狂愛。

龍怨 合切

プロローグ  雲に奪われても己の

 略称、ヤンデレ。総称、病んでいるデレ。

感情を理性で抑えきれず、一般的に異常行動とされる行動をする人の事を差す。

名前の通り、病んでいるので何らかの精神病によって引き起こされる事が日本精神医学会によって証明されている。

治療方法としては、精神病と同じである。が、極めて重度で深刻化している場合は、これに限らない。その場合、特殊治療群隊員が治療にあたる。

特殊治療群隊員は、医師免許看護師免許共に保持はしていない。法令医療行為は禁止である。

どのような治療行為を行っているかは、特殊治療群のみ把握する。それ以外の人員にはいかなる理由手段であろうと、情報流出を禁ずる。

 ヤンデレとは造語である。ヤンデレという言語の成立前においては、ヤンデレと認識される患者の確認数は少ない。しかし、ヤンデレ成立後に、ヤンデレ認識患者は大きな増加傾向にある。

二次元文化の発展などが原因と考えられるが、それだけで生命に関わる異常行為に及ぶとは考えにくい。要調査事項である。

                 2018年度 新入特殊治療群隊員への簡潔説明文書




プロローグ  雲に奪われても己の


「んで。月待ちゃん。お前どこ配属なん?」

 新入隊員合同説明会が終わり、説明会会場となっていた廃ビルを抜けて歩きながら、同期の斉藤がくだけた感じであくびを堪えつつ、話し掛けて来る。褐色肌に金髪ピアス、そして長身といかにもチャラそうな現代風男性の風貌。少しキツイ香水の臭いに嫌悪感を示しつつ答える。

「……加内高校ですね。斉藤さんは?あとちゃん付けはやめてください」

「俺っちは安河中学だわ。子供苦手なンすけど……。マジめんどくせー転属願い出してぇ。適材適所ってチョー大事ジャン?なっ、月待ちゃん」

斉藤は、がくっと肩を落としつつも、首だけは左隣を歩く月待に向ける。月待は斉藤より身長が小さいので見下げる形だ。

「ちゃん付けはスルーですかそうですか」

一息ため息を付く。

「まぁいいじゃないですか斉藤さんは。自分は、高校に入学しないといけないんですから。高校卒業した直後に。地獄でしかない……」

「……ご、ご愁傷様じゃん……」

「斉藤さんは、中学近くの建設会社の社員じゃないですか。下校帰りの患者相手ですから、学校内の患者相手とは随分と環境面だけは楽ですよ。しかも身分を公表できないから建設会社から給料が出る。特殊治療群からも出る。マジ無言の腹パンしてやりてぇゲスゲス野郎ですよ!」

「あー……てへぺろッ!」

その瞬間、斉藤の横腹に左隣にいる月待の肘が抉り込んだのは言うまでもない。

ゴリッという骨が削れるような効果音付き。税込み0円。安い。全米が泣いたかも知れない。

「いてぇ!?マジ勘弁……うおお……ッ」

一瞬にして斉藤のくだけて眠さを堪える表情が強張り、苦痛で満たされる。歪んだ表情のまま、左の横腹を押さえて、電柱にもたれかかる。肩で息をして、おぅおぅと小さく呻いている。

 その姿を月待は勝ち誇った顔、或いはゲス顔で斉藤を見る。口が緩んでいるのはご愛嬌。コロンビアのように手を上げたくなる衝動が駆け巡る。コロンビア本能と理性の人類史上類を見ないくだらない欲望と理性の対立である。全米は泣くのをやめて、鼻で笑い始めた。

 苦悶の表情の中で、緩く月待を睨みながら斉藤は文句を垂れ流す。

「月待ちゃんこそ……ぜぇぜぇ……幸せだと……はぁはぁ……思うんだけど……」

「は?(威圧)」

冷たい眼光が斉藤を突き刺す。一瞬、心臓を握られたかのように怯む斉藤であったが、口撃はやめない。斉藤は電柱からビルの壁に背中を預けて、月待に体を向ける。

「だ、だってさ……。一人暮らしなんしょ?生活の為のお金は、海外赴任と偽装している親ってゆーか、支給されるじゃん。給料も出る。部活やらないんだったら、帰宅して遊び放題」

酷く冷淡で冷め切った無感情の声で、月待は斉藤の言葉を遮る。目が死んでいるぞ月待。

「課題とテストの苦しみ」

「う、ぐっ……サーセンした……」

どうやら見た目よろしく、斉藤にも同じ苦しみの経験はあったようだ。横腹の苦痛に過去の苦痛が加えられて、斉藤の苦悶の表情が晴れる気配がまるで伺えない。

 そんな斉藤を尻目に、月待も斉藤の左隣に行き、壁に背中を預けた。

はぁ、とため息を付いて、だいぶ離れた説明会に使われた廃ビルを見つつ、ゆっくりと語り始めた。その声音はどこか哀愁を感じられる。

「子供を任せてもらえるぐらい、上から信頼されてる。そう考えておくべきかも知れませんね」

「……くわしく~」

「子供って多感ですからね。まぁ端的に言えば、堕ちやすいって事です。そして、堕ちてしまう事にあまり抵抗が無く、むしろ気付く事の方が少ない。おまけに戻すのも一苦労で骨を何本折っても足りない。子供の時期に影響した事は、長引くし再発する場合もある。それ程、重要なんですよ子供の時期って」

 そう言うと、ビルから目線を上げ、曇り空から少しだけ顔を覗かせる太陽を見る。眉を細めなくても今日の太陽は視認出来た。その輝きを雲が隠そうとしつつも太陽はその輝きを放ち続けている。

 月待の姿を横からじっと見つつ、斉藤は先ほどようなくだけた感じで言う。

「さっすがー、卒業したてのチェリーボーイが違うじゃんねー。今度合コンに呼んであげるわー」

表情も苦悶からくだけた表情に既に変わっていた。

だが、その表情や声音には月待と同じように哀愁が含まれていた。

まるで、月待が見ている光景を同じ視線で見るかのように。そして斉藤もまた月待と同じ方向を見て、太陽を視界に入れた。

「合コンとか、そういうの苦手です。合コンに集まる女性がタイプじゃないですし。というかチェリーではな……くはないですけど、言わなくてもいい事ですよ」

「え、なにアレなわけ~?チェリーボーイ月待ちゃんは、黒髪清楚な人がお求め?やめておいた方がいいからマジで。ああいうの大概嘘じゃんよ。付き合っても浮気されて、恋愛恐怖症になるのがオチじゃん」

「変態野郎さんが何か言っていますね……爆発させねば」

「変態じゃねぇし!」

「使い古しの如意棒持ち?」

「未使用よりはマシじゃね?」

「……」

「……」

「「FUCK」」

お互い太陽を見つめたまま、言葉を重ねた。そして。

共にニヤける。これから共に働き生き支えあう仲間の祝福の為に。

「ぶはっ!使い古しは酷くねぇ?」

「んふふ。未使用は清潔ですからね」

「あっそ~。いつか使い古しにしてやるじゃん」

「すみませんそっちではないので」

「女性との出会いを用意するだけだから!そういうんじゃねぇよ!」

そして一通りくだらない会話をして、月待と斉藤は、お互いの拳をコツンとぶつけた後。

それぞれに帰路に赴いた。

気付けば二人が見つめていた太陽は、雲にその輝きを奪われていた。


願わくば。

雲に輝きを奪われても。

己の輝きだけは、失わない事を。己の信じた光を歩み続けるように。

この命が果てようとも、命が救えるのならば。





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