トキノ喰ライシス

宮下愚弟

Section1_Fatal movement

Tutorial_プロローグ《prologue》

 時間を食うとはいうけれども、時間ってのは食うもんじゃなくて喰われるもんだ。

 浪川なみかわあたえは後悔しつつ、そんなことを思っていた。スマートフォンを持つ手はだらりと下がり、メガネの奥の眼は気だるげに細められている。

「ニイチャンこんばんは~ちょっとお茶でもしない?」

「ギャハハ、なにそれナンパみてェ」

 近道をしようと細い路地に入ったところ、ガラの悪い二人の男に絡まれたのである。急がば回れという言葉を思い出したが、今更どうにもならないと溜め息をついた。

「お金貸してくれっかなぁ 俺たちいま困ってんだよね~」

「カツアゲじゃん! これカツアゲじゃん、リョウくん悪いやつぅ! 動画撮ったろ! 通報だツウホ〜」

「ちげぇよ、お願いしてるだけだもん」

 リョウくんと呼ばれた男は鼻ピアスをしていて上背がそれなりにあり、見るからに喧嘩慣れしていそうだった。

 もう一方はサングラスをかけた肥満体型。かなり重そうで、どちらにせよ痩身のあたえには勝ち目などなさそうだった。

「あれ? おっかしーな、スマホ壊れたんかな」

 グラサンはスマートフォンの起動ボタンを何度も押すが、いっこうに電源が入る様子はない。鼻ピアスは呆れた目をした。

「お前昨日川に飛び込んだときにスマホ持ってただろ〜、それで壊れたんじゃねぇ?」

「うあ、そうかも最悪ぅ 買い替えよーかなぁ」

「おお、そうしろよ 使えねー道具とか要らねぇし」

 そこで鼻ピアスはあたえに目を戻すと、いやらしく舌を出してこう言った。


「てなわけでぇ、俺たちお金が必要なんだよ~。こいつのためにも貸してくんない?」


「ギャハハ、それ頭いいー!」

 グラサン男が手を叩いて笑う。

 スマートフォンを掴むあたえの手がわずかに動く。と同時に鼻ピアスから蹴りが入った。

 鈍い音を立てて鼻ピアスの膝がみぞおちにめり込む。一瞬、息が止まる。スマートフォンが落ちていった。

 耐えきれずにしゃがみこんだ背中をさらに蹴られる。

「がッ、げはッッ……!」

 あたえは空気を求めて口を開くが、咳がこみ上げるだけだった。

「お願いしてんだから頼むよ~」

「全然お願いしてねーし! リョウくん面白ッ!」

 とその時、甲高い女の叫びが夜闇に響いた。


「お巡りさんこっちですッ……!」


 気弱く震えるも張り上げられた高い声、駆けてくる足音、それを聞いた二人はうずくまるあたえを放置し、つばを吐いて去っていった。

 しばらくは苦しさから辺りを見る余裕がなかった。路地裏独特の匂い、溜まった空気。

――吐きそうだ。

 あたえがなんとか体を起こし、スマートフォンを拾ったところで近づいてきた足音は止んだ。

「こんな道を通るからこうなるのよ」

 顔を上げると警察官の代わりに知った顔があった。キュッと片眉を上げた彼女は顔のつくりが整っているだけあって迫力があった。

 だがあたえは臆するそぶりも見せない。

たいらサン、あんな声どこから出したの」

「乙女の声帯なめないで」

 彼女はそう言いながらあたえの手を掴んでひょいと立たせる。

 足下をふらつかせながら、彼は歩み始めた。平は手のかかる子どもを見る親のような顔をして後を追った。

「あいかわらず軽いわね。ちゃんと食べてるの?」

「平サンよりは重いよ」

「なにそれ皮肉?」

 あたえは振り向きもせずにそんなつもりないよと呟いた。

「それで? あたしを呼んだんだから撒けたつもりもなかったんでしょ」

「どうせ近くにはいるかなって思ってた。さっきはやりたくなかったけど、今ならいいよ、平サン」

 あたえが肩をすくめると平の口角がヒクリと動いた。

「気分であたしから逃げるとかやめてくんない? あんたがいなかった間に何人がグラトンに憑かれてスマホ依存に走ったことか」

 そんな大げさな、とあたえはメガネを持ち上げた。

「別に俺の所為じゃ無いでしょ どうせそんなヤツら、放っといてもスマホしか持てない身体になってくよ」

 あたえは真っ暗な画面に映った自分を見つめる。まだ腹は痛むが呼吸は安定してきた。さっきよりは酷い顔をしていないことに安堵する。

「減らず口を叩かないで ここら辺で二体、ヤツらの気配があったんだから。しかも遠ざかりかけてる」

「さっきの二人だよ、それ」

 さらっと告げるあたえ、目を点にした平。


「……は?」


 しんとした夜の街に彼女の声が吸い込まれていった。






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