第3章−[4]:黙っててもいつかはバレる

俺は今、お昼の弁当交換のために生徒会室に向かっている。

今日はなんとも清々しい気分だ。昨日も今朝も下駄箱にはゴミは入っていなかったし、愛澤もクリアブルーに戻ってくれた。

そして今日から俺は温和な高校生活を満喫するのだ。

そう。俺は今日、モブキャラに昇格したのだ!記念すべき第1日目だ。踊りたくなってきたぞ。


おっ、そうだ!今日という素晴らしい門出の日を『モブ記念日』と名付けよう。


………、って、あれ?ひょっとしてこういうのを『フラグ』って言うのか?

今までフラグの沼に生息していた俺はフラグというものを意識したことがなかったのだが、今こうやって両生類から哺乳類に進化し、辺りは春の陽気で雲一つなく風もなく見渡す限り広大な平原が続く大地に立つと、こんな些細なフラグが目に付いてくる。

それも当然だ。広大な平原にポツリと一本だけフラグが立っていれば誰だって気になるものだ。気にならない方がおかしい。

しかも俺程の観察眼を持つ者なら当然の結果だろう。

しかしこれがフラグなら注意して早々に折る必要があるな。

そうだ!油断は禁物。神様の悪戯はいつ来るか分かったものじゃない。ここは気を引き締め直した方が良いだろう。俺ってやっぱり賢い!


俺が気分良くそんなことを考えながら歩いていると、部室棟に入ったところで、不意に背後から声を掛けられた。


「わぁっ!」

「わぁぁぁ!」


俺は慌てて後ろを振り返ったが、そこには誰もいない。

えっ?俺はモブキャラに昇格すると同時に霊感も手に入れてしまったのか?

俺が再度辺りを見渡すも、やはり人の気配はない。昼の最中に部室棟に来る奴なんてそうそう居ないからな。

これはいよいよ本当に霊感を宿してしまったのだろうか?………、

って、そんな訳あるか!俺の足元に団子虫のように膝を抱えて丸まってる奴が落ちてるわ。

これは大きさからして間違いなく琴美だな。

俺と琴美の身長差があってしかも琴美が俺の足元で今の姿勢のように丸まっていれば、確かに一瞬分からないかもしれないが、それでもこれだけ堂々と足元にいたら嫌でも目に付く。


こいつひょっとしてこれで隠れているつもりか?


………


うん。間違いなく隠れているつもりだな。

よし!それならここは………、

抜き足差し足忍び足っと………。


「おはようございます」

「「「???」」」

「???」


あれ?みんなそんなに驚いた顔をしてどうしたんだ?


「あ……、ああ、に、ニート、お…はよう」

「に、ニーーート君、はっはっふぉー」


なんだその『ニーーート君』と『はっはっふぉー』は?新しいあだ名と挨拶か?


「に、新見君、こんにちは。きょ、今日はいい天気ね」


「???」


明らかに全員挙動不審だな。


「どうしたんですか?みんなしてキョドッてますよ?」

「あ……、い、いや。そんなことは………ないぞ…。そ、それより、途中で琴美君を見なかった……かね?まだ、来ていないようなんだが……」

「??? 琴平ですか?それなら………」


俺が喋りかけた時、廊下から凄い勢いで走る足音が聞こえ、その直後、生徒会室の扉が勢い良く開けられた。


「こらーーーーー!ニートォォォォォォ!ぜぇ、はぁ。ぜぇ、はぁ。………、わ、私を無視して行くとはあなたは本当に性根が腐ってますねーーーー!」


「うん?琴平さん、なんの話だ?」


琴美は先程の廊下での出来事を言っているのだろう。しかし俺はというと、琴美が丸まって隠れているのを良いことに足音を立てずにその場を離れて生徒会室に来たのだ。

まぁ、日頃溜まっている琴美貯金を少しばかり下ろしただけだが。


「問答無用ですーーーーーーーー!どりゃーーーーーーーーーー!」


おぉ、琴美の奴、真剣に怒ってるぞぉ!

いきなり俺に向かって両脚を揃えてジャンピングキックを喰らわせにきやがった。

いやいや。待て待て!そんなことをしたら……、黒いレースのパンツがモロに見えてるから!

って………、それどころじゃないな。

ここで俺が避けたら琴美の奴が怪我するよな………?

あぁ、本当にこいつは毎度毎度、何も考えずに行動しやがる。


『ドスンッ!』


ああ、クソッ!いてぇーーーーー!

さっき下ろした琴美貯金以上に貯金が貯まったわ。


「ははは、どうですか?ニート!私の恐ろしさが分かりましたか?!」


琴美は俺の腹の上に跨りながら、不敵な笑みを浮かべている。


「あぁ、お前のその考えなしに行動することの恐ろしさがよく分かったわ」

「なんですか、それは!それじゃあ私がバカの無鉄砲みたいではないですか!?」

「分かって頂けて恐縮です」

「こいつはまだ分からないようですね!いいでしょう!思い知らせてやりましょう!」


そう言うと琴美は俺の胸倉を掴んで揺すり出した。


「だ・か・ら、お前が揺れてどうするんだよ!って、近い近い近い!」


琴美がマウントポジンションで俺の胸倉を起点に揺れるもんだから、琴美の顔が俺の顔のすぐ近くまで迫ってくる。


「琴美ちゃん、あなたは一体何をしているのかしら?」


ほーーら来た!冷気を吐きながら壊れた冷凍室が怒ってますよ。しかも上から見下ろされているので怖さ倍増だ。

琴美、これどうするん………だよ?

………って、えっ?えっ?はやーーー!琴美が俺の上から自分の席に瞬間移動しやがった。

クソッ!残された俺の恐怖はどうするんだよ?俺が一手に担うのか?無理だぞーーーー!


それにしても最近琴美の狂暴さが過激化してるよなぁ。

ここらで一回対策を考えないといけないな。それに狂暴は伊織先輩の専売特許だからね。


「はぁ、で、どこまで話してましたっけ?あっ、そうだ。琴平を見掛けたかどうかでしたね」

「あっ、そ、そうだったな………」

「琴平なら、此処にいますよ。ところで琴平さんや?」

「なんですか?」

「お前は何故、あんな所で俺を待ち伏せして驚かせようとしたんだ?」

「やはりあなたは気付いてて無視をしたんですか!」

「いやいや、それは悪かったが、そもそも待ち伏せされた理由を教えてくれるか?確か生徒会室以外では俺に声を掛けないってことになってたよな?」

「あっ、えっ………、な、何の……ことですか?ニートが何を言っているのか、さ、サッパリ分かりませんね……」

「「「………」」」


あっ、琴美だけじゃなく全員揃って顔を背けやがった。

なるほど。昨日から様子が変だと思っていたが、こいつら俺を除け者にして何かしてるんだな。

ふん!このニート様を欺けると思うなよ。

って、まぁ、それが分かったところで俺にはどうしようもないけどな。

もしここで『俺を除け者にして何をしてるんですか?』なんて聞いてみろ、逆に『ニートには関係のないことですよ。ボッチは引っ込んでろ』なんて言われて闇に沈むのは俺の方だ。こんなことは既に小学生の時に経験済みな俺には大したことじゃない。

仕方がないのでここは大人の対応でスルーしてやろう。


「ふ〜ん。そうかぁ。じゃあ、これからは生徒会室以外では声を掛けないように頼むぞ」

「ああ、いいでしょう!」

「ああ。それじゃあ、飯にでもしますか?」

「あっ、ニート、その前に、そのぉ、今日の放課後だがな。生徒会は休みにすることになったんだよ」

「えっ?昨日も早く帰りましたけど、大丈夫なんですか?」

「うん。ニート君、大丈夫だよ。ちゃんと考えたから」


何を考えたんだろう?禄でもないことじゃなければ良いけど。

後で『ぎゃーーーー!』てならないだろうな?俺は知らんぞ。

まぁ、おそらく今日の放課後に昨日から俺が除け者にされている何かをするんだとは予想が付くので、無理強いはしませんけどね。


「そうですか。分かりました。では今日の放課後は休みですね」

「ああ。宜しく頼む」


何を宜しく頼まれたのかは分からないが、まぁ、寂しく帰らせて頂きますよ。

しかしこいつら何をするんだろう?少し気になるな。


◇◇◇


今日は昼休み時間に生徒会がないことを告げられたので、6時限目が終わって後は帰るだけだ。

本来であれば念願の帰宅部気分なので勇み喜んで帰宅するところだが、今日は何故がモヤモヤして喜ぶ気になれない。

理由は簡単なんだけどな。これも生徒会のメンバーに除け者にされたからだ。

いや。これは決して不思議なことではないし、そもそも彼女達が何をしていても彼女達の自由だし、それに対して俺が寂しいとか思うこと自体が間違ってるのは分かっている。

だがしかしだ、短い間でもそれなりに一緒にいると内容ぐらいは教えて欲しかったりもする。

まぁ、自分勝手な押し付けなんだけどな。あぁ、俺もまだまだだ。


そんなことを考えながら歩いていると、駐輪場に着いてしまっっていた。

俺は自転車の鍵を鞄から取り出そうと、鞄の中を探るもいつも鍵を入れている筆箱が見つからない。

どうも考え事をしながら教室を出てきたので、教室に筆箱を忘れしまったようだ。

今日はこのまま歩いて帰っても良いのだが、こういう日は自転車で風に当たって帰りたい気がする。それに明日の朝もあるしな。

教室まで取りに戻るか。


そして俺が教室まで戻ってくると、教室の前に何やら人集りが出来ている。

うん?教室で何か起こっているのか?

俺が不審気に教室に近付くと、それなりの音量で教室の中から声が聞こえてきた。


『あんたら茅乃(かやの)に何の用なのさ』

『少し茅(かやが)ヶ崎(さき)さんにお話をお聞きしたことがありまして、お付き合い頂きたいだけです』

『だから、何の話だって聞いてるんだけど。茅乃もこんな奴等に付いて行くことないよ』

『それは美山(みやま)さんが決めることではないと思いますが』

『私と茅乃(かやの)は友達なんだよ。あんたらに言われる筋合いはないし』

『そうだよ。美里(みさと)も私も茅乃と友達なんだよ』

『そうですか。では、茅ヶ崎さん、昨日と一昨日の夕方の昇降口でのことについて此処でお話を伺っても良いですか?』

『………』

『茅乃、どうしたのさ。何か言ってやりなよ』

『………、ごめん。美里、里依(りえ)、私、彼女達と一緒に……話してくる』

『茅乃、どうしてさ。付いてく必要なんてないよ』

『美里、ごめんね……』

『………』

『分かりました。それでは行きましょうか』


何やら教室の中で揉め事が起こっているようだ。

それにしても今の声には聞き覚えがある。

美里、里依、茅乃と呼ばれていた奴等は、このクラスのトップカーストの女子達だろう。

そしてその3人と話していたのは、間違いなく………、

と、ここでその声の主が教室から出て行きた。予想通り愛澤だ。その隣には茅乃という女生徒と更にその隣には琴美もいる。


あいつら何してるんだ?

あの様子だと、おそらく愛澤と琴美は茅乃という女生徒を生徒会室に連れて行くんだろうが、端から見ると、茅乃という女生徒を連行して行く怪し気な女生徒二人に見える。

今日は俺を除く生徒会のメンバーで何かすることは予想は付いていたが、見るからに楽しそうなことではないような気がするな。

まぁ、俺は除け者にされたので口を挟める立場じゃないし、まずもって関係ないことに横からでしゃばるのはよろしくない。

サッサと筆箱を取って帰るとするか。


俺がそう思い筆箱を取りに教室に入ると、先程まで愛澤と揉めていた美里と里依という女生徒が俺を睨みつけながら近付いてきた。


「ちょっと新見、茅乃を連れて行ってどうする気?」

「そうだよ。茅乃をどうするの?」


彼女達は俺に先ほどの件について詰め寄ってきた。


「ちょ、ちょっと待てよ。俺は何も知らないから」

「はぁ、何言ってるの。あんたも生徒会でしょうが?!」

「い、いや、そうだが、あいつらが連れて行ったからって生徒会絡みとは限らないだろ」


おそらく連れて行った先は生徒会室だと思うので、こいつらの言う通り生徒会絡みだとは思うが……。


「はぁ、何しらきってるのさ。茅乃が何したっていうんだよ」

「そうだよ。茅乃は呼び出しされるようなことなんてしてないよ」


何をしたって俺に聞かれてもなぁ。俺も本当に知らないんだよ。

とはいえ今こいつらにそんな事を言っても信じて貰えそうにないけど………。


ただ………、何かは分からないが、釈然としない何か……引っ掛かるものがある。

俺もその釈然としない何かが気になり出してきたので、ちょっと整理してみることにした。


さっき愛澤がこいつらと揉めていた時、確か愛澤は『昨日と一昨日の夕方の昇降口でのことについて聞きたい』と言っていた筈だ。

昨日は知らないが、一昨日は俺と愛澤は一緒に昇降口にいた。

そしてその時あったことと言えば………、俺の下駄箱にゴミが入っていたことぐらいだろうか。

あとは………、生徒会室の他のメンバーがおかしな言動というかキョドリだしたのは昨日の夕方からで、おそらくその時から今日のことは計画されていたのだろう。

昨日の昼休みはそうではなかったからな………、あっ、いや。俺の下駄箱にゴミが入っていた件であいとらと話したのは昨日の昼休みだ。

何か少し繋がってきた気がする………。

って、待てよ。そう言えば、昨日の夕方に昇降口で地味子を見かけた気がするな。

確か昨日は愛澤は家の急用で帰ったと言っていたが、でも、先程は『一昨日と昨日の昇降口』と言ってたし………。

もし仮に、俺が見たのが地味子だとすると話は繋がりそうだが………。そうだ!あの時、地味子らしき奴は手にビニール袋を持ってたよな。もしあのビニール袋が昨日も俺の下駄箱に入れられたゴミだとすると………。


………


うん。こうやって俺の下駄箱に入っていたゴミを中心に話を考えると全てが繋がって説明できる。

ただ、これは俺の知っていることだけを考えた場合の推察にしか過ぎない。

大体、これだと茅乃とかいう女生徒がゴミを入れたということになるが、彼女が俺の下駄箱にゴミを入れる理由が見当たらないし、何より俺の知らないことで彼女をそういう風に見るのは失礼を通り越して何様だって話だ。


しかし………、もしこの推察が当たっていたら………。


「さっきから何ブツブツ言ってるのさ。キモいっ!」


えっ?何?俺が真剣に考えてるのにキモいってどういうことだ?

ボッチは考えちゃあいけないのかよ?!そんなに正面から心を折りにくるな。


「キモくて悪かったな。さっきも言ったけど俺に心当たりはねえよ」

「はぁ!?」

「悪いがそこをどいてくれるか。俺はもう帰るところなんだよ」

「はぁ!?」


この美里って奴は『はぁはぁはぁはぁ』煩いな。言葉だけ聞いたら青少年が勘違いするぞ。


「もし茅乃になんかあったらタダじゃおかないからね」

「そうだよ」

「ああ、分かったよ」


茅乃という女生徒は、この二人に余程大切に思われているみたいだ。

あの生徒会メンバーが下手をするとは思えないが、もし茅乃とかいう女生徒に何かあったら、女子カーストトップの彼女等と生徒会の全面戦争になりかねない勢いだな。


あぁ、それにしても俺はどうしたら良いんだよ?

俺の推察が当たっていたら、この揉め事の原因は俺ってことになる。

しかし、当たっていると思って生徒会室に行こうものなら、茅乃という女生徒を疑ったということになってしまう。

こんな究極の選択を俺が出来るわけがない。訳はないのだが………選択をせざるを得ないんだよな。

まぁ、ここで無難な方はと言えば俺の推察が外れていると踏んでスルーして帰る方だとは思う。そもそも俺には知らされていないことだし、何より茅乃という女生徒を疑わなくても良い。

でも、もしも。もしもだ。俺が原因だったとして、俺が行かずに事が大きくなれば責任を取りようにも取りきれない。

はぁ、俺って自分が思っている以上にエイゴイストなんだな。やっぱり俺もまだまだだ。


仕方ない。申し訳ないが、取り敢えずは、生徒会室の外から中の様子を窺わせて貰うか………。

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