Stage5_零時《rage》


ハナの……!!!!」


 あたえが激昂した瞬間。

 我を忘れて生まれた意識の空白を縫って、一ツ眼はあたえの懐に飛び込んだ。


 フッ、と。


 まばたきの余地もないほど鮮やかに、鋭く尖った爪が喉元に迫る。ウィズの障壁バリアも結局はあたえの反応速度に起因する。意識の合間を突かれては反応もできない。凶爪が迫るも間に合わず、絶命は必至。

 だが一ツ眼の向こう側、じゅんの顔に諦めの色はなかった。


「根差せ、縛土バクド!!」


 こわばった声で唱えられた祝詞のりとにより地面から十一本の大地の腕が生まれる。土塊つちくれの手は一ツ眼の錆色サビイロの身体の背後から伸びて、掴みかかった。純は長くはたなそうだと判断し、あたえの元に駆け出す。

 両腕を後方に括り付けられた一ツ眼は、唸りながら目の前のあたえを睨みつけた。

『FuShuuuu……!』

 気圧されていたあたえの頬に一筋の汗が伝う。

『お父様、スコアがッ……!』

 ウィズの声に意識を戻され画面を覗くと、先ほど手を止めた所為せいで見るも無惨なスコアとなっている。舌打ちをしてトレーニングモードを中断させたところに純が駆け寄ってきた。 

「アタエさん、平気ですか?」

「あ、あぁ、すまん、取り乱した。……アイツはウィズとは違うというのに」

「いえ、それよりも……」

 純がキツい視線をウィズに投げる。あたえは眼鏡の奥で目を細めると、命じた。


「ウィズ、できるなら仕留めろ。それと平サンの中から眼を戻しておけ」


 低い声であたえが言い放つと、ウィズのガラスの眼にエメラルドグリーンの瞳が宿った。ヴェール越しに淡緑の光を浮かべたウィズは、何も語らずに一ツ眼を狩りに向かった。

 だがいくらウィズといえども、スコアの推進力ブーストがなければアレには勝てまい。そう思った上であたえはウィズに命じていた。

 現に今も一ツ眼は拘束を二つまで振り払い、九つの腕に掴まれながらも尻尾の薙ぎ払いと噛み付きだけでウィズと渡り合っている。

「あの状態の平サンを長いこと放置したくない。手短かに話す」

 ちらりと向けた視線の先に、いかづちの半球に守られ、自らを抱きしめ震える平がいた。

 あたえは一つ息を吐き、険しい表情を見せると口を開いた。



「ウィズは元々ハナ



「……え?」

「眼を飛ばして見るファインダーの能力、あれは写真投稿のSNSがその源だっていっただろ。ハナはそのアプリにハマってたんだ」

 純はあたえの語気がだんだんと強くなっていくのを感じた。

「アイツは赤信号だってのに、道路に飛び出して写真を撮り始めた。……当然、そこには車が走っていたさ」

 その先の言葉はなかった。それでも何が起こったかなんて明白で。

「救急車に担ぎ込まれるときも、スマホだけは手放さなかったらしい」

 純は息をのんで唇を結んだ。

「写真フォルダはさ、迫ってくる車の写真で埋め尽くされてたんだとよ」

 あたえの瞳に浮かぶ感情が純にはわからなかった。眼鏡のレンズが月明かりを反射して、向こうを見えなくさせる。

「どうやら宿主が死ぬとグラトンも消えちまうらしい。それでウィズは妹と血の近い俺に取り憑こうとしたんだ。その辺のことはウィズに寄生されたとき、記憶が移ってきたからよくわかる」

「それをウィズさんは知って……?」

「いいや、ウィズはなにも覚えてなかった。記憶が移るっているのはコピーってことじゃなくて

 あたえがそう告げると、純は俯いた。

「なにも覚えていないなんてそんな……」



 イノチヲウバッタノニ?



 純の悲痛な面持ちにはそう書いてあった。

「……ウィズのその行動の裏には黒幕がいた。ウィズをそそのかしたヤツだ。そりゃグラトンだって宿主を殺す意味がないからな。そしてそいつが俺たちが追っているもう一匹の――」

『お父様ッッ!!』

 ウィズの叫び声に二人が目を向けると、一ツ眼がブチブチと音を立てながら土塊つちくれの腕を引きちぎっていた。残りは三本、腰回りと足下にあるそれらは既に細く削られていた。

「ウィズ、眼を閉じて力を抜け! 俺が動かす!」

 あたえは眼鏡の位置を直すと、アプリを起動させて駆け出す。

「……すみません、私はアレが解けるまで新たに祝詞は唱えられないので、平さんの側にいます」

 純は俯いたまま小走りで平のもとへ向かった。


『キる! ちぎル!!』


 残り二本。どうやら一ツ眼は、左の腰と右のふくらはぎに絡みついているそれが闇雲にやっては千切れないことを悟ったらしい。

 爪と鱗に覆われた筋肉質な両手で土塊つちくれの触手をがっしりと掴むと、引き剥がしにかかった。

 だが、それを許すあたえではない。

 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】

『くたばりなさい、愚物ぐぶつッ!!』

 障壁バリアを産み出せるまでコンボを繰り返していく。法衣螺刃クロスド・ラジンで両脚を断ち切ろうと、足下を執拗に狙った。


『わたしはッ、お前のような愚物とはッ……!!』


 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】

 刃。鱗、受け流す。尾、薙ぎ払う。障壁、防ぐ、と同時に浮遊、奇襲。

 斬! 斬! 斬! 傷、赤、浅い。足りない。踏み込む。


 ひと突き。


 ズブリと、法衣螺刃クロスド・ラジンを差し込んだ。


『イた、いタ……?』

 一ツ眼は胸を貫くそれを見て発狂した。

『イたィaaaaァアァア!! ヴァッ、アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 響く悲鳴、ブチリと音を立てて引き裂かれる最後の枷。知恵を絞った一ツ眼にとって皮肉なことに、見境のない暴走によりその緊縛は解かれた。

「ウィズ、いくぞ」

 テロン♪【50combo!】

障壁バリアの波に溺れなさい!!』

 ウィズが両腕を広げてから圧し潰すように自身の前の空間をすばやく抱え込んだ。

一ツ眼の四方八方から見えざる障壁が押し寄せる。錆色サビイロの凶悪な妖魔はそれでも動こうともがくが、ウィズの障壁バリアはびくともしなかった。

「私も……!」

 縛土バクドが解かれたことにより、新たな祝詞のりとを唱えられる、と純は手をかざす。

「盛れ! 熾焔花シエンカ!!」

 純の唱えた祝詞のりとに乗って小さな紫のほむら飛礫つぶてたちが撃ちだされる。

 あとわずかのところで障壁バリアが解かれ、ちょうど錆色サビイロの鱗に火種が着弾した。


ッッバッッッッッ!!!!


 火種が触れた箇所から紫色の火焔カエンが咲き乱れて、一ツ眼のまとっていたボロ布を吹き飛ばす。爆風が純の二つ結びを、そしてウィズの長髪を揺らした。

 一ツ眼は紫のほむらの花に包まれて姿が見えなくなった。

「平さんはもう平気だそうです、一人で歩けると」

 純が声をかける。

 あたえはその報せに頬を緩めた。




『全く、勘弁してよね』




 数秒と経っただろうか。それほど間を置かずに、それは確かに爆煙立ちこめる中から聞こえてきた。

 それは少年のようで、だが確実にグラトンの声で。

『もうすぐ零時のアップデートがあるって言ってんじゃん』

 爆煙を吹き飛ばしたそれは純白の翼を散らして顕われた。


 それは天使と呼ぶに相応しいほどの光の粒をまき散らしながらも、悪魔と呼ぶに相応しいほどの醜さをしていた。

 だらりと長い四本の腕、脚のような部位は枝が伸びるようにして大きな根を作っていた。それはなんだかスカートのようにも見える。

 首はなく、浮いた頭部は美しい球体をしていて、白い輝きを放っていた。

 肩甲骨の直後から大仰な翼が生えており、その付け根には小さな五角形ペンタゴンの光る板で作られた環が漂っていた。


「て、めえ!!」


 あたえはウィズを下げて、歯軋はぎしりをした。

 白翼のグラトンは一瞥いちべつすると首を傾げた。


『うん? 誰だか思い出せないやあ。ボクら急がなくちゃ行けないから、ゴメンね』

 あたえのことを歯牙しがにもかけずに、錆色のグラトンを宙に浮かべると、

 あたえたちの頭上でズブ、ズブリ、と音を立てて、ついには二体の境界が無くなる。



――そこには一体の龍の影があった。



『じゃあね』

 そういうと暴風をき散らして瞬く間に姿を消してしまった。


「……なんですか、アレは」

 純は言葉を失っていた。

「あれがウィズをそそのかした黒幕、ってウィズ?」

 辺りを見渡すが、その姿が見えない。

「アタエ……」

 とそのとき平がふらつきながらも二人に近づいてきた。あたえは慌てて支えに入ろうとする。

「う、え……」

 平はそれを静かに払いのけ、空を指差す。



 ぽつりと浮く、ウィズの姿。



『お父様、お許しください』

 遠く、夜空に消えていく背中。



「ウィズッ!!」

 声だけが残る。月明かりは行方を照らしてはくれなかった。






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