手なことは言わないだろう。言わない……よな?頼むぞ。

俺の母ちゃんは鬼怖いからな。俺が家で学校の話をしないのはその所為だし。


そして俺は調理を始めると、それ程時間を掛けずに手早く作り終える。

それはそうだ。だって手間が掛かるところがない。

フライパンに油を少し垂らし、そこにもやしを2袋入れて塩を振った後に卵を3つ入れてかき混ぜるだけだ。

とは言っても、今日は3人前だから、いつもならもやし1袋と卵2つのところをもやし2袋と卵3つ使ったのでいつもよりは手間だけどな。

ただ問題は明日の食材も使ってしまったので、明日はお茶漬けさらさらになったしまったことか。うぅ、悲しい!


「ほい。できたぞ。今日はお客さんがいるから梅干しも付けといた」

「まぁ、今日は豪華だね」

「………」

「あっ、茅乃さんには足りないかもね。ごめんなさいね」

「あっ………、いえ。大丈夫です」


って、母ちゃん、いつの間に茅ヶ崎の名前を聞いたんだ?こういうところはさすが大人といった感じだが。


俺達はその後会話らしい会話もなく食べ終えると、茅ヶ崎を送ってくると言って早々に家を出た。

取り敢えずの俺の家での目的は達成したので長居は無用だ。

どこで俺の学校でのことが母に伝わるか分からないからヒヤヒヤし通しも疲れる。


◇◇◇


俺達は家を出てからも会話らしい会話もなく駅の方に向かって歩いている。

まぁ、歩きながら話す内容でもないし、歩道で立ち止まって話すのも辛いというのもある。

俺がどこか話せる場所はないかと思いながら歩いていると、上手い具合に人気のない小さな公園があり、そこにベンチが置いてあるのが目に入った。


「あそこで少し休まないか?」


茅ヶ崎も何故、俺の家で食事をさせられたのかとか色々聞きたいこともあったのか、素直に応じてくれる。


「悪いな。本当なら缶コーヒーでも買って渡すとこなんだけど我慢してくれ」

「別にあんたに驕ってもらう気なんかないわよ。キモい!」


えーーー?俺が缶コーヒー驕ったらキモいの?それはかなり挫けるぞ。


「キモいはないだろ。それより………、家の飯はどうだった?美味かったか?」

「………」

「それとも、質素だったか?」


茅ヶ崎は『はっ』とした感じで此方に顔を向け訝しむ目で俺を見た。


「何?同情でもして欲しい訳?!」

「やっぱり質素なのかぁ………。あっ、いや。同情はしなくていい。むしろして欲しくないし」

「じゃあなんであんなご飯を食べさせたのよ」

「いや、前にな、俺が教室で弁当を開けた時に笑われたことがあるんだよ。それでひょっとしたら、俺の弁当は他の奴等にとって普通じゃないのかもって思ってな」

「はぁ、何を言いたいのよ。そんなの当たり前じゃない」

「そうか?でも、俺にはあのご飯が普通で当たり前なんだけどな」

「はぁ、意味分からないし」


茅ヶ崎も美山と同じで『はぁはぁはぁはぁ』煩い奴だ。類は友呼ぶって本当だな。


「お前、生徒会室で俺が笑うのが普通って言ったよな」

「それがどうしたのよ?!」

「普通ってなんなんだろうな?だって、お前は俺ん家の晩飯を見て普通じゃないって言うけど、俺にとっては普通なんだぞ」

「そんなの………、知らないわよ。あんたの感覚がおかしいんでしょ」

「そうかもな。でも、俺はお前や他の奴等が日頃どんなご飯を食べてるか知らないし、俺の中にはあれしかないんだよ。自分の中の普通ってそんなものじゃないのか?」

「それと、あんたが笑ったのとどう関係があるのよ」

「お前は俺が笑ったっていうけど、それはお前が経験したり見たり聞いた話を元に判断したんだろ?でも、それってお前の中の普通だよな」

「私の普通がおかしいって言うの?」

「いや。そうじゃないよ。だって俺はお前の普通を知らないしな。知らないものを自分の知ってることで勝手に判断するのは、相手を捻じ曲げてるっていうか……、何様だよって思うし俺は神様じゃないしな」


そうだ。自分の経験や見たり聞いたりといったことは、あくまで自分の感性が介在していて人のものではないし、人と同じだと思うのは自分勝手な思い込みだ。

そんな自分の感性を元に人のことを推測することはできても判断するのは間違っている。

そんなことができるのは万人に通じる感性の持ち主で感性が完璧な奴だけだ。でなければ自分の感性で人のことを湾曲して見ても平気な奴だけだろう。


「それは私がゴミを入れたことを言ってるの!?」

「あっ、いやいや。そうじゃないって。だからお前が何故俺が笑ったと思ったのかは俺には分からないんだって」

「意味分かんない。何が言い………」


茅ヶ崎が何かを言い掛けたが、俺は気にせずそのまま話し続ける。


「でも………、少なくとも俺の普通と前の普通は違ってて、俺は笑ってないから」


俺は今までにも増して真剣な顔で真摯に心の底からその言葉を口にした。


「………、そんなことを言うためにわざわざ私をここまで連れてきたって言うの?!」


そんなことってなんだよ。そんなことって!?

重要なことだろうが。俺もできれば連れてきたくなかったよ。だって我が家の明日の晩飯がお茶漬けになったんだからな。


「それについては悪かったな。俺が上手く説明できたら良かったんだけど、俺には難しくて………」

「はぁ。全く意味分かんない。キモいっ!」


茅ヶ崎は俺から顔を背けて斜め下を向いているので表情までは窺えないが、先程までの剣幕は感じられなかった。

果たしてこれで分かって貰えたのかそうでないのかは分からないが、これが俺が今できる精一杯の手段だしこれ以上は如何ともし難いので希望を抱くことしかできない。


「長々と悪かったな。それじゃあ送ってくよ」

「いいわよ。子供じゃないんだから帰れるわよ。キモいっ!」


そう言うと、茅ヶ崎はベンチから立って足早に走り出した。


「いやいや。責任持って送るって言っただろ」

「何言ってるの?あんたなんかに送って欲しくないわよ。キモいっ!」


あーあ、茅ヶ崎の奴、好き放題『キモい』を連発して行ってしまいやがった。

今から追い掛けても間に合いそうだが、正直、追い掛けて良いものかどうかが分からない。

それに知らない人間が家まで付いて行くのも確かに怪しいし行動だからな………。

何よりこれだけ『キモい』を連発されると、さすがに心が折れてしまっている。俺ってそんなにキモいか?!(泣)


◇◇◇


翌日の早朝、俺が教室に入ると俺の視界の端に女子トップカーストの一団が映る。

俺は絶対そっちに視線を向けないからな。俺は今回のことで視線を合わせることの恐ろしさを十二分に知ったのだ。そう。俺はまた一歩賢くなったのだ!

あっ、でも、会話は聞かせてもらうけどね。


「茅乃、昨日は大丈夫だった?あいつらに何かされなかった?」

「うん。美里、ごめんね。心配掛けて。大丈夫だったよ」

「そう、それなら良いんだけどさ。でもなんかあったら言うんだよ」

「そうだよ茅乃。私達が懲らしめてやるからね」

「うん。里依もありがと。でもホントに大丈夫だから」


どうも昨日の放課後の話らしい。

昨日は俺が茅ヶ崎を無理やり連れて行ったので話す時間がなかっただろうしな。

ひょっとしたら携帯でやり取りはしているかもしれないが、それでも顔を付き合わせるのとでは雲泥の差がある。

美里と里依とかいう女生徒もかなり心配していたのに、少し悪いことをしたかもだ。


「じゃあ、今日、帰りにケーキ食べに行かない」

「ええ〜、美里また〜?」

「茅乃も行くでしょ?」

「あっ、あぁ…、私は……」


ここで何やら女子トップカーストグループの方から視線を感じたが……、

俺は見てないからな!


「美里、ごめん。今日は用事があるん……だ。明日だったら、大丈夫だけど……」

「えっ?茅乃、用事あんの?」

「あっ?うっ、うん……」

「そう。それじゃあ、明日にするしかないね。里依は大丈夫?」

「ええ〜、仕方ないな〜」


ここでまたまた女子トップカーストグループの方から視線を感じる……、

俺は絶対見てないからな!間違っても勘違いするなよ!


俺は女子トップカーストグループの方は見てませんよという想いを込めて、自然に、できるだけ自然に窓の方に視線を向ける………と、

琴美が俺の視界の中に入って、その琴美と一瞬目が合うも………、

背けやがった!

ええーーーーーー!次は琴美かよ?!頼むから勘違いしないでくれよ!

はぁ、しかし教室で俺の視線を受け止めてくれるのは、俺のこの愛しい机だけかよ。悲しい!


◇◇◇


そしてその日の放課後の生徒会室。

俺の前には双葉先輩、伊織先輩、愛澤、琴美が綺麗に一列に並んで正座している。


「ニート、申し訳なかった。悪気はなかったんだ。ただ………」


伊織先輩が見事な土下座を極めてきた。これはこれでかなり美しい造形美になっている。

今のこの土下座のフィギュアを造ったら売れそうな気がするな。って、売れないか。


「ただ、なんですか?」

「いや。その………」

「はぁ。もう良いですよ。みんな自分の席に座ってください」


聞いたところで昨日聞いたのと然程変わらないだろうしな。


「しかし、ニート………、怒ってる……よな………」

「怒ってませんよ。あれはあれで一応感謝はしてますからね。ただ、もう二度と止めてください」

「いや、それは………、生徒会としては………」

「もう二度と止めてください!」

「あ、はぁあ、わ、分かった!」

「はい。よろしくお願いします」


今、分かったって言ったからな。言質は取ったからな。少しばかり強引だったけど。


「と、ところでニート………、あの後、どうなったんだ?」

「あっ、あの後ですか………」


俺は茅ヶ崎を家に連れて行き晩御飯を食べさせたことと、その後の公園での会話を掻い摘んでみんなに話した。


「「「「………」」」」


あれ?みんなどうしたんだ?

何か驚いたような不思議そうな、それでいて少し訝しんでるような、何とも言えない複雑な表情を浮かべているが、俺の対応に何かマズいところがあったのか?

ひょっとしてこれだと俺の下駄箱へのゴミの投棄が治らないとか………。


「新見君、茅ヶ崎さんは新見君のお家でご飯を食べたんですか?」


えっ?どうしたの?また冷凍庫が壊れだして寒いんですけど。怖い怖い怖い!

ああ、そうだった!こいつは宮廷の貴族並みにマナーにも煩いんだった。

クソッ!失敗した。ここは割愛して話すべきだったか。


「あっ、愛澤、そんなに大したことじゃないから………」

「いえいえ。これは大事件ですね。人の家で食事をするというのは只事ではないです」


琴美!日頃お前の盾になっているのは誰だ!?壊れた冷凍庫に電源を供給するんじゃない!


「そうだな。これは由々しき問題だな」

「うんうん。ニート君家のお米は双葉のご飯だからね」

「こらーーーー!俺の家の米は俺の家族のものだ!お前のじゃない!」


突然こいつは何を言い出すんだ。それで電源を供給されてはたまったものじゃない。


「えっ?だって双葉とニート君はもう親戚みたいなものだし家族だよ」

「「「「えっ?」」」」

「??? みんなどうしたの?」

「すみませんが、双葉先輩、その話、詳しく教えて頂けますか?」


あぁぁぁぁぁ!冷凍庫が全壊でぶっ壊れた。一気に生徒会室が極寒の地に様変わりだ。


「えーっと………、あい………」


俺が一声発しただけなのに、何とも言えない冷たく光った目が俺を襲ってくる。

これはさすがに壊れ過ぎだろ。というか一声発しただけで肺まで凍ってしまったようだ。


………


そしてその時、愛澤以外の全員の気持ちが一致したのか一斉に同じ言葉を口にした。


「「「「解散!」」」」


その言葉と同時、何の躊躇いもなく全員が生徒会室から猛ダッシュで撤退した。


「双葉せんぱーーーい!どういうことですかーーーー?」


去り際にこんな声が聞こえたが、構っていられる程、甘い現状ではない。

ここは諦めてもらおう。


愛澤よ!また会える時を楽しみにしているぞ。それまでに忘れておいてくれーーーー!


第3章 −完−

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