第3話借金家族

「金貨150枚。けっこうな値段になったわね」

集めたマジックアイテムを魔術師協会で査定してもらったユリは言った。

「…………アインズ様、お喜びになる?」

周りに人がいないのでシズは尊い名前を口に出す。

「ええ、きっと」

ユリは微笑んだ。

強力なアイテムこそなかったが、それは初めから期待していない。しかし、普通のマジックアイテムは当初「1つもなくても驚かない」と言われていたので総数18個、金貨150枚という結果は至高の御方を喜ばせるものだろうと彼女は思った。アダマンタイト級冒険者への報酬に比べればそこまで大金というわけではないが、半日歩いただけでこの収入であり、他の都市でも見つかる可能性はある。

マジックアイテムはまだ売却していない。魔術師協会とは別にマジックアイテム専門の商人もいると市場で聞き、買取額に違いがあるか確かめたいからだ。より高い値がつく品はそちらへ売ればよい。

「…………最後のお店、けっこう遠い」

「そうね」

シズの珍しいぼやきにユリは同意する。距離的に転移アイテムを使いたかったが、あれは見たことのない場所へは使えない。店の場所を聞き、治安のいい高級住宅街を通るので問題ないだろうと彼女は判断した。

しかし、今日に限っては違っていた。

「離して!」

ユリの耳に幼い声が届いた。敷石舗装された道の先を見れば男が屋敷から小さな少女を抱え、馬車に乗せようとしている。

ユリは怒りを覚えつつ、次に少女の顔を見て驚く。神殿で出会った少女だった。その子供を抱える男はどう見ても家族が雇った使用人には見えない。良くて山賊だ。

(まさか誘拐?)

ユリは足に力をこめるがすぐに感情を押し殺して利害を考える。ナザリックに利益がない限り目立つ行動をとるべきでない。では、利益があれば?

少女の身なりの良さを見てユリは一つの考えが浮かび、行動を決めた。

「ユリ姉!」

シズが発した言葉は遥か先のユリの背中へ向かう。地面を蹴って真横に跳躍する高速移動スキルだ。50メートル以上の距離をユリは5歩で詰める。

「おわっ!」

一瞬で馬車の前に現れ、進路を塞いだユリを見て男は驚く。

「失礼ですが、貴方がしていることは合法的なことですか?」

ユリはまず質問した。事情もわからないのに暴力はまずい。

「助けて!」

少女が助けを求めた。ユリの心に細波が立つ。足音で後ろにシズが追いついたのがわかった。

「な、なんだ、お前ら?」

男は数歩下がる。普通なら女の一人二人など凄んで追い払いそうな風体だが、ユリの動きが普通でなかったため警戒している。

ユリは屋敷の敷地内を見る。4人の人間がいた。最初に観察したのは夫婦らしき中年の男女だ。夫は額縁に入れて「破滅した男」と題名をつければ映えそうな絶望の表情をとっている。妻らしき女のほうは泣いており、そして神殿で出会った使用人の男が悲痛な顔で女性の肩を押さえている。全員が何かを諦めたような表情で、突然の暴力で家族を奪われる風ではない。

(誘拐じゃなさそうね)

まずいと彼女は思う。誘拐なら両親に恩を売り、高級住宅街に住む人間なら所有しているだろう調度品や装飾品を見せてもらおうと考えていたからだ。宝石や貴金属品に隠蔽されたマジックアイテムが紛れている可能性があった。

ユリは3人とは別にいるもう1人の人物を見る。絶望する夫の傍にいる山賊風の男その2だ。おそらく娘を連れて行こうとした男は部下で、この男が上司だろうと彼女は推測する。

「……ん?どうした?なんだ、お前ら?」

男はユリの顔を見て一瞬恍惚となったが、すぐに自分たちの邪魔をしてると理解し、危険な表情に変わった。

「邪魔する気か?」

「これは誘拐なのですか?」

ユリは違うだろうと思いながらも聞いてみる。

「お前らには関係ない。怪我する前に消えろ」

リーダーはユリの方へ歩き出す。攻撃性を剥き出しにし、今すぐ退かなければ襲い掛かるといわんばかりだ。

しかし、ユリから見れば子犬が威嚇するようなものだ。おそらくこちらの出方を試しているのだろうと思う。

ならばどうすればよいか。

こちらもちょっと威嚇してあげよう。

「消えろと言って……」

そこまで言って男の口と足が止まった。

少女を捕まえていた男も彼女を手放して「ひい!」と声を上げた。

残りの者は何が起きているかわかっていない。

「お……おお……」

彼の体が震え始める。顔に汗が噴き出し、すぐに顎から滴った。冒険者、ワーカー、騎士、犯罪者、様々な危険人物を彼らは相手にしてきた。格上の相手もいたし、危険な瞬間もあった。しかし、それらとは次元の違う恐怖が彼らを包んでいた。

(ウズルスどころじゃねえ!)

金貸し屋、ジョマは断頭台に立たされたように震えながら思った。彼が出会った中で最も危険な人物はウズルスというワーカーだった。自分の仲間と一悶着あり、相手の性格を見るために凄んでみたのだが、逆に暴風のような殺気を浴びてすぐに平伏した。謝罪が少しでも遅れていたら首が飛んでいただろう。

しかし、あれが可愛いと思えるレベルの猛者が目の前にいた。人間というよりモンスター、それも災害級モンスターに睨まれているような感覚だった。

「これは合法的なことですか?」

ユリは静かに聞いた。

「そ、そうだ……お、俺たちは、ほ、ほ、法に則ってる……」

彼は震えながら答えた。

ユリはちらりと少女を見る。

「そうは見えませんが?」

「ほ、本当だ!奴らに聞いてくれ!」

彼は懇願するように叫んだ。

ユリは使用人のほうを見る。彼はすぐ理解した。

「旦那様は彼らに借金をなさっているのです。支払いの期限が来たため、屋敷の財産は差し押さえられ、経済的に養えなくなったお嬢様は彼らのご好意により知り合いの夫婦の家に養子に出される

ユリはすぐに意味を察した。借金のカタというやつだ。少女の行く先はろくな場所ではないのだろう。帝国でも王国でも人間の奴隷制度はなくなったので無茶苦茶な要求はできないという話だが、法ができて犯罪が消えるなら苦労はしない。セバスの救った人間がよい証拠だ。

同時に、ユリは自分が彼女を救う手段がないことも理解する。相手は合法的に事を進められるように根回ししてるはずで、帝国法など知らないユリに止める方法はない。相手は今は恐怖で凍り付いているが、こちらも違法な事はできないと気づけばすぐに仕事に取り掛かるだろう。

ユリは母親の元へ走って戻った少女を見る。怯えた目をし、小さな手が母親の服を必死に掴んでいる。この手を離したら奈落の底へ落ち、二度と上がれないと理解している者の目だ。

「屋敷の財産はもう没収したのですか?」

「いいや……」

男は怯えたまま言った。

ユリは相手の恐怖が消えないうちに話を進めようと考えた。

「なら、ちょうどよかった。私達は美術品を見て回っています。屋敷にあるものを見せて頂けますか?良いものがあればこの場で買い取りますから」

「そ、それは……」

男はどうするべきかを考え出した。相手は得体の知れない怪物であり、さっさとあの子供を運んでしまいたいというのが本音だろう。

「良い品があれば即金で買い取ります。そちらも買い手が今見つかるなら都合が良いでしょう?」

ユリは財布を開ける。中にあるのは黄金の輝き。それを見て男の表情が少し変わった。その横では借金に苦しむ家族が羨望に満ちた顔をする。

「び、美術品の業者ってことか……?」

「まあ、そんなところです」

彼女は微笑んだ。

「…………姉様」

シズが不安の声を出した。

「心配ないわ。ここに良い品があるかもしれないでしょう?それならあの御方も喜ばれるでしょう。すぐ済むことだし」

ユリがそう言った相手はシズだけではない。自分自身に対してもだった。

自分は隠蔽されたマジックアイテムを見つけるために屋敷を見て回るだけ。それだけだ。もしかしたらその最中にこの家族の利用方法を思いつくかもしれないが、その時はナザリックの利益になるのだから助けてやればよい。

そう、これはナザリックのためだ。

決してあの少女のためではない。

そうではない。

そうであってはならないのだ。



玄関に入ると多くの美術品が出迎えた。ガラス細工、陶磁器、金属器。貴族がこういう美術品や調度品で身分や財力を誇示するのは理解できるが、それにしても多いなとユリは思った。普通ならもっと空間にゆとりを持たせるはずだ。見た瞬間こそ豪華だが、狭々しく落ち着きがない。

「ずいぶん多いのですね」

「ああ……」

借金取りのリーダーは恐る恐るユリとシズを案内する。

「ここの方は貴族なのですか?」

「元、貴族だ。あの男は。称号を剥奪されてから異常なくらいこの屋敷を飾りだした」

虚飾という言葉がユリの頭に浮かぶ。

「なあ、一つ聞かせてくれ。本当に良い品があったら買い取ってくれるんだよな?」

男は不安な顔で聞いてきた。

「もちろんです」

「そうか。信じるぜ。商売なら俺もしっかりやるよ。俺はジョマっていうんだ。金貸しや美術品のことなら相談に乗るから今後ともご贔屓に」

ジョマの目から恐怖が薄れ、商売用の表情になった。

「さっきは早く縁を切りたいと思ったが、話が通じるなら仲良くやりたいもんだ。気になる品があったら言ってくれ。応接間はこっちだ」

(切り替えが早いわね……)

ユリは少し感心した。こちらの強さに気づいて萎縮したが、すり寄って味方にできれば心強いと思ったのだろう。

応接間は玄関より遥かに多くの美術品が飾られていた。客人にそれを見せびらかすための空間なのだから当然ではあるが、それにしても多すぎる。店か倉庫のようで、ユリの美的感覚からすれば醜悪といえるほどだった。

「もっと整理すればいいのに」

ユリはつい呟いた。

「貴族位を失った奴はたいていこうなるんだ。同じ事をする客をもう一人知ってるよ」

ジョマが言った。

「領地と本邸カントリーハウスを失ったあとは別邸タウンハウスや別荘に引きこもる。そして働かずに財産を食いつぶすんだ」

「どうして?力をつけて位を取り戻せばいいのでは?」

仕事に関係ないことだが、ユリは聞いてしまった。

彼はどう説明したらよいか悩んだ風だった。

「つまりな、連中は自分が働く側になるなんて想像もしてないんだ。下々の者を監督してれば税を納めてくれる。普通は領主がいくらか無能でもある程度は部下が補ってくれる。しかし、我らが皇帝陛下は無能な領主を許さない。より有能な人間がいたら首を挿げ替える。軍の指揮官として教育された人間が急に歩兵になってまともに戦えると思うかい?」

ジョマは二人にすり寄るためか饒舌に喋った。

「位を剥奪されてもしばらくは蓄えや恩を受けた人間がいるから暮らせる。その間にどこかの商会に入ったり、商いでも始めたらひょっとしたら返り咲けるかもしれないが、そんな有能な奴はそもそも位を剥奪されないだろ?。あの父親も他の顧客も下り坂を転げ落ちるべくして落ちてるんだ」

「なるほど……」

ユリはなんとなく理解した。

「あいつらは皇帝を誰かが排除すれば貴族に戻れるって馬鹿な夢を見ながらこういう屋敷に閉じこもるのさ」

彼は両手を広げて部屋全体を示す。

「…………貴方達はその夢を応援しながら残った財産を搾り取る」

シズがさらりと言い、彼は「うっ」と呻いた。

「…………それはあの皇帝の計算のうちなのだろうけど」

「え……?なんだって?」

彼がシズに聞き返した。

「…………位を剥奪した者達が反乱を起こすと困るから蓄えた財力を奪いたい。でも全てを没収する理由がないだろうし、強く恨まれる。だから自分で散財するように仕向けているんだと思う。元貴族に貴方達が接触するよう皇帝が促してるのだと思ったけど、違うの?」

(あの皇帝ならやりそうね)

ユリはナザリックで会った皇帝を思い出す。上辺だけ見れば好意的な態度や喋り方だったが、相手の好意を搾り取ろうという計算が透けて見えた。

「そういわれると……」

彼は少し考えた。

「俺のボスは元貴族が越してくるとすぐに嗅ぎ付けるし、そいつらの趣味や家族構成にものすごく詳しいんだよ。あいつらから金を取り立てる時に限って騎士団がうるさく言ってこないし、いつも不思議だったんだが……そういうのってまさか……?」

シズはたぶんと呟いた。

「マジかよ?前からヤバい人だと思ってたが、すげえな……」

彼は奈落の底を覗き見たような顔をした。

「あんたらも恐ろしいが、皇帝の恐ろしさはそういう所なんだよなあ。そういう意味じゃあんたらよりずっと敵に回したくねえ」

「本当に?」

「え?」

彼は聞き返したがユリは「いえ、なんでも」と言った。

「…………姉様、良い品はある?」

「ええと、良い品は……ないわね」

百はあろうかという調度品を見ながらユリは言った。魔法がかかった品なら数点ある。花瓶に花を長持ちさせる保存魔法がかかっていたり、香炉や琴に精神安定の魔法がかかっていたりするが、隠蔽されてるわけではない。

「…………じゃあ、もう出よう」

「待って。他の部屋にも調度品があるのでしょう?」

ユリは借金取りに聞いた。

「ん?ああ……」

彼女達は1階を見て回る。細かい細工のされたガラスの置物。風景の描かれた絵画。ちらほらと高級そうな品が置かれているが、マジックアイテムですらない。

ユリはその間にナザリックにとってあの家族に利用価値がないかを考える。

何も思いつかない。

借金で破滅しかけた愚かな家族の利用価値などそうそうない。

食堂や居間、使用人ホール、キッチンまで見て回り、2階へ上がろうとした時、ユリは階段に敷かれた絨毯を見た。

「これは……」

「おっ、わかるのか?普通は乗った後に気づくんだが」

男は不思議そうに言った。

「第1位階の浮遊魔法ですね」

「そうだ。乗せた物の重さを軽くする魔法がかかってる。その絨毯を敷いた『疲れない階段』ってやつさ。貴族の家にもたまにある」

「へえ……」

ユリは少し感心した。といっても、アンデッドである彼女は疲労しないのだが。

「興味あるかい?10金貨でどうだ?」

商魂たくましいわね、と彼女は言いたくなった。

「いえ、興味はありません」

「そうか……」

男は残念そうに言って疲れない階段を上がる。

「もしも気が変わったら北市場に行って俺を捜してくれ。差し押さえたマジックアイテムはそこで売るから」

「ええ……」

適当に返事をした時、ユリは男の言葉が少し引っかかった。しかし、どこがどう引っかかるのか自分でもわからなかった。

2階には衣裳室、執事室、家政婦室、寝室などがあった。もちろん目当てのものは何もない。

その後に入ったのは子供部屋だった。あの少女の部屋は花が溢れ、人形がたくさん置かれている。もちろん隠蔽されたマジックアイテムなどない。

ユリは逃げるようにその部屋から去る。やはりあの家族の利用価値は思いつかない。本当に何もないのでは、と思い始める。

「この部屋は?」

最後に残った部屋についてユリは尋ねる。

「この家の長男の部屋だ。最近、死んじまったが」

「そうなのですか?」

「ああ。貴族位を剥奪されたといっただろ?それからはその兄貴が働いて家族を養ってたんだ」

ユリが部屋を開けると整頓された空間が出迎えた。古い杖と魔法に関する書物があり、調度品は何もない。

「杖がありますが、魔法詠唱者だったのですか?」

「そうだ。普通の奴にあの放蕩夫婦を養えるもんか。哀れな男だったぜ。稼いでも稼いでも親が使っちまう。馬鹿な親を持つと苦労するってことだな。ここもフルトの家も……」

彼は知らない名前を呟いたが、ユリはそこに興味はない。

ただ、彼女はその男の表情を奇妙に思った。

「貴方でも他人を哀れむことがあるのですか?」

「おいおい、俺だって鬼じゃないさ……」

男は心外だという表情に変わった。

「だが、金を貸して取り立てるのが俺達の仕事なんだ。あの小さい妹のことだって可哀想とは思うが……」

男はそこで言いよどむ。

「俺達にはボスがいて、そのボスは俺を信頼してこの仕事を任せてくれてる。だからしっかりやりたいんだ。情にほだされて仕事ができない、なんて言えない」

男の目が真剣なものに変わった。

「あんたが恐ろしく強いのはわかってるが、俺はあの娘はきっちり連れて行くぜ?それが今日の俺の仕事なんだからな」

「……ええ」

この時、男は気づかなかった。自分が遥か格上の強者を少し動揺させたことに。

ユリは机の引き出しを開ける。魔術師なら何らかのマジックアイテムが残っているかと思ったが、何もない。

「よほど貧弱な魔術師だったのね……」

彼女はつい呟いた。

「ん?いや、かなりの腕だったぜ」

男が訂正する。

「魔法学院では上位の実力だったと聞いてる。家族を養うためにワーカーになったんだが……」

「……え?」

ユリは聞き返した。

「ワーカー?」

「ああ。パルパトラって爺さんが率いるワーカー集団にいたんだが、知ってるか?一ヶ月くらい前に腕利きのワーカー達に声がかかって、何かの調査を命じられたらしい。そしてどのチームも全滅したって……どうした?」

表情の抜け落ちたユリに男は尋ねた。

「……いいえ」

ユリは一つの光景を思い出していた。矢で射られた愚かな魔術師の姿を。

彼女は踵を返して部屋を出る。その時、かすかな呟きが彼の鼓膜を震わせた。

なんて愚かな……という呟きが。

彼女は部屋を出ると陰鬱な気分と戦わなければならなかった。哀れに思っていた家族の一員がまさかあの侵入者の中にいたとは。その男に哀れみなどない。死んで当然だと思う。自分たちはワーカーたちを殺し尽くしたが、相手が強ければ自分たちにも被害が出ていたかもしれないのだから。かつて第8階層まで侵入してきた者達のように。

とはいえ、とユリは思う。その愚かさの代償は命で支払った。親や兄弟姉妹にまで責任を取らせようと思わないし、そういう命令も出ていない。

はあ、と深いため息が出た。

「…………姉様、もう行こう。商人に査定してもらうんでしょ?」

シズが諭すように言った。

「ええ、もう……」

ここでする事はない。

ユリはそう言おうとしたが、頭の中で引っかかっていた借金取りの言葉がシズの言葉と繋がった。

「一つ伺いたいのですが……」

ユリは借金取りに聞く。

「貴方達は差し押さえたマジックアイテムを専門の商人や魔術師協会に売らないのですか?」

「え?ああ、北市場で売るつもりだ。むこうだと大した売値にならないだろ?」

「そうなのですか?」

「そりゃそうだろ?うまくいけば奴らに売った時の倍以上の値段で売れる」

「2倍,ですか?」

ユリは驚く。

「品にもよるがな。協会とかはその場で金が入るのが魅力だが、自力で売ったほうが儲かるのは当然だろ?中間業者に取られないんだから」

もしかしたら、とユリは思う。

「不躾な質問ですが、ここの家族の借金はいくらですか?」

「え……?」

男は質問の意図がわからなかったが、答えて損はないと判断したらしい。

「利子を含めて金貨210枚だが?」

よくもそんなに借りたものだ、とユリは言いたくなった。

「差し押さた財産分を差し引くと?」

「えーと、全部で……160枚だ。だから……」

「金貨50枚。それがあの子供の値段というわけですか」

「いや、それは……」

男は口ごもる。

ユリの考えはこうだった。

自分たちは長く帝都に滞在できないため魔術師協会か商人にマジックアイテムを即金で売却しようとしている。しかし、この家族の借金50金貨を肩代わりし、代わりに彼らに北市場でマジックアイテムを販売させたらどうか。報酬に50金貨は多いかもしれないが、口止め料も含んでいると考えればよい。もしも150金貨の倍の300金貨で売れるなら報酬を差し引いても自分たちは250金貨が手に入る。

もちろんこれは絵に描いた餅だ。実際に2倍で売れるとは限らず、時には値引きが必要になるだろうし、盗難をどう防ぐか、などの諸問題はある。そこに自分なりの解決策を加えつつ、彼女は計画全体を眺めた。悪い考えではないと思う。

どうするか。

これを至高の御方に進言してみるべきか。

怖い、とユリは思う。

とても恐ろしい。

ナザリックの利益を考えてはいるが、それは建前とも言い訳ともいえるもので、自分の感傷から提案しているのは紛れもない事実だ。

それでも……。

ユリは覚悟を決めた。

「すみません。少しだけ2人にしてもらえますか?」

「え?」

「お願いします」

ユリは微笑みつつも威圧して彼を1階へ追い払う。

「シズ、相談があるんだけど……」

ユリは伝言の魔法も巻物も使えないため、シズに連絡してもらうしかない。そのためにはまず彼女に自分の計画を伝えようとした。

しかし、その前にシズが口を開いた。

「…………姉様、今考えてる事は絶対にしては駄目」

それは冷たい声だった。

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