第4話 大草原のやりくり術!

 狼煙を囲んで二人と一匹は狼煙を囲んでひとまず休憩をとることにした。


騎狼族ヴーアミの服?」


「はい、衣服です。どのようなものがあるのですか?」


「ここいらは気候がそんなに変わらないから一年中一緒だよ。狩人だったら俺みたいに狩旗袍チコイデールだし、そうでなければ単に旗袍デールとしか呼ばないな。俺が今着ているみたいな全部毛皮を使ったものもあれば、絹かなんかを染めて綺麗に飾ったものもある。普段使いなら花綿か羊毛が一番かな、安いし。下はウムドゥって物を履くんだ。西方の人がズボンとか呼ぶ服に近いかな。靴は年をとった乳馬ウバの革をなめして作ってるよ」


 説明をしながらエーリッヒは自分の着ている狩旗袍チコイデールの刺繍や帯をナライに見せる。布地は全体的に穏やかな色調の緑色で統一し、その分刺繍が華美な作りとなっている。


「花綿ですか?」


果羊バロメッツに咲く花を使った繊維だよ。すっごく便利なんだ。普通の羊の毛程柔らかくないし暖かくもないけど何せ安い」


「ボタンなどは無いのですね」


「ボタン? ああ、西方の。そりゃそうだよ。全部帯でしめちゃうし」


「分かりました。ところでエーリッヒ、下着はどうなっているのでしょうか?」


「下着? そ、そこら辺は西方とそんなに変わらないみたいだよ。パンツとかシャツとかふんどしとか言うアレと大体一緒」


 何やら照れているごすにも飽きたのか、アプロは大きくアクビをして鼻で笑う。犬も喰わない……とはちょっと違うか、などと心の中で笑う。


 しかしながら父親の仇と戦ったり、助けた綺麗なお姉さんがお嫁さんになってくれたり、様々な意味で忙しいエーリッヒはそれに気づかない。


「分かりました。ところでエーリッヒ、お代は大丈夫なのですか? 服というのは結構値が張るものですけど」


「――――あっ」


 エーリッヒは完全に忘れていた。ここ最近は路銀も食料も乏しくなっていて、ついさっきまでその両方を手に入れる為に狩りをしていたことを。


ごす、心配いらんぞ。おいらのへそくりがある。鞍にくっついた袋の中に二重底になっている奴があるからそこから取り出せ」


「アプロ! ありがとう!」


 この子が一人旅できたのは狼さんのお陰なんですね。


 そう思ったナライであったが、彼女は一応パートナーを立てる為に黙っておくことにした。


「狼さん、ありがとうございます。自分の名前は忘れましたが、この御恩は忘れません」


 ナライは頭を下げる。


「いーってことよ。ごすのかみさんになってくれるならこれくらい当たり前だ。オーゼイユを倒した今、おいらも行かなくちゃならないしな」


「行かなくてはならない……とは?」


「おいらと御主人ごすずんはそういう間柄なんだよ。元々おいらの飼い主は御主人ごすずんのおとっつぁんだ。そしておとっつぁんとはオーゼイユを狩る為だけに契約を交わしていたに過ぎない」


 別離。


 それを迎えるにしてはアプロもエーリッヒもあまりに爽やかに見えた。


 ナライは疑問に思ってエーリッヒに尋ねる。


「あら、良いコンビに見えますが……」


 エーリッヒは首を左右に振る。


「駄目なんだ。アプロは特別。必要な時にだけ地上に降りてくる特別な騎狼なんだ。本来は俺達みたいな騎狼族ヴーアミの人間が乗ってはいけないくらい特別な狼だ」


「特別……ですか」


「そうだ。おいらに乗っていたからこそエーリッヒの親父はツァンの氏族に迎え入れられた。遠い国から来た勇者としてな」


「勇者?」


「狂える神を打ち倒す勇者だ。狂ったとて神は神。それを倒すことは罪深く恐れ多き行いだ。だから勇者が求められる。神殺しの罪を背負う英雄がな」


「それをエーリッヒが?」


 アプロは首を左右に振る。


「おいらはまた元居た場所に帰らなくてはいけない。エーリッヒとその親父が犯した神殺しの罪を背負って天に帰る。エーリッヒがこの草原で人間としての命を全うする為にな」


「なんだかまた随分と……」


「西方の人から見たら信じられないかい? まあおいらも神なんてものは信じてない。でもこの大地に生きる人々にはまだ神が居る。だからおいらもその生き方に合わせる。これはエーリッヒと話して決めたことだ」


 エーリッヒは力強く頷く。


「天からの授かりものは天に返す。神も、命も。それが俺達の生き方だ」


「神を、天に……成る程。この地の人はそう考えるのですね」


 ナライはそういうものだと受け入れることにした。


 彼女にとってこの草原は分からないことが多い。


 一先ず従って、その後ことの是非を考えれば良いだろう。


「わかりました。あなた達の決めたことを私は尊びます。狼さん、貴方の居なくなった後は私がエーリッヒを守ります。ご安心下さい」


「へへっ、礼を言うぜねーちゃん。おいらへのご褒美としちゃあ上等だな。これで心残りはねえや。もしかしてあんた神の遣いか何かか?」


「ご冗談。私は人です。有限にして定命の者ですわ」


「ちょっと待ってよ! 俺がナライを守るんだって!」


「ふふ、では助けあいましょうエーリッヒ。夫婦とはそういうものだと聞きます」


「うん!」


「よしよし……さてエーリッヒ。当座の服代はこれでなんとかするとして、私達はすぐにお金とご飯を手に入れる必要があると思われます」


「あてはあるの?」


「有りますとも。私が乗って参りました馬車には大量の食料と薬がございます。確かにあの良く分からない化物に襲われましたが、馬車とその中身は急いで戻ればまだ無事な筈ですわ」


「ナライ、良いのか!?」


 アプロも何も言わないがギョッとした表情を浮かべる。


 記憶を失ったとはいえ仲間の遺品を売り飛ばす判断ができることに驚いたのだ。


「薄情だと思ってます?」


「いや、ナライがそういう薄情な人間だとは思わないが……西方人らしくないなって」


「私は薬師でした。医師程ではありませんが生きるか死ぬかの修羅場を結構な数潜ってきました。それで理解したのです。我々生者が死んだ人間の為にできることは有りません。生者は生者の心の安寧の為に死者を弔い、生者のより良き生の為に死者の死から何かを学び取ろうとします。何をしても結局変わるのは生者です。だから生きていることは尊く、殺すことは罪深いのです」


「…………」


「…………」


「この土地の考えとはそぐわないものでしょうか?」


 アプロは主の表情を伺う。ここでのエーリッヒの対応が彼には一番の関心事だ。


「俺は良いと思うな! それで美味しいごはん食べながら帰れるしね!」


 エーリッヒがニカッと笑うとアプロは安堵の溜息を吐いた。


 多分この二人は大丈夫。そう思えたから。


「でもナライ、俺達だけじゃそんなに沢山の荷物は運べないと思うよ?」


「ええ、ですから行商の方々を案内して積み荷を売りつけましょう。西方から運んできた高級な薬や雑貨も残っているんですもの。交渉事ならご安心下さい。命知らずにもこんなところまで来た女です。多少の心得は有ります。ただ、こちらでの常識については疎いのでエーリッヒと狼さんに助けてくださいね」


「任せてよナライ!」


「あ、でもまだ生存者が居たら面倒見てあげてくださいね。記憶は有りませんが、きっと私の友人ですから」


「勿論! 困った時はお互い様! そして部族や氏族を問わず、友は絶対助ける! これがこの大草原に生きる騎狼族ヴーアミの掟だからな!」


ごす、上手く操縦されてるな……」


 アプロはため息をついて遠くを眺める。だが悪い気はしない。


 草原の中の小高くなった丘の向こうから行商の狼車が近づいてきていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る