Action.5 【 コントラスト 】

 日向千夏ひゅうが ちなつは、混血かと思うほど彫りの深い顔と長い睫毛、色白でスタイルのよい彼女は、目をく美人だった。

 それに比べて無口で不細工ぶさいくな私は、冴えない存在で千夏しか友達がいなかった。

 コントラストとして千夏という太陽が歩くと、その足元にへばりつく影のような存在だった。

 なぜ千夏が私を友人に選んだのか、その理由を知ってショックを受けた。


 ある日、千夏が男の子にデートに誘われたが、一人で会うのが不安なので私に付いてきて欲しいと言われた。私たちは女子高に通っていたので男女交際は校則で禁止されていた。「由利、一生の願いだから!」と顔の前で手を合わせて千夏に頼まれて、しぶしぶ私もデートに付いて行くことになった。

 映画館前で千夏のデートの相手と三人で会ったが、男の子は私を見るなり露骨に嫌な顔をすると、チッと舌打ちされた。いたたまれない気分で映画館内に入ったが、二人に気を使って「飲み物を買ってくる」と、私は席に着く前に離れた。

 暗くなった館内で飲み物を手に座席を探したていたら、二人の声が聴こえた。

「なんであんな奴連れて来たんだよ」

「由利は無口だし、邪魔にならないでしょう」

「選りによって、あんなブスなんか……」

「うふっ、だって由利は私の引き立て役だもん」

「あはっ、そりゃあ~いいや」

 その後、ふたりで爆笑していた。

 そのまま何も告げずに私は一人で帰った。千夏のことを親友だと思っていたのに……ただの道化師だったなんて、『引き立て役』その言葉が悔しくて、涙が止まらなかった。

 家に帰ってから千夏から何度も連絡があったが、急にお腹が痛くなったので帰ったと誤魔化した。その後、千夏とは距離を開けて付き合わなくなっていった。

 どうせ美人の『引き立て役』でしかない自分の存在に失望して、私は勉強を頑張り一流大学を出て官庁に勤めた。そして結婚もせず、子供も産まず、ひたすら働き続けて、自分をスキルアップさせた。

 女性としての幸せはなかったが、社会的地位と経済力は身に付けた。


 卒業して三十数年になる女子高の同窓会のお誘いがきた。

 今までお気楽主婦たちの話を聴くのがわずらわしくて、いつも欠席していたが……日向千夏ひゅうが ちなつが同窓会に出席すると聞いて会ってみたくなった。私の人生に一番影響を与えた人物だから、今の千夏を見てみたいと思ったのだ。

 小さな居酒屋を貸し切って、大昔の女子高生が三十人ほど集まった。

 ブランドのスーツでビシッと決め、カルチェの時計とエルメスのバッグを持った私に対して、着古きふるしたワンピースと白髪交じりの痛んだ髪、野暮ったい化粧で皺も深く、ガリガリに痩せて貧相な千夏だった。

 お互いに五十歳を超えたおばさんになっていたが、美人とブスは年を経ると、その差が確実に縮まる。

「あたし千夏よ。覚えてる?」

「……ええ」

 人違いかと思うくらい劣化れっかした千夏にガッカリした。

「由利はずいぶんと羽振はぶりが良さそうね。あたし男運が悪くて三度も離婚して……今は身体を壊して貧乏暮らしなのよ」

 訊いてもいない身の上を、同情して欲しそうに喋る千夏が心底不愉快しんそこふゆかいだった。

 この女の言葉に傷つき世間並みの幸せを捨てた自分が、バカだったと怒りが込み上げてきた。こんな同窓会なんか来るんじゃなかったと席を立ち、「あのう悪いけど、急に仕事のアポが入ったから……」と幹事に五万円渡して、「みんなで二次会も楽しんで!」と言って出て行った。

 ――気分が悪いので、どこかで飲み直すつもりだった。


「待ってぇ~」

 大通りでタクシーを探していると、誰かが追いかけてきた。振り向くと千夏が走ってくる。

「なぁに?」

「あなたに話したいことがあるの」

 金の無心ならお断りだと思ったら、

「由利に謝りたい」

「……なにを?」

 冷ややかに答えた。

「昔、デート付いてきて貰った時に、由利を傷つけることを言ったでしょう? あれは本心ではなかったのよ」

 何を今さら……と思い、素知らぬ顔でタクシーを探す。

「私ね、あの男が大嫌いでわざとあんなこと言って性格悪いって思われようとしたの。そしたら由利に聴かれて……何度も謝ろうとしたけど、あなたにけられて話せなかった」

「どうして今頃になって……」

「由利のことが大好きだった! 目標のため努力する強い人だと尊敬していた。それに比べて私は容姿しか取り得がない。男にチヤホヤされたけど、結局、もてあそばれて身を持ち崩してしまい……この有り様よ」

「私には関係ないわ」

「そうね。だけど由利と友達だったら、私の人生はもう少し違っていたかも知れないと思うの」

「そんなこと言われても……」

 そこへタクシーが停まった。

「じゃあ、またね」

 乗り込もうとすると、

「ゴメンね!」

「もういいから」

 素っ気なく言い放つ。

「私ね、肝臓癌でもうすぐ死ぬの。……その前に由利に謝りたかった」

 そういって、肩を震わせて千夏は泣いている。


 タクシーの窓から、かつて太陽のように輝いていた千夏が小さくなって消えていく。

 結局、彼女から光を奪ったのは、この私だったのかも知れない――。

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