Stage4_仇《cue》


 駆けつけた二人の目の前で、グラトンの爪が平の身体を貫いた。


「平さん!」

 純が悲鳴を上げて平に駆け寄ると、あたえはグラトンをスッと見つめた。

「ウィズ」

『はい、お父様!』

 かけ声と共にウィズはグラトンに肉薄して手刀で薙いだ。相手は退すさると同時にを撃ちだした。


――否、それは伸ばされた舌だった。


『届きませんよ、それは』

 ウィズの予測通り、舌は彼女の手前一メートルほどで静止し、戻っていった。

「フェイントか」

 あたえはその距離を見切った上で、ウィズを一歩も動かさずに相手を観察した。

 ヨダレをまき散らしたそいつは、ボロ布をまとった錆色サビイロの鱗に覆われた肉体をしていた。二メートルあるウィズと同じかそれよりも大柄なことにあたえは驚きの表情を見せる。先ほど平を貫いたであろう鋭い爪。舌は見た通り伸縮可能で、太くしなる尾もあるため爬虫類のようだった。異形さが醸し出されているのはギョロリとした単眼の所為だろう。

「一ツ眼か……」


 相手を退けたところで、あたえは話しかけた。

「いくら傷つかないからって飛び出していかないでよ」

 グラトンを威嚇しつつ、平の傷一つない身体を見る。そして困惑したような純に声をかけた。

「平サンはグラトンを見ることはできても触れることはできない。逆もまた然りってことだ。ヤツも平サンに触れることができない」

 つまり外傷を負うことはないよ、と告げると純は肩をなで下ろした。

「アタエ、あたしは、あたしはッ! アイツを、あのグラトンをッ!」

 純に背をさすられながら、平はすがりつくように叫ぶ。

「……清水、頼む」

 あたえは純にそれだけ言って二人を下がらせると、グラトンの方へ向き直った。



かたき、だもんな」



『QuLuLuLuLuuuu……?』


 一ツ眼は首を傾げながらこちらを見つめる。

 それは無垢な視線だった。

 赤子のように純粋で、それ故になにも考えず、欲望のままに生きてきたのだろう。

 他者を踏みにじって。平の父親を殺して――


「ウィズ、やるぞ」

 あたえはアプリを起動してウィズを戦闘モードへと移行させ、自身も駆け出した。

 テロン♪【Training Mode】 

『来なさい、愚物。蹴散らしてあげます』

 長髪をたなびかせたウィズが言い放つと相手のグラトンはグッと膝を曲げた。


 ヴゥッッッッ!!


 溜めを解放させての跳躍により、二人はいとも容易く横を抜かれた。

「ッくそが!!」

 テロン♪【excellent!】

『待ちなさい、愚物ッッ!』

 スコアを重ねる前に攻められると弱い。それを知っていたわけではないだろうが、それでも平たちへの接近を許してしまう。

 ウィズが法衣の裾を螺旋状に変形させ、手刀を覆わせることで槍にも似た大剣を生み出す。法衣を引き延ばすことで一ツ眼へとやいばを届かせようとする。

 が、

法衣螺刃クロスド・ラジンでも届かない!?』

「なんだその名前はッ!」

 加速した一ツ眼は平たちの眼前へと躍り出る。なぜそこまで執着するのか、やはり親子だとわかっているのだろうか。切迫した状況であたえはそんなことを考えていた。


 一ツ眼が勢いそのまま二人に突っ込んでいく。

障壁バリアッ、届かねぇッ……!」

 だがその向こうには、

「――はじけ」

 両手を前に突き出した純が眉根を引き締めて立っていた。


雷封ライホウ!!」


 祝詞のりとに合わせて雷光がほとばしる。

 一ツ眼の舌が迫るが、純は顔色を変えない。

 唾液に濡れた分厚い舌がぶつかると、雷の半球はその皮膜で質量を受け止め弾き返した。

 ヂィイイッッッッ!!!!

『QuYiiii!!』

 グラトンが苦しげに呻く。

 純は紅白の髪留めはそれぞれ一本ずつ左右で髪を束ねており、先ほどまでと違う印象を放っていた。

 思わぬ雷撃にあたえは呆けたが、すぐに顔を引き締める。

「ウィズッ!」

『はい、お父様!!』

 スコアを着実に伸ばして、重みの増した法衣螺刃クロスド・ラジン―とウィズが呼んでいた刃―が一ツ眼を後方から攻め立てる。


 テロン♪【excellent!】 ザン! テロン♪【excellent!】ザザッ!! テロン♪【excellent!】 ザザンッ!!


 鋭角で斬り込むそれを、一ツ眼は全て避けきるどころか、反撃まで挟み込んで来た。

「すばしこいヤツだな、オイッ!」

 あたえは舌打ちと共にウィズの法衣螺刃クロスド・ラジンを長大化させた。

 テロン♪【50combo!】【excellent!】

 滑るように右の肩口から左の腰に向けて斬り込む。法衣の柔さなど微塵も感じさせないそれは、淡緑の光を放ちながら錆色の鱗に迫る――直前でふわりとほどけた。

 身体を逸らして避けようとした一ツ眼は、迷いで身体を硬直させた。

 手刀を覆っていた法衣の裏と表が入れ替わり、一拍遅れて錆色の鱗に触れる。


『ヒら、りラ』


 だが、一ツ眼はそう啼くと全て避けきった。


 二撃目を鱗で逸らし、反撃の尾をウィズに叩き付けるまでのわずかな合間に聞こえた、明らかに悲鳴とは違ったその声。

 ウィズは障壁バリアを張り、尾の一薙ひとなぎを防ぐとあたえの元へ戻った。

『この愚物、喋りましたか?』

 距離を置いて様子をうかがうあたえとウィズ。一ツ眼はどういうわけか近づこうとはしなかった。

「お前もいま喋ってるだろ」

 そうこぼしながらもあたえは驚きを隠せなかった。


『ウま、うマ』


 ニイィと歪ませた口元から聞こえた不気味な声が妙に耳にこびりつく。

 それを合図にあたえの胸中で黒々とした想いが蠢く。


「てめぇ、言葉は誰に教わった」


 わけが分からないというように一ツ眼は首を傾げて啼く。


『コろ、こロ、シしっ、ししシッ』


 その態度があたえの怒りを爆発させた。


ハナの……!!!!」


 たぎる瞳が一ツ眼とかち合った。






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