空まで届け!東京音頭!!

ボンゴレ☆ビガンゴ

前編

 スピーカーから流れる大音響は蝉の鳴き声をもかき消していた。

 やぐらの上から四方に伸びる提灯が夜の神社を幻想的に照らしている。

 夏祭りという名の非日常。


 僕は地上のざわめきを見下ろす。


 老若男女、大勢の人が祭りを楽しんでいた。

 櫓の周りには色とりどりの浴衣が輪をつくり踊っている。まるで様々な種類の花が舞っているようで幻想的な光景だった。

 参道には屋台が立ち並ぶ。焼きそば、フランクフルトにお好み焼き、もちろんあんず飴や綿飴、型抜きに射的に輪投げの屋台も。

 人の入りは上々、商店街の会長の喜ぶ顔が目に浮かぶ。


 僕はごった返す人混みの中、人を探していた。毎年この祭りで会う女の子を探していたのだ。


 山下美晴。彼女は僕と同じく中学三年生。通う学校こそ違うが僕は密かに想いを寄せていた。同世代の女子よりも大人っぽく感じるのは彼女の目が切れ長のためだろう。可愛いというより綺麗という印象を受ける。

 彼女の白い肌は、積もらず消える粉雪のような儚さを醸し出し、肩にかからないほどの艶やかな黒髪はいつも風呂上がりのようにしっとりしていて、近くに寄るだけでいい香りがした。

 僕は彼女のことを考えるだけで胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚になる。


「ユズル、次お前打てよ。俺ばっかしじゃねーか」


 太鼓を打ちながら汗だくのタカヒロが叫んだ。


「あ、うん」はっとして返事をする。そうだった。美晴を探すことに夢中になり、太鼓を打つ為に櫓に登っていたことを忘れていた。


 今、櫓の上には僕とタカヒロの二人きり。タカヒロが今は太鼓を打っており、僕は休憩中だ。

 流れている大東京音頭もすでに中盤に差し掛かっている。僕は汗をぬぐいバチを手に取った。


 夏祭り恒例の盆踊りというものには大きく分けて二種類のタイプが存在する。誰でも参加出来るタイプと決まった踊り手が観客に披露するタイプだ。今日は前者。大きな櫓を神社の広場に建てて、スピーカーから東京音頭や炭坑節、地元の音頭などの音源を流し皆が輪になり踊る。

 櫓は二階構造になっていて、一階部分は地域の踊りの会が揃いの浴衣で踊る。

 それを手本に櫓の外周に大きな輪を作り一般の人が踊るのだ。

そして、はしごで登った上階で、僕ら太鼓打ちがそれに合わせて太鼓を打つ。

 盆踊りといったら太鼓は欠かせないし、僕らが太鼓をしっかり打たなけりゃ祭りは盛り上がらない。普段、学校でも目立たない僕も太鼓を打つ時だけはちょっとした主役気分になれるので気分はいい。


 タカヒロの太鼓に耳を傾ける。 

 相変わらず奴の打つ太鼓の音には曇りがない。心地よいリズムだ。

 大きなフォームがタカヒロらしい。


 我が太鼓会では盆踊りを打つ時のフォームを固定していない。

 組太鼓といって太鼓を何台も並べて演奏する時は厳しくフリを教え込まれるのだけれども、盆踊りを打つ時はリズムさえ取れればあとは自由なのだ。


 助六太鼓の流れを基本の構えにしてはいるが、そこから繰り出されるバチ捌きも皆それぞれ違う。手の振り上げ方からリズムの取り方まで各々独自の方法をとっている。

 八丈太鼓や三宅太鼓の様な振りを真似する者もいるし、中にはまるでバトンのようにバチをくるくる回す者もいる。


 タカヒロはオーソドックスだが力強く太鼓を打つ。

 半纏はんてんから覗く程よく筋肉のついた腕がしなり、目の前の太鼓の中心を目掛けて振り下ろされると、体の芯にまで響き渡るような大きな音が鳴る。

 

 僕は交代のタイミングを伺いながらも、まだ下界が気になって仕方がなかった。美晴は来ないのだろうか。僕は体でリズムをとりながらも心あらずであった。


 そういえば、僕が太鼓や、美晴と出会ったのは四年前のこの祭りだった。



    ◯  ◯  ◯



「おい岩井!お前も打ってみるか?」


 小学六年の夏。この祭りで同じクラスのタカヒロが櫓の上から僕に言葉をかけた。


 それまでタカヒロとは積極的に話をした事はなかった。タカヒロはスポーツ少年で僕はテレビゲーム少年だったからだ。たったそれだけの違いだけど、あの頃の僕たちにとってそれは意外と大きな溝だった。

 だから、はっきりと名前を呼ばれたのも、もしかしたらその時が初めてだったのかもしれない。


「そこら辺に座ってなよ」


 誘われるまま櫓の上に登った僕に、タカヒロはそう促して太鼓の前に立った。言われるままに脇に腰を下ろす。手すりの合間から祭りを見下ろすと櫓の周りをぐるっと囲んだ浴衣の列があり、初めて屋台を上から見た。


 櫓にはタカヒロの他にも何人かいて、それぞれ鐘を慣らしたり拍子木を打ったりしていた。

 そしてタカヒロが太鼓を打っていた。音頭に合わせて日本人のDNAに刻み込まれた、あのリズムを打ち込んでいたのだ。


『ドンドンドン、カラカッカ』

『ドドンがドン、カラカッカ』



 しばらく黙って魅入っていたが、その場を仕切っていたおじさんが近づいてきて横に腰掛けた。


「どうだ坊主。太鼓、面白そうだろ」


 おじさんはにやりと笑った。正直に白状すると、櫓に上がる前まで太鼓なんて簡単に出来そうな気がしていた。幼い頃から祭りの度にその音色を聴き、慣れ親しんできたリズムだから簡単に出来るのではないかと思ったのだ。

 だけど、間近でタカヒロの太鼓を見て圧倒された。

 基本的に曲のリズムは一定だから、同じフレーズをずっと打ち続ければ良いのだろうが、曲の盛り上がりやメロディーの切り替えに合わせ変則的なフレーズを散りばめている。

 その打ち方がカッコよかった。舞を見ているようだった。

 しばらく見ているとそれは決められたフレーズではなくてアドリブだという事が分かった。そこに打ち手の独創性、センスが問われているのだ。

 しかし、忘れてはいけないのが踊り子のことだ。変則的なフレーズばかり並べると踊りづらい。踊り子さんが踊りやすく、なおかつ個性を出すというのが難しいが醍醐味なのである。


 結局、その日は太鼓を打つことはできなかった。とてもじゃないが初見で出来る気がしなかったのだ。

 だが、その日初めて間近で見た和太鼓に僕は感動した。タカヒロもそんな僕に好意を持ってくれたのか太鼓会の練習に誘ってくれた。


 それがゲーム少年の僕とスポーツ少年のタカヒロが友達になるきっかけだった。



   ◯   ◯   ◯


 あれから4年。

 僕もタカヒロと同じくらい太鼓を打てるようになった。


「もう無理だ!代わってくれい!」


 回想に耽っているうちにタカヒロは完全にへばっていた。

 ほとんど手打ちになり棒立ちで体重移動もままならず、それでも腰の回転と振り下ろしで打とうとするのでフラフラでアホな踊りみたいになっている。

 顎を上げ叫ぶタカヒロ。今の姿を見たら「あの時、お前の太鼓に感動したんだ」なんて口が裂けても言えないよ。

 返事をして立ち上がり太鼓の脇に移動する。

 もう一度だけちらりと下界を覗いてみる。


 やはり美晴はいなかった。


『山下美晴』

 何故だろう。山と下と美と晴、それぞれの文字をばらばらにするとなんとも思わないのに、それらがくっついて構成される『山下美晴』という名前を聞くと背筋が勝手に伸びて胸が勝手に熱くなる。

 僕が彼女を知ったのは、僕がタカヒロと友達になった日だ。四年前の今日。僕は塾の帰り道に太鼓の音に誘われてふらりと神社に寄ったのだ。


 鳥居をくぐり沢山の屋台がひしめき合う参道を抜ける。

 綿アメ、かき氷、射的に金魚すくい。魅力的な屋台が連なっていたが、何回財布の中を覗いてみてもお金はなかった。


 参道を抜けると大きな櫓が立っていた。さっきも言ったように太鼓を打っていたのはタカヒロだったが、その時はその事に気づいていなかった。なぜかというと、それは簡単な事で、僕は一人の少女に目を奪われていたからだった。


 山下美晴は踊りの輪から離れた位置、ケヤキの木の下で友達とあんず飴を食べていた。淡いピンクの浴衣、髪は頭の後ろで結んでいた。


 一目惚れだった。あんなに綺麗な子はテレビの中でしか見たことが無かった。

 少女はあんず飴を食べ終えると友達の手を引いて早足で踊りの輪に加わった。そして、踊り始めた少女から僕はいよいよ目を離せなくなった。少女の踊りは完璧だったんだ。

 身のこなしは少女とは思えないほど大人びていて、全ての動作がまるで川の流れのように優雅で儚く美しかった。

 頭の先からつま先まで全てに意識を集中していて、でもそんなそぶりは一切感じさせない。堂々とした佇まいに物憂げな眼差し。浴衣の袖から覗く腕。首筋。


 僕は時間を忘れて彼女に見とれていた。


 彼女と一緒に踊る友達数人がギクシャクと少女を真似をして踊っていたのが、より一層少女を引き立てた。


 その後、どれくらい彼女を見ていたかは覚えていない。ずいぶん長い気もするし、ほんの数分だったかもしれない。ただ僕はその瞬間、恋に落ちたのだ。

 記憶は曖昧で、次に覚えているのは櫓の上で太鼓を打っているのがタカヒロだという事に気づいた瞬間だった。

 タカヒロが打つ太鼓に合わせて少女が踊っていた。僕はそのときの感情を今でも忘れられない。切なく、やるせなく、羨ましく、そして悔しかった。


 タカヒロには少女の為に太鼓を打つという役割がある。少女はタカヒロの太鼓の音があるから踊れる。タカヒロは少女に気づいていないだろう。 少女もタカヒロには気づいていないだろう。それなのに僕は二人の間に何か関係性を感じ、そこに入り込む隙などないということに気づいたから悔しかったのかもしれない。

 そんな時、偶然にもタカヒロが僕に気づいて話しかけてきたんだ。


「おい岩井!お前も打ってみるか?」と。




 頭の中であの時の自信に満ちたタカヒロの顔が蘇った。でも、四年後の今日。現実の目の前にいるタカヒロはヘロヘロで曲の途中なのにアイコンタクトをビシバシ送ってくる。


「ユズルー、早く代わってくれぃ」


 ヘロヘロのタカヒロと交代すべく立ち上がる。使い古したバチと硬くなった掌の豆を握りしめる。僕が頷くとタカヒロが最後の一打を振り下ろし、そのままの勢いで脇へはける。

 さあ、僕の番だ。左足を深く踏み込み、めいいっぱい強く太鼓を打つ。体の芯から揺さぶるような大音、やっぱり祭りは参加するもんだ。


 何曲か打って汗だくになったところで、祭の運営本部が設置されているテントからマイクをもったおじさんが出てきた。


「え~、この度は天祖神社盆踊り大会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。一旦盆踊りはお休みしまして、皆さんお待ちかねの抽選会を行いたいと思います」


 パチパチとまばらな拍手の音が聞こえた。毎年恒例の抽選会。

 神社の入り口で配られる団扇に抽選番号が書いてあって祭りの中盤に抽選をするのだった。景品はスイカやらアイスやら、遊園地のチケットやら。財政状況が芳しくない商店街もこの日のために毎年なんとか工面している。 

 僕は汗を拭いタカヒロの横に腰を下ろした。


「お疲れさん」


 タカヒロがペットボトルのスポーツドリンクを放る。 受け取り一気に飲み干した。


「美晴は来てたか?」


 タカヒロは僕が飲み終わるのを見計らって聞いてきた。首を横に振る。そうか、とタカヒロも櫓の下を覗く。


「今日は人も多いからな。来てるけど俺らが気づいてないだけかもしれないじゃん」


 僕だってそう思いたかった。美晴は今日の祭りを忘れるはずがない。


 櫓の下で歓声が上がる。3等のスイカの当選が発表された。 昔は純粋な盆踊り大会だったのだが、今はこうしたイベントが行われてる。客寄せの為なのだろう。

 歴史のある大きな祭りならともかく、商店街主催の地域の祭りなんて、商店街自体が存続も危うい所も多いから、櫓を建ててこれだけの規模でやっているだけで立派なもんだ。ここ数年で無くなってしまった盆踊り大会もいくつかある。


「おい!坂田が来てるぞ」


 タカヒロが叫んだ。


「まじ?どこに?」


「あんず飴屋ん前を今通り過ぎた」


 こんな人混みでも坂田はハリネズミみたいに尖らせた髪だからわかりやすい。


「あいつ受験勉強するって太鼓辞めたくせに祭りなんかきて、またおばさんに怒られちまうんじゃねえか」



 坂田はちらりとこちらを見る。目があった。 坂田は照れくさそうに笑うと櫓に近づいてきた。


 櫓から身を乗り出して声をかける。


「坂田!久しぶり!元気か!勉強してるんじゃないのか!」


 坂田はえへへと笑う。


「塾の帰り!太鼓の音聞こえたからなんか吸い寄せられちまったわ」


 タカヒロも嬉しそうに声をかける。


「坂田!上がってこいよ!久しぶりに打ちたくなったろ!」


 坂田の顔が曇る。


「いいよ……。随分打ってねえし、多分上手くできねーよ」


 坂田は笑って見せたが目は笑っていなかった。


 坂田は太鼓が好きだった。

 みんなより背は小さい為、大きな音は出せなかったが、技はピカイチだった。

 組太鼓を初めて教えてもらったとき、どうしても難しいフレーズがあって、坂田は何度やっても上手く行かなかった。

 そういう時は気分転換した方がいいと先輩に言われたが、坂田は悔し涙をこぼしながらもずっと練習していた。そして、その日の練習ではできなかったが、次の練習日には完璧にして来た。

 坂田は才能より努力の人だ。

 太鼓に関しては、ひがんだり卑屈になったりしないのが坂田の良いところで一生懸命努力する。太鼓以外では文句ばっか言う奴だが、そんな坂田の性格を皆は知っていたから不思議と好かれていた。

 だが、今年の春、受験勉強を理由に太鼓を辞めてしまった。 多分本人だって本当は辞めたくなかったんだと思う。でも、親に勉強を選択させられたのだ。


「半年くらいやらなくたって変わんねーよ!」


 タカヒロが言う。


「そうだよ。大丈夫だよ坂田!」


 僕も続く。 坂田は渋っていたが、とりあえず櫓の上に登るだけな。と了解してくれた。

 抽選会では一等の遊園地ペアチケットの発表をしていた。


「受験勉強はどうなんだ?」


 タカヒロがペットボトルのお茶を紙コップに入れながら聞く。一瞬坂田の表情が引きつったのを僕は見た気がした。


「やってらんないよ。俺ってお前らと違ってなまじ勉強出来るからさ。親の期待が大きくてなぁ」


 坂田が悪戯っぽく笑う。タカヒロは笑いながら、ふざけんなよと小突いた。坂田は強がりを言っていた。坂田は場の雰囲気を察知して会話をする傾向があるのだ。 湿っぽいムードにしたくなかったのだろう。


「では、そろそろ盆踊りの方を再開させていただこうと思います。皆さん、どうぞ輪にお入りください」


「もう時間か。抽選、早かったな」


 会長の声を聞いてバチを手に取る。


「坂田、やる?」

 

 バチを手渡そうとしたが坂田は慌てて首を振る。


「いいよいいよ!見てるだけで!しばらく見させてくれぃ」


 仕方ないなと立ち上がる。


「では、ミュージックの方をスタートさせていただきましょう!」


 会長が手を上げて合図を送る。何がミュージックだよ、盆踊りでミュージックはないだろ。 と、会長の言葉に少しこっぱずかしくなる。


「おい、ユズル。ユズル!」


 振り返るとタカヒロが眉を細めてる。


「下! 田中先輩が次で交代しようだってさ」


 櫓の下には先輩達が来ていた。


「マジかぁ。タイミング悪いなぁ。休憩の時に代わればよかったのに」


 せっかく坂田が来たのにタイミングが悪い。


「櫓の上も準備オッケーですか?」


 手を挙げ大丈夫とサインを送る。


「いよ!岩井!!頑張れよ!」


 ふと櫓の下から声が聞こえた。 覗くとクラスメート達が笑っている。中学生にとって夜まで遊べる日は祭りと大晦日くらいだからみんな楽しみにしているんだろう。


 皆が僕を見上げて笑っていた。太鼓打ちなんてあまりいないから好奇の目に晒されるってわけだ。ちょっぴり恥ずかしかったけど、みんなの前だしカッコつけたかった。普段目立たない僕も祭りの日だけは主役気分に浸れるのだ。太鼓の前に立ち構える。


「では、炭坑節からスタートです!」


 スピーカーから流れる音楽。前奏が始まる。一曲三分から五分。どうせ一曲で先輩たちと交代だ。思いっきり技を入れまくって皆の前でカッコつけてやる。

 夢中でバチを振る。手のフリを大きく、力を込め音を響かせる。これだけ思いっきりやると気持ち良い。横目に櫓の下を見る。クラスメート達が驚いた顔でこっちを見ていた。 普段地味な僕がこれだけ目立つことをしていることにびっくりしたのだろう。女子達の瞳はキラキラ輝いてる気さえする。

 曲が終わった。結構うまくいった気がする。心でガッツポーズを決めながらも表情はすまし顔を意識する。皆に向かい小さくVサインを送ると皆が歓声で答えてくれた。

「お疲れ!」

 先輩たちが櫓に上がってきた。

 交代で僕たちは久しぶりに地上に降り立つ。 櫓の上は太鼓を打っている間ずっと揺れているので、土の上ににおりてきてもまだ揺れている気がした。


「よーし、かき氷でも食べに行きましょー」


 坂田は元気よく叫ぶ。曲が流れ、盆踊りの輪が回り始めた。先輩の太鼓はやっぱり上手かった。


 地上に降りると、タカヒロはひっきりなしに知り合いに話しかけられていた。僕と違い顔が広いのだ。真っ赤な半纏を着ているから目立つ事は目立つのだが、タカヒロは屋台までの短い距離でも先輩、後輩、同級生と男女問わずに話しかけたり、かけられたりしていた。明るく活発で、クラスの中心人物で、タカヒロのことを嫌いな奴はいない。


「タカヒロってなんであんなに知り合い多いんだ?」


 坂田がひっきりなしに誰かと挨拶するタカヒロを見て聞いてきた。


「知らないよ。良い奴だからじゃん?」


 僕がなにげなくした返答が聞こえていたらしくタカヒロは振り返った。ニヤニヤと笑っている。


「俺のことか? 良い奴だって? 嬉しいねぇユズルくぅん!」


「バカ、暑苦しい! 寄るな!」


 抱きついてくるタカヒロを蹴飛ばす。


「でも、ま、部活入ってれば嫌でも人とは関わるし、なんていうか、八方美人なんだよ俺。嫌われたくないから、みんなに良い顔しちゃうんだよなぁ」


 そう言ってタカヒロはおどけてみせた。


「ふぅん。よくあんなに口動かして疲れないなって前々から思ってたんだよな。俺、あんなに知り合いがいたら疲れちまうよ」


「坂田は面倒くさがり屋だもんな」


「だってタカヒロみたいに、どこにでも知り合いがいたらやりにくいじゃん。コンビニのネエちゃんとも知り合いなんだぜ。エロ本すら買いにいけねぇって」


 確かに。言われてみれば坂田の言うことも一理ある。でも、やっぱり僕は誰とでも簡単に仲良くなれるタカヒロが羨ましい。僕は仲良くなれば口数も多くなるが、そのぶん人見知りだから、初対面だとなかなか思うように言葉が出てこない。

 相手が女の子だったりするとなおのことだ。タカヒロみたいに誰彼かまわずフランクに話せる人が羨ましかった。


 僕が全然話しかけられなかった山下美晴に、簡単に話しかけたのもタカヒロだった。


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