第2話

「『さあ諸君、正義の話をしよう』と言ったのは、さて誰だったかな。ともあれ、今日は一つ、益体もない話をしようか。

時に君は、正義とは何だと思う?

……善き事、悪の対極、秩序をもたらすもの。成る程その通り、正しく君の言う通り。では、そうだね…。ふむ、ならば悪について、考えてみようか。君の定義からすれば、悪の対が正義なのだろう?

ん? ああ、うん。君の言う通り、今私は正義を見失っていてね。見失うと言うか、わからなくなったと言おうか。まあ、それについては又後にしてくれるかな、大した話でもない事さ。

話を戻そう……いや、初心に帰る事にしようか。さあ諸君–−だよ。一つ例題を出そう、その方が考えやすい。

『ある男が、列車の進路を変えて人を一人轢き殺すルートに変更した』。さあ、男は悪だろうか。どう思う? ああ、先に言っておくと、この問題に正解はないよ。模範解答と言えるものもない、あくまで決めるのは君だ。

……成る程、君はそう思うのか。

ん? それだけかって……言っただろう、この問題に正解は無いんだ。採点基準なんて無いし、無理に点数を付けても、最高点も最低点さえも無いんだ。

……そう、それだ。この問題、実は解答する事に意味は無くてね。意味を持つのは、君がどうやってその解を得たのか、だよ。君は君の考えのみに従って善悪を分けた、それがこの場合の回答だ。

否、誰でも同じとはならないよ。例えば私なら、まず男が何故それをしたのか質問する。次に轢かれた男の状況、列車の情報、時刻や天候、考え得る限りの情報を拾い上げる。そして−–うん、多分私はそこまでだ。情報を拾い上げて、それだけ。それを善とも悪とも、正義とも判定しない。結局の所、それを良しとできるかは当人たちにしか分かりはしないのさ。

ただの確認不足かも知れない。軌道を変えなければ、落石に突っ込んでいたかも知れない。轢かれた側の遺族は、軌道を変えた相手の決断をどう思うだろうか。列車の乗客は、鉄道会社の上司や同僚は、知人や友人はどうか。考え出したら切りがない。

だからね、結局正義に正解なんてないのさ。正義とは正しきこと、されど何を以って正しきとなすかは定まらず。人の数だけ正しさはあって、比較なんて出来やしないさ。

……それでも、あると思うかい?絶対的な正義なんてものが。

私はあると思っているよ。ああ、今まで話したことからは確かに矛盾するけどね。だけど一つだけ、これだけは、といったものはある。

何かって?

自分で考えろ、だよ」

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教授の暇潰し 秋乃 @akino_shinomiya

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