過去の英雄と慈愛の少女

くると

序章 始まりの出会い


 走っていた。

 私は真っ暗な森を走っていた。


 逃げるために。信じた神のために。


 なによりも――死なないために!



「いたぞー! メリー・メトモスだ!」


 う、馬で追いかけてくるのは卑怯よ!

 人の足で勝てる訳がないじゃない! そもそもなんで私だってわかるのよ! 違う人だったら、とんでもない迷惑よ!

 知ってる? 今は夜なのよ!? 月明かりしかないんだけど!? なんで森を馬で踏破できるの!?


 色々と叫びたい気持ちを必死に抑え、慈愛神ソグが示した一本の道を走っていく。ここで止まる訳にはいかない。


 手にもっている杖が重い。

 慈愛神ソグより直接、私にもたらされた一本の杖――ソグ・ファトゥーナ。

 私が望めば、どんな傷でも癒してしまう、とんでもない代物らしい。

 本人?本神? が言っていたのだから、間違いないだろう……………す、捨てちゃ駄目かな? 価値なんてわからないし、むしろこれもってる所為で狙われてる訳だしね。


 いっそ、ここで捨ててしまえば楽になるのでは――――


『あ、無理ですぅ。あなたとリンクしちゃってるのでぇ、あなたが死なない限り誰が手に入れても価値がないんですよぉ』


 甘ったれた鬱陶しい声が、まるで人の心を読んだかのように頭の中に響く。


 ――――チッ。死ねばいいのに。全身無駄肉のババアが……!

 

 ふよふよと柔らかそうな肉体をした女神の姿を思い出した。光を反射して輝く白銀の髪、優しい意思を感じる金の目。何故か右腕がない女性の姿を。


 初めてみた時は、そりゃあ驚いた。

 村の神殿で祈ってたら急に出てきて、なんか加護を与えますって謎の光を私の中に埋め込んで、杖と杖の効果だけを述べて光に溶けたのだ。


 驚かない訳がない。

 

 その後、神力を探知したっていう教会のお偉いさんが来て殺されかかるし、国は国で、君を保護しに来たっていいながら夜中に拉致しようとする。

 散々な目にあった。この女神が来てから、一月と耐えられずに村を出た。出ないと、本気で殺されるか拉致られるか……どっちにしろ、ろくな目にはあわなかった。



「ここで仕留める! 弓隊、射撃よーい……てえっ!」


 風切り音を鳴らしながら、走っている私の傍に突き立っていく。

 や、やばい!

 女神っ女神様っ! 

 なんとかなりませんかっ?

 神の奇跡とか!? 御慈悲とか!?

 なんでもいいんで、この状況を切り抜けられません!?


『うーん、この先に村があるんだけどぉ、そこの中心に刺さってる剣をぉ、抜けばぁ、なんとかなるんじゃないかなぁ』


 おい、おい。私はね?

 今! この場で! 助かる! 方法を! 知りたいの!?

 わかる!?

 さっきから苦しすぎて、呼吸するのが精一杯なんだよ? 喋れないから心の中で対話してるだけなんだよっ? ねぇ、この苦しい状況がわかってるの!?



 ――――トトトトッ


 私を追いかけるようにして、地面に矢が突き刺さっていく。――ひぃっ。このままじゃあ村に着く前に串刺しになっちゃう! 


『あ、見えたよぉ』


 本当なの!?

 やっと着いたの!?

 これで死なずにすむの!?



 森が開けた場所に、辿り着いた。息を乱しながら周囲を確認する。

 ………あれ、剣は?


『ほらぁ、あそこの中央部にある奴ですねぇ』


 あ、あそこまで行けと?

 だいぶ距離あるんですけど……。


「はんっ。馬鹿な女だな! 障害物のない場所に自ら出おるとはなぁ」


 馬に乗った司祭。

 胸に、大地を癒す乙女の紋章が刻まれたローブを着ている。

 間違いない、慈愛教の司祭だ。


 おいぃぃぃ!?

 ソグさん!?

 あれあなたの信者ですよねぇ!?


「くははっ。ここでおとなしく死に、杖とソグの加護をもらおうか」


 あんなこと言ってますけど!?

 え、なに? 私が死ぬと加護は奪われるの? だとしたら、私すんごい狙われるんじゃないかな? かな!?


『そんなことぉ、ないですよぉ。加護ってぇ言うのはですねぇ。私が直接与えなければ何の価値もないですぅ』


 本当だよね?

 信じるよ?

 嘘だったら……ね?


『信じてくださいねぇ。これでもぉ神なんです私ぃ』


 ソグと会話している間に、森から出てきた複数の存在。

 全身を黒いローブに包み込み、顔には木彫りのマスクをしている。あれでは性別はおろか、どんな存在かもわからない。


「我ら慈愛教が誇る――異端審問官だ!」


 や、あの……どうみてもアサッシンです! 腕にクロスボウ付けてる人とか完全に殺し屋の風格滲ませてますよ!?


「あぁ、我らが天上の女神――ソグ様の元に送ってやろう、しばしの間、祈るがいい」


 遠慮します!

 二度と祈らないって決めましたので!

 なにせ、祈ったら面倒事をもってきてくれましたよ!?


 感謝どころか怨嗟しかないです。



「あ、あのぅ……死ぬ前に一つだけやってみたいことがあるんですけど……? 駄目ですか?」


 馬に乗る司祭を見上げる――自然、上目遣いで司祭に話しかける。


「あそこにある剣を抜きたいんですけど……駄目、ですか?」

「剣だと? こんな廃村にか? ……おい、確認してこい」


 司祭が後ろに控えていたアサッシンに見てくるよう指示を出している。その指示を受けてクロスボウの殺し屋がササッと確認して戻ってくる。――――し、仕事のできる人だ!


『それはぁ、どうでもいいことですぅ。あの剣にぃ、私の加護をぉもたない人が触れてもぉ、意味ないですぅ』


 そうなの?

 じゃあ、私が剣を抜ければ問題ない?


『ないですねぇ。第一ぃ、私の加護がないとぉ、抜くことも出来ないですよぉ』


 殺し屋が司祭にゴソゴソと耳元で何かを報告している。

 女神が言っていたことが正しいのなら、抜けなかったことを報告しているのかもしれない。



「あんなボロボロの剣で何をしようと言うのだ?」

「え、さあ?」

「「………」」


 2人の間に静寂が訪れる。


 や、仕方ないでしょう。あの剣抜けばなんとかなる、ってことしか聞かされてないんですよ?

 そんな私に聞かれても、困ります。


「抜くだけでいいのだな?」

「はい」

「……わかった。抜くだけは許可しよう。その代わり、見張りは付けさせてもらうぞ。後、杖をこっちに寄越せ」

「どうぞ」

『あのぅ、その杖は私と――――』

「ふむ、確かに受け取った。あの剣を好きにするといい」


 途中、女神の声が聞こえなくなったが、まぁ些細な問題でしょ。剣を抜いて、なんとかなった後にでも救出すればいいよね。


 剣の元まで歩いていき、柄に手を掛ける。

 トクン、トクン、と暖かい鼓動が聞こえてくる。まるで、剣自身が生きているようすら感じる。――――これは、どういうことだろう?

 ボロボロに刃毀れし、所々錆付いてすらいる。なのに、何の抵抗もなく――スラッ、と地面から抜くことができた。


 抜き放った剣を天に翳した。

 別に、何か意味があった……という訳じゃない。

 ボロボロなのに、どこか魅力をもっている剣を――月の光に反射させたかった。


 変化は如実に起きた。


 ――――光の奔流が、剣から月に向けて伸びたのだ。

 光は――音を呑み込み、感覚を呑み込み、世界を呑み込んだ。



 意識が戻ると、ボロボロな剣を握った――眠そうな男が立っていた。

 赤髪赤目の男、長身痩躯でボサボサ髪。……なにこれ?










 長い眠りから目覚めた後の虚脱感。

 体が睡眠を求めている。


「ふぁ~、お休み~」


 欠伸を一つ。

 地面に横になる。


『何してるんですかぁ、起きて下さいよぉ』


 耳障りな甘ったるい声にイラッとしたが、無視する。奴に構うとろくなことにならない。


「あ、あの! あなたが私を助けてくれるんです、か?」

「え、嫌だよ」


 意味不明な妄言に、思わず返事をしてしまった。

 なんてことだ。

 この手の奴らは無視するのが最善なのに……。


「で、ですよねー」

「貴様何者だ! どこから湧いてきた!」


 納得してくれた子供とは別に、何かを喚いてる男。……見覚えのある服だ。それもクソッたれなクソ女神を祭ってる邪教。一回潰してやったのに、女神の腕すら斬り飛ばしてやったってのに……よし、殺そう。


『落ち着いてぇ。あなたにお願いしたいことがあるんですぅ』


 あ? 人と敵対していたクソ女神様が人の英雄である俺にか? それもてめぇの所為で人類すべてを敵に回した俺へお願いだぁ? 頭湧いてんのか? 断るに決まってるだろ。


 慈愛教を使ったクソ女神の策略で、俺はもっとも嫌われた英雄になった。おかげで仲間だった他の英雄とも戦うことになったのだ。あの恨みと屈辱、決して忘れられるものではない。


 まぁ、最終的にブチ切れて神と人を相手に大暴れしてやったがな!


「チッ。無視とはいい度胸だ、お前ら、殺せ」


 俺を殺せって、また無茶な……。

 ん? あぁ弓で殺すつもりなのか。まぁ意味ないんだけど。


 飛んできた矢が、俺に当たり地面に落ちる。

 子供が小石を投げつけてくる程度の衝撃しかない。


「な、何故死なない……?」

「ノルド。ノルド・ピークニィ。俺の名前、知ってる?」


 驚愕している男に名前を教える。

 知っていれば、俺がもつ剣の力もわかるだろ。


 呪われた聖剣――ソグ・ニトラス。慈愛神ソグの片腕より創られし呪いの剣。ボロボロに刃毀れし錆付いた見た目になっているが……大剣と呼ぶには小さく、小剣と呼ぶには大きすぎるこの剣は――切れ味を落としていない。柄に女神が描かれているが、装飾はそれだけの無骨な剣だ。


「何を言っている……? ノルドは我らが女神――ソグ様の片腕と引換えに倒されたはずだ。それに、数百年前の出来事だぞ。生きてる訳がないだろう」

「ふーん。なんでそんな風に伝わってるかはしらねぇけど、あれから百年単位で時間が流れたんだ……」


 じゃあ、知り合いのほとんどは死んだんだろうな。あぁ、長命種なら生きてるか? いや、会いに行く気はねぇけど。だるいし。そんなことより寝たい。


「つか、そこまでしか伝わってねぇんだ。じゃ、俺がもってるこの剣が何かわからなくても仕方ないな」

「えぇと、彼らと戦うんですか?」

「そうなるねぇ。面倒だけど。あ、子供はさがってな」

「誰が子供ですかーっ!? 私は17歳です!」


 え、嘘っ?

 そんなお子様体型で?

 つか身長いくつ?

 見た感じ、かなりミニマムサイズだけど。


「親戚にドワーフとか、ホビットの血でも混じってる?」

「人間の血しか入ってません! 第一、そんな伝説種が存在してる訳ないじゃないですか!」


 うおっ純血でそのサイズ?

 ある意味奇跡だね。

 どこぞのクソ女神よりも立派な奇跡だ。


『その娘ぉ、私の信者ですぅ』


 黙れクソ女神。あぁ後で話聞かせろ。

 奴らが伝説種って、一体どういうことだ?


「ふむ。で、誰が俺の封印を解いたんだ?」

「封印ってあなた、何か悪いことでもしたの?」

「悪いことをしたから封印された訳じゃねぇよ。まぁ、悪名は高かった、とだけは言っておこう」

「えっと、封印ってのはよくわからないけど、剣を抜いたのは私です」


 予想通りと言うか、まぁ一番近くに居たし、クソ女神の信者だって言うし。そんなことだろうとは思っていたけど。

 つまり犯人はソグだと。――――もう片方の腕も斬り落そう。あん時は戦神に邪魔されて殺せなかったし。今度は殺してやる。


『物騒なこと言わないでぇ。一応、他の英雄たちと停戦を結んだんですよぉ』


 だから? 

 あっさり俺を切り捨て見捨てたクズどもが、神と停戦を結んだからなんなの? 俺には関係ないよ? そのうち神域行くから覚悟しとけ。


「あのぅ、私なんだか気分が悪くなってきて……」

「だろうな。俺くらいの生命力ないと、すぐに枯渇しちゃうだろうし。あんたはクソ女神の影響で無事なだけだよ」

「え、なんですかその物騒な台詞」

「いつの間にか矢は飛んでこなくなったろ? ほれ、あそこで倒れてる奴らはソグの加護をもってねぇんだ。慈愛教なんて名乗ってる癖にな!」


 哀れだよなー。神に踊らされてるカスどもの集団だぜ? 実際に恩恵がある訳でもねぇし。つか、神が人間を滅ぼそうとしたことだってあるのにな。


「わ、我らに、ソグ、様の、加護、が、ない、だど……?」

「おおぅ。今にも死にそうだなー。よくそんな状態で喋れるね。なに、加護がなかったことがそんなにショック?」


 弓をもった奴らはほとんど倒れ臥し、馬に乗っていたクソ女神教の司祭は、馬ごと地面に倒れながら、俺を殺さんとばかりに睨みつけている。


「ふざっ、けるなっ……我らに、神の加護が、ないはず、ないだ、ろう!」

「現実を知らない奴は哀れだねぇ。じゃあ教えてやる。俺がもってるこの剣な――ソグの片腕を素材に創られてる」

「嘘……」

「ばか、な」


 少女と男が――カッと目を見開き驚愕に震えている。そりゃあ、信仰対象の片腕って言われても、そうほいほいと信じられる訳ないか。


「まぁ、この時点で俺がソグにやられた訳じゃないってわかると思うけど。で、この剣の力は――俺を認識している奴らの生命力を奪う。当然だが、枯渇するまでな。これに耐えるのは単純に二択なんだ。俺みてぇに生命力をあげる。もしくはソグの加護を受けている、のどっちかな」

「あ、私が平気なのって……」

「そう言うこと。でもって、生命力がないあいつらは今にも死にそうって訳」

「なんで、あなたは平気なんですか?」

「うん? あぁ、単に生命力が多いだけだって」

「いえ、あの、生命力ってなんですか?」


 え?

 知らないの?

 俺的にはそっちのが驚きなんだけど!

 おい、クソ女神! 説明!


『えぇ、二度説明するの嫌なんでぇ、そこの男がもってる杖をメリーに渡してくださいぃ』


 メリー? いや、女の子は1人しかいねぇし。たぶん、この娘なんだろうけど。杖ってこれか?


『はいぃ、それですぅ』

「この杖、あんたのなんだろう。とりあえずもっとけ」

「え、はい。あの、それで生命力って……」

「クソ女神が説明してくれる」

「は、はぁ」

『はいはーい! 説明しちゃいますぅ』

「え、女神様が!? というかなんか2人で話して……」

「その辺は後回しだ」


 今は生命力の説明が先な。

 まぁ、簡単に言っちまえば、メリーがもつ杖と剣が同じ役割を果たしてるってだけなんだけど。


『生命力と言うのはですねぇ、ずばり! 人が神に抗うために生み出した、言わば神殺しの兵器ですぅ』

「えぇ!? なんでですかっ? なんで人が神様を殺そうだなんて、そんな、畏れ多い……」

『ぶっちゃけぇ、神と人は戦争してましたぁ。まぁ神側が強すぎてぇ、虐殺と同じでしたけどぉ』


 あ、静かになったなぁと思ったら死んでるわ。杖を奪った時までは生きていた。俺を睨んできたし、なんか喚いてたし。


「そ、そうですよね。人が神様と戦える訳、ないですもんね」

『ところがぁ、人は神では想像もつかない力を創ったんですぅ。それが――生命力。命を燃やしてぇ、世界の理に干渉するぅ、神の天敵みたいな力ですぅ』

「む、昔の人たちは凄かったんですね」

『それでもぉ、神側の方が有利だったんですぅ。だけどぉその中でもぉ、5人の英雄と呼ばれる困った人たちがぁ、出てきちゃったんですぅ。数多の神を殺しぃ、殺した神を生命力に変えてぇ、神側が負けたのは5人の英雄たちの所為ですねぇ』


 つまるところ、俺の生命力が多いのは――単に殺した神が多いから。ついでに言えば、増えた生命力の上限値は減らない。しかし、普通に生活していれば生命力は回復する。


「あ、神様が負けたんですね」

『正確にはぁ負けたのではなくぅ、停戦なんですけどねぇ』

「はっ。てめぇらが停戦なんてするとはな」

『9割がたあなたのぉ所為なんですけどぉ』

「なに言ってやがる。俺をはめたのはてめぇで、他の奴らはてめぇの手の上で踊っただけじゃねーか」


 まぁ、結果的に――共通の敵が出来て敵同士が協力。最善の結果なんだろーよ。敵にされた方からすりゃあ堪ったもんじゃねーがな。


『それでぇ、2人にはお願いがあるんですぅ』

「断る」

「嫌です」

「「……ん?」」


 あれ? こいつも拒否すんの? クソ女神教の信者じゃねぇの?


『聞いてくださいよぉ。本当に困ってるんですぅ』

「勝手に困ってろ、俺には関係ねぇ。そもそも寝てる俺を無理やり起こしやがって……」

「私、女神様の所為で大変な目にあってるので、これ以上は嫌です」


 どうやら、この子供は子供でクソ女神の被害を受けてるらしい。若いのに大変だねぇ。


『あなたたちにもぉ、無関係じゃあないんですぅ。このままだとぉ彼が復活しちゃうんですよぉ』

「いや彼って誰だし。ちょー興味ない」

「すいませんけど、神話は神話の方々にお願いしてください」

『無理ですぅ。そりゃあ、力の総量だけならぁ多い神もいるんですけどねぇ――戦闘系の神はぁどこかの誰かさんにぃ、ぜんぶ堕とされましたぁ。なんでぇ、私の代理とぉ、残ってる英雄にぃお願いしたいのですぅ』

「ふーん。そら大変だな。まあどうでもいいけど」

「あ、私に無理です」


 さて、もう一度剣を媒介に寝るとするか。

 もう起きたくねぇし、クソ女神の干渉を弾くようにしとこ。


『お願いですからぁ話を聞いてぇぇぇ』


 女神の叫びに耳を貸す奴はいなかった。










 半日後。

 眠りにつくまでクソ女神が喧しかった。

 起きてからも煩かったが、メリーが「ご飯食べ終わるまで静かにしてないと、杖を捨てる」と脅したことで、朝食が終わるまでは静かだった。


 朝食が終わり、森を抜けようという話になった。




 1時間後。

 メリーと2人、泣きながら訴えてくるクソ女神を無視して森を歩いていた。


「この辺もだいぶ変わっちまったなぁ」


 百年単位で時間が過ぎているのだ。当然と言えば当然のこと。


「そうなんですか? 昔は何があったんです?」

「山と魔獣。あと天軍」

「え……あの、最初の以外、あんまり存在しないんじゃ……」

「あぁ、神獣もいたぞ!」

「で、伝説の存在が多すぎて話しについてけません!」


 メリーが叫ぶ。

 なにせ、村の爺婆が伝承として語っている存在のオンパレードに困ってしまう。というか、昔はそんな存在に溢れていたんですね……。


『話を聞いてぇ、このままじゃ邪神にぃ世界を壊されちゃうのぉ』


 頭に響いてくる声はお互いに無視。

 下手に返事をすれば調子にのる。


『乗らないから聞いてよぉ』

「で、これからどこに行く? 何か当てはあるのか? 子供を1人で旅させる訳にゃあいかねぇからなぁ」

「子供じゃないですって! 15歳はとっくに過ぎてます! むしろ村では行かず後家なんて呼ばれました! 謙虚な信者ってことで誤魔化してましたけど」

「あぁ、そうだねぇ。それはきっと村の皆も困ってたろうねぇ」


 主に両親が。


『あ! 行く当てないならぁ、私大神殿にぃ来てくれませんかぁ?』

「……さっき、司祭に襲われたんですけど?」


 どうやら無視しきれず、返事をしてしまったらしい。

 まぁ、襲ってきた奴らの本拠地行けって言われても、正気を疑うわな。


『大丈夫よぉ。彼が居れば問題ないからぁ』

「つまり、襲われることが前提だな。ついでに言えば、この娘をどこかの村まで送ったらついてかないぞ」


 何を平然と俺がついていく前提で話を進めてんだ?

 クソ女神の神域を壊しにいく予定ではあるが、それは1人でいくし、なによりなんでこいつの願いを聞かなきゃなんねぇの?

 俺からしたら、こいつは敵だからね? それも許せない類の怨敵。こいつを守る戦神も殺したし、次は確実に仕留める。


「え、ついてきてくれないんですか?」

「当たり前だろ。そもそも子供じゃなかったら見捨てたとこだ。クソ女神教に所属してる奴らは基本、敵だしな」

『怖いこと言わないでぇ、お願いだからぁ、世界のためにぃ』

「舐めてんのか? てめぇが俺を世界の敵にしたんだろーが、今更助けてやる義理もねぇし、守りたかった奴らはとっくに死んでる」


 人類の敵、神の敵。

 そんな俺が今更英雄に戻る訳がない。


「あ、じゃあ私、慈愛教やめます」

『えぇ!? そ、それは困っちゃうのぉ』

「だって私、慈愛教のお世話になったことないですし、両親が慈愛教だから無理やり入れられただけです。それに命を狙われちゃいました」

「あぁ、そりゃ酷ぇな。いいぜ、慈愛教やめんならしばらくは守ってやるよ」

「ありがとうございます!」


 ぺこりと笑顔で頭を下げるメリー。

 うん、なんでこんないい子が慈愛教なんてクズな組織に入っていたのか。


『お願いだからやめないでぇ! 本当に困っちゃうのぉ!』

「俺たちは困らない。それに邪神ってどいつだよ?」


 俺らと戦った神か?


『いいえぇ。邪神――フォトス・アノーメは魔獣を生み出した神よぉ』

「あん? 神話最初期の神がなんでいまさら?」

「あ! 私でも知ってますよ。邪神フォトス! 魔獣を生みだし神々と戦った愚かな神様」


 クソ神どもと戦ったことには共感できるが、魔獣なんて面倒な生物を生み出したことは許せない。あれは、生あるものすべてを憎み襲う、という実に最悪な特性をもっている。


『彼はぁ最初期の神――3神なんですぅ。今はぁ1人しかいませんけどぉ』

「戦神アイェツ様はどうしたんですか?」

『そこのぉ英雄にぃ堕されましたぁ』

「えっ?」

「そこのクソ女神を庇いやがったからな」

 

 奴の所為で片腕しか斬れなかった。

 まあ奴自身は真っ二つにしたが。


『一応、アイェツとフォトスは同格でしたのでぇ、彼を堕したあなたならぁ、フォトスもぉ堕せるのではないかとぉ』

「ほ、本当に凄い英雄様だったんですね……」

「そうでもねぇよ? そこのクソ女神の所為で人と敵対することになってな、2人ほど英雄を斬ったしな」


 英雄同士で集まって会議をしようってんで、何も知らなかった俺がノコノコ出向いてみたらいきなり4人で襲って来たからなぁ。あれはびびった。なんも理由を言わないし、いい加減切れて2人ほど斬ったらめでたく人類の敵になりました。

 これでも人類最強だったからね? 正直、英雄が4人集まったところで敵じゃなかった。


 後から知ったが、なんでも俺が神と内通しているって話をこのクソ女神から聞かされていたらしい。残った2人の奴らが言っていた。……普通、そんなくだらない話を信じるか? 信じたとしても、俺から話を聞かないか?


『あの後ぉ、あなたに神の半数を堕されたのはぁ流石に想定外でしたぁ』


 怒り狂った俺が神域に特攻。

 大半の神を堕し、クソ女神から真実を聞き、殺そうとしたところで戦神に邪魔をされた。



「――あ、森を抜けました! これからどうしましょう、私ってば国にも狙われてるんですよ」

「のんびり各地でも回ろうぜ。今の世界がどんなもんか気になる」


 気をきかせてくれたのか、英雄を斬り殺した件に触れてこない。ふむ、メリーは本当にいい子だな。


「……あの、子供を見るような目で見ないでください」

「――――なぜ?」

「周囲の人たちがよくする目をしてました!」


 あぁ、やっぱり俺だけじゃないのね。

 メリーの見た目はどうみたって子供だ。

 これで子ども扱いするなって方が難しい。


『ぶっちゃけぇ、邪神が復活するまでのぉ猶予はぁ――3ヶ月ですぅ』


 クソ女神が爆弾を放ってきた。


「メリー、ここから大神殿までどれほど掛かる?」

「歩いて2ヶ月。馬車で1ヶ月ってところです」


 わりとギリギリじゃん。

 知ってる? 俺って、二度と英雄として活動する気はないの。それに、クソ女神の頼みなんざ――例え世界が滅んでも聞きたくない。


『洒落にならないですぅ、あんまり我侭言わないでぇくださいぃ』


 我侭? 

 違うだろ。

 俺しかできる奴が居なかったとしても、別に俺がやる必要はない。仮に、仮に世界が滅んだとしても俺の所為じゃないな。

 クソ神どもの責任で、押し付けられたのを断っただけだからな。


 それに、一度俺をはめた奴が――――二度はめないと、なんで言い切れる? またはめられる可能性が高い。俺はそう考えるぞ?


「メリー、近くの村か町までどれくらいだ?」

「たぶん……1週間ほど、見込んでおけば大丈夫だと思う」

「そっか。行きたいところはあるか?」

「ない、かなぁ。襲われないならどこでも」

「俺と一緒にいれば、襲われることはねぇよ」


 襲われても、俺を狙えば瞬時にソグ・ニトラスの効果がでる。周囲は地獄絵図になるだろうが、俺とメリーにはなんの問題もない。

 あぁ、剣の効果は自動で発動し勝手に切れる。俺にも制御できない。つまり悪いのは襲ってきた奴らで、俺は悪くない。



「なんかこっちに来るんだけど……」

「うん?」


 メリーの示した方を見やれば、確かに土煙が舞っている。先頭に見えるのは……馬に乗った――騎士?


「国の奴らが着てた鎧だ!」

「あぁ目的はメリーなわけか」


 まぁこの先にあるのは森と廃村だけ。

 そんなところに国の騎士がやってきたのだ、目的はメリーだろう。

 ぱっと見、騎士の数は30前後ってところだ。このなんもない平原だ。向こうもこっちを補足しているはず。

 となると、数十分後には遭遇するな。


『ねぇ、彼らから馬を奪ってぇ大神殿をぉ目指しましょう?』

「馬を奪うってのは良いアイディアだ。大神殿には行かないけど」

「そうね。馬があれば早くつけるわよ。大神殿には行かないけどね」

『うっうぅぅっ』


 鬱陶しいまでに泣くクソ女神を無視して、一本道を歩いていく。国の騎士とやらと遭遇することを考えれば、頭が痛くなる。







「止まれ!」


 冷たく鋭い声が静止を促す。


「隊長! 緑髪緑目のお子様体型で杖を所持、メリー・メトモス本人だと思われます! 隣の男は、他国あるいは教会の手かと思われます」

「そうか、下がれ」

「はっ」


 隊長と呼ばれた男から離れる。


「貴様たちには聞きたいことがある」

「遠慮します」

「断る」

「汝はメリー・メトモスで相違ないか?」


 額に青筋を浮かべ、馬に跨った鎧姿の男が問いかけてくる。いや、これは問いかけではなくただの確認作業だ。


「そうですよ」

「何か問題でも?」

「ふむ。そうか、男に用はない。殺せ」

「「「はっ」」」


 後ろに控えていた色違いの騎士が抜刀し、俺に剣を向けてくる。


「どうしてこう、血の気の多い奴ばかりなのかねぇ」

「本当ですよね」


 適当に蹴散らして、馬でも奪うか。

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