第2話

第一章 戦いへの序曲



 古今東西を問わず、服装は序列の象徴であった。

 我が国の貴族は機能性よりもその装飾性を重視し、男なら直垂に烏帽子、女なら十二単。装飾よりも実用性を重視するはずの武士でも、高い身分になれば貴族のような装いを取り入れた。僧侶についても法衣の色が身分を示した。

 日本に限らず西洋でも、近代まではドレスなどで着飾るのは貴族階級の特権であったし、今でもホワイトカラーとブルーカラーという、着ている服の襟の色で差別化された言葉が平然と用いられている。

 人は外見より中身とよく言われるが、そんな言葉は建前に過ぎない。実際には着ている服でその人に対する印象は大きく左右される。これが悲しい人の世の現実である。

 そして、この現代において、服装による序列化を教育に取り入れている高校があった。その名は、私立大文字高校。

 学業やスポーツの成績により、下から奴隷、平民、貴族と呼ばれる階級が決められ、それに見合った制服となる。そして、その最上位にいる者を、生徒たちは畏敬の念を込めて、「制服王」と呼ぶ。

今日も若人たちはより上位の制服をめざし、青春の血と汗と涙を流すのであった。




「ねえ、直人。掲示板見た? ゲームの掲示が出ていたよ」


 いつもの教室。

 季節は秋から冬へと移行しつつある。

 やや肌寒さを感じる朝のホームルーム前の時間。まだ、始業までは幾分時間があるため、教室にはあまり生徒がいない。そんな中、俺はパックのコーヒー牛乳を片手に、学食で買ったカレーパンを口いっぱいに放り込んでいた時だった。


「一年生は十一月の十三日と十四日。それと一日おいて十六日の三日間だって。今度こそは絶対に優勝してやるんだから」


 俺たち一年生の教室は、学校の最上階である四階にある。

 窓側にある俺の席からは、校舎の裏手に広がる湖が一望できる。

 晴れ渡った空の下、湖の周りの木々は赤と黄色に紅葉している。湖は水面に色とりどりに染まった丘の景色を映し、さらに、日の光を反射してきらきらと輝いていた。まるで絵のように美しい光景であるが、何となく物悲しい季節である。


「早速チームを組まないとね。運動神経が良くて、頭がいい人。でも、それでいてゲーム向きの人って、なかなかいないのよね」


 俺はカレーパンを食べ終わると、パックのコーヒー牛乳を飲み干した。

 この学校の購買に売っているカレーパンは、そこらのコンビニに売っているカレーパンとは異なり欧風カレー味であり、カレーのコクが半端ない。さらにコーヒー牛乳との相性が抜群で、俺は入学当初からカレーパンの魅力に取りつかれ、週に三回は食べている。だが、春から食べていて秋にもなるとやはり飽きが来ることもあり、明日からはメロンパンを中心にオーダーを組もうか、そんなことを考えていた。


「ねえ、直人。あなた、誰か適任の人知らない?」


 ちなみに先ほどから俺の朝食タイムを一切顧みることもなく、挨拶よりも先に自らの伝えたいことのみを一方的に言い立てる女を、俺は一人だけ知っている。

 俺の前の席には、あたかもそこは自分の席です、という顔で自然に座っている女子生徒。

 名は赤坂唯香。俺と同じA組の生徒である。本来の席は廊下側なのだが、そこから俺の席まではるばる遠征してきている。

 少しウェーブのかかった肩まで伸びるミディアムの髪。色は明るめのブラウン。ほとんど化粧を必要としない健康的な肌。細身で、見た目には活動的に見えるが、実際にもその通りである。運動も勉強もそつなくこなす。身長は一年女子としてはやや高い方。そしてその印象的な大きな瞳はまっすぐに俺を見ていた。まあ、一〇人中八人はかわいいと認めるルックスであろう。

 俺とは家が隣で、子供のころからお互い知っていて、さらに何の因果かずっと同じ学校で同じクラスであるという筋金入りの幼馴染である。

「そういう話なら、俺よりもお前の方が知り合いが多いだろう」

 唯香は行動的で押しの強い性格のとおり、友達も多い。普段から女の子グループのリーダー的存在であるし、容姿も平均以上であり、それでいてはきはきとした表裏のない性格なので男からも女からも人気がある。

「そうなんだけど、でもゲームにふさわしい人っていったら、そんなにいないんだよね。それに私が選ぶと、誰を選んで誰を選ばなかったで角が立つというか。とにかく、私と直人と、あとチームを組むためには二人必要なのよね」

 俺が選んで角が立つのはこの際どうでもいいのか? ていうか、俺はすでにゲームに参加するということが前提で、しかもお前のチームの数に入っているのか。とはいっても、唯香が話をし出した時から覚悟はしていたが。一学期に行われたゲームでも、やはりこちらの意向も聞かずに、勝手にチームメンバーにされていた。

ちなみに、この学校でこの時期話題に上がるゲームといったら、それはテレビゲームでも携帯ゲームでもテレビ番組の企画でもなく、示すものは一つしかない。制服争奪戦ゲーム、制戦である。

 制服争奪戦ゲーム。それは ・ ・ ・ 

 別に今、嫌がる女子から上着をはがし、スカートを引っ張って無理矢理に制服を奪う場面を想像したわけではない。決して!



 この学校には摩訶不思議な制度がある。いわゆる階級別制服制度である。

この学校、私立大文字高校には、学校指定の制服が四種類あり、生徒が自由に選べるのではなく、成績により階級が決まり、その階級によって着ることができる制服が決まるのである。

 生徒のうちの下位の約五〇%は丁類に分類される。通称、奴隷階級と呼ばれる。

 中位四〇%が丙類。通称、平民階級。

 上位九%が乙類。通称、貴族階級。

 そして、上位一%が甲類の、通称、王階級である。

勉強の成績だけではなく、スポーツの成績が優秀な者も高い階級になれる。勉強で学年一位やスポーツで一位になれば王階級だし、勉強やスポーツで大体上位五%の一五位以内なら貴族階級に入れる。

 この階級というのがこの学校ではとても重要なステイタスである。

 高い階級になれば、例えば席替えのときの優先権があるなどの特権が与えられる。それも貴族階級ともなれば、自分の席だけではなく、他人の席まで指定できる。ひそかに思っているかわいいあの子と隣の席になってお近づきになれるという展開も夢ではないのである。

 それ以外にも、高い階級になれば、学食での優待チケットが付与されたり、掃除当番が免除されたりなど、まさにやりたい放題である。

 それ以上に重要なのは、階級によって制服の品質が露骨に違うことである。特に女子にとってはかわいい制服を着るということは至上命題であるため、この差は極めて大きい。

 女子の奴隷階級の制服は、かなり荒い生地の上着に下はモンペである。爆安が売りの大衆ブランドたこさんマークのタコスケによる量産品。先の大戦を知るおばあさんが見ると、戦中の懐かしさと苦労を思い出して涙するという特殊効果付きである。

 平民階級の制服はそれよりも若干グレードが上がり、田舎の中学生のような昔ながらのセーラー服で、ふくらはぎのあたりまである長いスカート。見た目はそこそこまともではあるが、どこか昭和の香りのする制服である。素朴さと初々しさを強調したいあなたにお勧めの一着である。

 貴族階級の制服からは急にランクが上がり、今風の洗練されたデザインの制服である。チェックを基調とし、胸元にはピンクのスカーフ。そのデザインは、全国のかわいい制服ランキングでも指折りに数えられる。スカートも長さが選べるが、多くの女子生徒は短くしている。

 王階級ともなれば、世界的トップデザイナーのヤスコ・コバヤシデザインの制服である。コストパフォーマンスなど完全に無視し、上質の素材を職人による手作業で丁寧に編み上げた高級品であり、生徒の体形に合わせたオーダーメイドで作られる。黒を基調としたカジュアルドレスのようなデザインで、シックでありながら、ところどころに赤や白のアクセントを加え、華やかさを演出している。

 多くの女子生徒にとって、族クラスや王クラスの制服はあこがれの存在である。

 これだけあからさまに差別化が図られている以上、かわいい至上主義の女子生徒がより上位の制服獲得に執念を燃やすのは、当然のことである。まったく女というのは浅はかな生き物である。

 そして、俺の前に鎮座している唯香も平民階級であり、上位の制服獲得に執念を燃やしている女子生徒の一人である。

 一方、男子生徒にとっては、自分たちの制服のデザインなど基本どうでもいいことである。男子生徒の制服も同様に階級により分けられていて、奴隷階級や平民階級の制服はお世辞にもおしゃれとは言えないが、レトロな感じで、これはこれでバンカラでよくね、という生徒もそれなりにいる。

 だがしかし、階級の高い制服を着ると、一階級につきモテ度が二〇%アップ(当社比)するとなると当然そうもいっていられない。

 ここに、ある生徒(ペンネーム ようへいへ~いくん 一六才)の貴重な証言がある。


「今まで生きてきて一度ももてたことなんてなかったけど、でも、勉強をがんばってテストで上位に入って、ついに貴族制服が支給されました。それを着てきた日から、周りの女子の僕を見る目が変わりました。そして先日ついに告白されました。本当にこの貴族制服はすごいと思いました」


 まるで通信販売で売っている霊験あらたかな壺のようなご利益である。

男子高校生のはちきれんばかりの煩悩の前では、もてるということは、女子のかわいい至上主義を上回る至上命題である。このため、多くの男子生徒もより上位の制服に執念を燃やす。まったく男というのはあさましい生き物である。

 画して、見事に学校側のもくろみ通りに、多くの生徒が上位の階級をめざし、勉学にスポーツに励むことになるのである。そして、勉強でもスポーツでも上位になれない生徒にとって残された最後の道が、学期に一回開催される四人一組によるゲームなのである。

 ゲームはその内容は毎回異なる。だが、共通しているのが四人一組でチームを組んで競い合うということである。下の階級でも、このゲームで優秀な成績を修めると上位の階級に上がることもできるため、ゲームの前になると、低い階級の生徒の目つきが変わってくる。

 俺は平民階級。勉強の方は学年でも中の上ほどだが、スポーツにはそれなりに自信はある。といってもスポーツの成績は単に体育の成績だけではなく、部活動が大きく作用するため、帰宅部の俺にとっては、なかなか上に行くのは難しい。

 ちなみに、唯香は勉強でもスポーツでも上位に食い込むほど優秀ではあるのだが、それでもどちらもぎりぎりで貴族階級になるまでには至らない。器用貧乏という言葉の生きた見本のような女だ。



「直人、聞いているの?」

 唯香は、俺に少し顔を近づけて、抗議の気持ちを眉間に辺りに集めて俺を軽くにらんでいた。

「ああ、聞いている。あと二人だったな。心当たりならないわけではないが」

「だれだれ?」

「候補その一。中村幸久。お前も知っている通り、俺のダチだ。現在、奴隷階級にとどまっているが、頭の出来はともかく、運動神経は決して悪くない。それ以上に煩悩のレベルはおそらく学年トップレベル。上位の階級を目指して思わぬ力を発揮してくれるかもと期待できなくもない」

 俺の言葉に対し、唯香は渋い表情を浮かべていた。

「中村くんか。まあ、可もなく不可だらけという感じの人選ね。最悪、それもあるかもしれないけど、ほかに適任者いないの」

(すまない、中村)

 俺は何となく心の中で謝ってみたりした。

 俺は軽く教室内を見回した。すると視界に一人の男子生徒の姿を捉えた。

「候補その二。斎藤誠。文科系の生徒。スポーツは苦手だが、学力はそこそこで平民階級でもトップクラス。いずれ貴族階級も狙えるのではという器だ。何よりもクラス一のオタクでそのことを本人も隠すことなくオープンにしている。特にゲームオタクぶりは全国レベルであり、シューティングからソーシャルゲーまで古今東西のあらゆるゲームに通じている。ある意味、ゲームには最適な人物であると思うが」

 唯香はさらに渋い表情を浮かべた。

「斎藤くんか。噂に聞いたことはあるけど。でも、彼はリアルなゲームには興味ないっていう話じゃない」

 確かにそうだ。それに斎藤は『僕、三次元には興味ありませんから』と高らかに宣言するほどの猛者だ。

「ねえ、ほかにいないの」

 唯香がせっつくように俺に言う。

ちなみに唯香はこのゲームに異常なまでに執念を燃やしている。いや、ゲームのみならず勉強でもスポーツでもなのだが、唯香の場合、制服に対して異常な執着がある。しかもそれが貴族階級にとどまらず、王階級を狙っているというから、信長もびっくりな野心家というか、身の程を知らないというか。

 ちなみに、前回は一学期の六月にゲームがあった。

その時は、俺と唯香、あとは唯香の友達の女子二人が同じチームであったのだが、今回、そのうち一人は一学期の期末テストで上位に入り、貴族階級に入ったので、ゲームには不参加。もう一人は、先週、部活のバレーボールで足を捻挫し、今度のゲームには出られそうにないということで、新規のメンバーが必要な状況なのである。

 俺はクラスを再度見回した。このクラスには王階級はおらず、貴族階級が四人、平民が一五人、奴隷が二〇人ほどいる。奴隷階級の女子の多くはモンペ服を着たくないようでジャージで過ごしている。

 あちこちで小規模の集団が作られ、何やら小声で話している。おそらく多くの生徒が今度のゲームに関する話をしているのだろう。

 その姿を眺めていても、俺たちと同じチームで戦うということが想像できる生徒があまりいなかった。

 ふと、クラスを見回していた俺の視界に一人の女子が入った。

 貴族階級のチェックの制服。俺たちA組の生徒ではない。

 背は女子の平均よりも少し小柄な感じ。全体的に細身であるが、胸のあたりのふくらみが自己主張していた。膝上およそ五センチのスカート。長すぎず短すぎずの絶妙なバランス。細く白い足がまぶしい。ストレートの輝くような長い黒髪に、ぱっちりとしたお目目で、制服もかわいいが中身もとってもキュート。そんな女子と目があった。するとその女子は思いつめたような表情でこちらに近づいてきた。

「あの~」

 その容姿に違わない、少しはにかんだような声もとてもキュートである。

 洗練されたフォルムの制服が、その女子のすらりとした体形を際立たせていた。物腰は穏やかで、そのしぐさは流れるように流麗。だが、緊張のせいか、かわいい顔が少し曇っていた。

「はい、なんでござりますでしょうか」

 つい反射的に妙な敬語らしきものを使ってしまったのは、やむごとなき身分の方を前にした平民の悲しいサガであろう。唯香の俺を見る目が少し冷たい。

「たぶん、お話するのは初めてですよね。C組の三ノ宮真貴子といいます」

三ノ宮真貴子。

 その名前は聞いたことがある。

 確か、定期テストで常に五番以内に入るという才女である。その容姿に加えて、おっとりとしたお嬢様っぽい言動も相まって、男子生徒の間でひそかに開催されている女子ランキングで常に上位に入る人気であり、その名を広く知らしめている。

「初めまして、A組の城島直人です」

 思わず、初級の日本語能力検定のテキストの例文に出てきそうなあいさつを返したのは緊張のせいである。

「すみません。盗み聞きしたわけじゃないんですけど、ゲームの話をしていたみたいなので……。もし、チームのメンバーが足りないのでしたら、私を入れていただけると嬉しいなと思いまして」「はい。よろこんで」

 三ノ宮さんの言葉にかぶるように俺は即答した。すると、三ノ宮さんの少し緊張していた表情が崩れ、その顔には天使のような笑顔が花開いた。

「ありがとうございます」

「ちょっと、何、あんた勝手に決めているの」

 横から口を出してきたのは唯香だった。

「何だ、唯香。お前、まさか不満なのか。C組の三ノ宮さんといったら、すっげえ頭いいって評判の人だぞ。こんな人が同じチームになってくれるんなら、願ったりかなったりだろ」

「頭いいなんて、そんな……。私なんて大したことありませんから」

 そう言って、顔を赤らめるしぐさも得も言われぬかわいさである。

「ちょっと待ってよ。あなた三ノ宮さんって言ったっけ…」

「はい。お話するのは初めてですよね。三ノ宮真貴子です。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に。始めまして、私は赤坂唯香です。って、そういうことじゃなくて、あなた学業優秀で貴族階級安泰なんでしょ。それなのになんでわざわざゲームに参加なんてするの。それにC組からわざわざA組に来なくても」

 唯香のこの疑問は、確かに正当なものである。

ゲームに執念を燃やすのは、大抵が平民や奴隷で上の階級に上りたいと望んでいる者たちばかりである。逆に、スポーツや勉強で上位階級に入っている生徒は、それだけで上位が安泰なのだから、任意参加のゲームに無理に参加する必要はないはずである。

 唯香の強い詰問口調に、三ノ宮さんは、泣きそうな顔になった。

「すみません。せっかくの学校のイベントなんで、参加したいと思っただけなんです。それに、同じクラスだけじゃなくて、違うクラスの方とも交流を持ちたいと思って…。その…、もし、迷惑でしたら、あの…、辞退させてもらいます」

「迷惑だなんてとんでもない。あなたのような貴人に参加してもらえるのなら、こんな心強いことはない」

 俺は三ノ宮さんの手を握り、その目を見つめて言った。

「まあ、ありがとうございます。ふつつか者ですがよろしくお願いします」

 三ノ宮さんにまた笑顔が戻った。

 俺と三ノ宮さんが会話を交わしている横で、唯香はなぜか小刻みに震えていた。



「何、あなたデレッとしているのよ」

「そうか。普通だろう」

 三ノ宮さんが自分のクラスに戻った後、せっかくすばらしいチームメンバーが見つかったというのに、なぜか唯香はいらいらしているようだ。

「もう、いいわ。何か疲れた。四人目の人選はあなたに任せるわ」

そういうと唯香は、自分の席に引き上げていった。



結局……、


「ということで、中村、俺たちのチームに加わらないか」

 俺が話しかけたのは、朝のホームルームの三分前に教室に滑り込んできた中村幸久である。

 中村は、背は俺と同じくらいで百七十五センチほど。やせ形で一見するとスポーツタイプだが、面倒くさがりなので、運動部などには入っていない。

 顔の造作など基本的なスペックは悪くないのだが、見た目が少し軽薄そうなのが災いして、本人いわく、生まれてからずっと彼女募集中とのことである。勉強の成績こそ赤点ラインすれすれを低空飛行しているが、運動神経は決して悪くはない。ただ、体育などにあまりやる気を出さないために、運動の成績も芳しくなく、奴隷階級に留まっている。

「悪いがもう先約があって無理だ。一緒にやりたいのはやまやまなんだが…」

 あっさりと断られてしまった。

「そうか。もう決まっているのならそれも仕方ないな。まあ、今回、俺と同じチームになった赤坂唯香と三ノ宮真貴子さんなら、ほかに知り合いがいるだろうから、何とかなるだろうけどな」

 俺は固有名詞のところを少し強調しながら、誰に向かって言っているわけでもないという素振りでつぶやいた。

 その言葉を聞いた中村の表情が固まった。

「ちょっと待て、城島。今、とても気になる名前が聞こえたような気がしたぞ」

「そうか? 赤坂唯香と三ノ宮真貴子と言ったんだが。今回のゲームで同じチームになったんだ」

「待て。赤坂さんは分かるが、三ノ宮真貴子って、あのC組の三ノ宮さんだよな。なんであの人がお前と一緒のチームなんだ」

 ふっ、やはりこの男も三ノ宮さんの名前を知っていたか、と俺は内心でほくそ笑んだ。

「さあ? 俺にも実はよく分からないのだが、なぜか流れでそうなった。でも中村。お前は別のチームなんだから関係ないよな。残念だ。ああっ、実に残念だ」

 俺はそう言うとその場を離れようとした。だが、予想通りその数秒後、後ろから声がかかった。

「まあ、待て、マイフレンド。確かにほかの誰かの誘いなら、にべもなく断っただろう。だが、しかし、他ならぬ親友のお前の誘い、そう簡単に断るとでも思ったか」

「いや、でも、さっき、いとも簡単に断られたような気がしたが。それに先約があるんだろ」

 すると中村は眉間にしわを寄せて、いかにも苦渋に満ちているという表情を浮かべてのたまうた。

「確かに、普通なら先約を優先するべきだろう。だが、俺が親友のお前の誘いを断るような非情な男だと思ったか。泣いてバショクを斬るの例えもある。残念だがら、先約はキャンセルしよう。別に男四人のチームだからじゃないぞ。あくまで親友の誘いを優先させたんだからな。そういうことで、城島。一緒にゲーム頑張ろう」

 真剣な表情で力説する中村に対して、俺も極力さわやかな作り笑顔を浮かべた。

「そうか。すまない親友。お前にそんなつらい決断をさせて。次のゲームでは是非、一緒にがんばろう」

「言うな。友よ。勝利を目指そう」

 俺たちはがっちりと握手を交わした。

 だが、中村の真剣な表情は、次の瞬間には崩れていた。

「それにしても、赤坂さんと三ノ宮さんかぁ~。両手に花だな」

 中村はにやけた表情を浮かべていた。

たぶん今こいつの頭の中では、三ノ宮さんと唯香の二人と手をつないで、ハハハッと笑いながらお花畑をスキップしている光景でも浮かんでいるのだろう。だが、まあ、とりあえずよしとしよう。中村は高校からの知り合いだが、変に俺とウマがあい、つるむことが多い。

 これでゲームに必要な四人のメンバーがそろった。人選としては悪くないだろう。やり方次第では、上位に食い込みことも十分可能なメンバーだと思う。

 正直、俺自身は唯香のように上位の階級になることも、ゲームそのものにも大して興味はなかったが、これも付き合いというものだ。多少なりでもいい結果を残せば、唯香も満足するだろう。優勝なんかは絶対に無理だとは思うが……。

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