先輩、異世界でスローライフ送るんすか?



後輩「うっす」


先輩「おう。お疲れー」


後輩「あれ。先輩、今日シフトでしたっけ?」


先輩「いや。伊藤さんと変わってくれって電話があった」


後輩「あ。そういえばいませんね」


先輩「なんか子どもさんが風邪ひいちまったんだって」


後輩「へえ。大変すね」


先輩「ま、おれっちも忙しいんだけどさ、そう言われちゃ断れねえよなって」


後輩「え。先輩、忙しいんすか?」


先輩「おま、ばか。おれくらいになりゃあ、いろんなところに引っ張りだこよ」


後輩「初耳っす」


先輩「あー。今日も女の子たちとカラオケ行く予定だったんだけど、子どもが病気だって言われちゃあな」


後輩「先輩。辛くなるんでもういいっすよ」


先輩「おま、どういう意味だし。マジだし」


後輩「ところでなに読んでるんすか?」


先輩「え。これ?」


後輩「なになに。……家庭菜園の本じゃないっすか。どうしたんすか」


先輩「いやさ。異世界の憧れって言ったら、やっぱスローライフじゃね」


後輩「どうしたんすか急に。貴族さんになるんじゃなかったんすか?」


先輩「おれ、やっぱ間違えてたわ。これまで貴族とかハーレムとか言ってたけどさ、やっぱ優しい奥さんと子どもたちを大事にしながら、のんびり暮らすのがいちばんだよな」


後輩「確かにそういうのもいいっすね」


先輩「そんでさ、おれ考えたのよ。女神さまに戦争も魔王もない辺境の村とかに連れてってもらおうかなって」


後輩「それで農業っすか」


先輩「おうよ。これから勉強しとかなきゃ、向こう行って困っちまうからな」


後輩「はあ。まあ、頑張ってください」


先輩「……なによ。なんかあれじゃね? 言いたいことありそうじゃん」


後輩「いえ、べつに」


先輩「おい、言えし」


後輩「えー。いいっすよ。面倒くせえっすもん」


先輩「言えよ。ほら、チョコやるからさ」


後輩「先輩。それバックルームで溶けてて売れなくなったやつじゃないっすか」


先輩「いいじゃねえか。言えよ。むっちゃ気になるじゃん」


後輩「……いや、先輩。そもそも農業できんのかなって」


先輩「はあ? そんなん余裕っしょ。うちの婆ちゃんも花壇でナス育ててるぜ。十本くらいだったけど、お母ちゃんが焼きナスにしてマジうまかったのなんのって」


後輩「いいっすね」


先輩「婆ちゃんにできて、おれにできねえわけねえっしょ。ていうかおれも手伝ってたしね。水まきとかしたよ?」


後輩「婆ちゃん孝行っすね」


先輩「おうよ。つーわけで、できるっしょ。植えたら昼前にちょいちょいって雑草抜くだけでいいんだよな」


後輩「でも先輩、それあくまで趣味っすよね?」


先輩「まあな。でもやり方は変わんねえだろ?」


後輩「やり方は変わんねえっすけど、それを主な食事にするとなると違くないっすか?」


先輩「なにが?」


後輩「いや量が」


先輩「い、いやいや。あれだぜ? なにも出荷して儲けようってわけじゃねえんだぜ」


後輩「でも先輩。想像してくださいよ。毎食ナスだけで腹を満たすんすよ? どんだけ食えばいいんすか?」


先輩「え。ほら、一本か二本くらいじゃね?」


後輩「奥さんと子どもがひとりいるとして、三人家族っすよ。それが毎食ナス二本ずつ消費するとして、一食六本必要でしょ」


先輩「う、うん」


後輩「となると、一日で十八本必要なわけっすよ」


先輩「お、おう」


後輩「一週間で百二十本以上っすよ」


先輩「…………」


後輩「そんなに作れるんすか?」


先輩「い、いやいや。それ極端っしょ。やっぱ作ったら、村のひとたちと交換したりするっしょ。そこでさ、うまく現代の知識使って儲けたり……」


後輩「先輩。そんなにうまくいく保証ねえっすよ。みんな生きるのに必死なんだから。むしろ先輩ってすぐひとの言うこと信じるから、向こうからしたらカモなんじゃねえすかね」


先輩「…………」


後輩「それに先輩、その家庭菜園の本って、あくまで土地ができてる前提のことっすよね」


先輩「……え。どゆこと?」


後輩「農業始めるときって、まず土地を耕さないといけないじゃないっすか」


先輩「え。鍬で掘ればいいんじゃねえの?」


後輩「そうなんすけど、言うほど簡単じゃねえっすよ。掘ってならして、それも家の食事を賄えるぶんなら一日や二日じゃ終わんねえっす」


先輩「…………」


後輩「そもそも植えたってすぐ収穫できるわけじゃねえんすよね。その間の食事はどうするんすか?」


先輩「で、出稼ぎとかあるんじゃないの?」


後輩「先輩。辺鄙な村にそんなに職があふれてるわけねえっすよ。それに出稼ぎしながら畑仕事とか、正直言って無理っすよ」


先輩「な、なんで?」


後輩「さっき、ちょいちょい土をいじればいいって言ってましたよね。それ、あくまでお手伝いの範囲っすよ。お婆ちゃん、たぶん一日中、花壇にいるんじゃないっすか?」


先輩「あ……」


後輩「それで十本くらいしかできねえんすよね。それに農業って辛えっすよ。ちょっと気温が上がったとか下がったとか虫とか害獣とか、ちょっと目を離したらぜんぶダメになりますからね」


先輩「え。そんな?」


後輩「うっす。それに肥料だって探してこなきゃいけねえし、下手したら肥溜めとか扱わなきゃいけねえんすよね。先輩、変なとこ潔癖っすから無理だと思うんすよ」


先輩「え。待って待って。なんでおまえ、そんな詳しいわけ?」


後輩「あれ。言ってませんでしたっけ。うち農業やってるんすよ。まあ、兄貴が継ぐんでおれはこうしてバイトしてますけど。忙しいときはよく手伝いますよ」


先輩「なにそれ、聞いてねえんだけど!」


後輩「あー。すんません。というわけで農業をやってる側から言わしてもらうと、わざわざ異世界に転生してまで畑いじりとか考えらんねえっすね。絶対、王国のお抱え騎士とかになったほうがいいっすよ。毎月、決まったお給金とか最高じゃないっすか」


先輩「…………」


後輩「それに先輩。優しい奥さんと子どもたちとのんびり暮らすって言いますけど、それもどうっすかね」


先輩「え?」


後輩「だって、子どもってすぐ体調崩しますよ。辺鄙な村で医療がしっかりしてる保証もねえし、薬がちゃんとしてなかったら風邪だけでも死んじゃいますからね。つきっきりで看病しなきゃなんねえし、その間、畑のほうはどうするんすか?」


先輩「…………」


後輩「ま。はっきり言って、おれはスローライフ系はあり得ねえっすね。同じ飢える生活するなら、まだ冒険者のほうが楽しそうでいいっす」


先輩「…………」


後輩「あれ。先輩? どうしました?」


 シュボッ。


先輩「……おれ、帰ったら婆ちゃんの肩揉んでやるんだ」


後輩「それがいいっすよ」



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