血の運命(二)

 フョードルの顔に土を被せる。

 二回、三回とやれば、皺だらけのその顔は見えなくなった。少し山状になるまで土を乗せ、その後に叩いて固める。こうすれば小動物に荒らされることもないだろう。

 墓標も、捧げる花もないこの塚。見渡せば周りに同じものが三百と少し。ワイバーンがここを襲ってから、一昼夜以上。曇天で太陽は見えないが、昼頃だろう。埋葬し続けてはいるが残る遺体は数知れなかった。

 墓を作り続けながら、ずっと考えている。ああ、救えなかった。

 あの日とは違う私には力があって、それを使う覚悟もあった。それなのに目の前で、また失った。

 いや、知っている。これまでの私だって全てを救えていなかった。救えたことだけに喜んで、救えなかったものから目を背けていただけだ。

 そんなこと分かっている、と思っていた。けれど、突きつけられた現実はそのまま私の奥底に刺さる。

 救わなけれればいけなかった。

 他の誰でもない。勇者たるこの私が。

 鉛色の空を見上げて、そう思った。


「勇者様」


 掛けられた声の方へ振り向けば、レフがそこに立っていた。

 目の前にある現実を受け入れられない、そんな表情で私の顔を見る彼に目を合わせ辛くなって、私は視線を落とした。

 そして彼に伝える。


「この村は、全滅した」

「全滅……、じゃあビルイ様も……」


 僅かに震えている彼の言葉に、無言で返す。すると、彼は察して「そう……ですか」と小さく呟いた。

 それから、彼は俯いて何の言葉も発さなかった。

 空からは雪が降り始めた。

 落ちたそれは少しの間だけ形を残した後、徐々に溶けて地面の中へと染み込んでいく。暫らくその溶けては消えていくのを眺めていると、少しずつ形を保つ時間が伸びていくのが分かった。雪の上に雪が乗って、いつしかそれはうっすらと積もった。


「勇者様」


 レフは唐突に私を呼ぶ。彼の顔を見ると悲しみに沈みながらも、何か決意したその表情。


「僕を、勇者様の旅に連れて行ってください」


 雪は強くなることも、弱くなることもなく、ちらちらと降り続けている。


「必要な時に僕の命を使ってください」


 彼の考えていることは分からなかった。あの日の父が自ら命を絶ったのと同じように、理解できるようで、その全ては分からなかった。

 父が死んだ理由を知りたい。

 使える命が傍にあるというのも私にとって悪い話ではない。私に利があるだろう、そう思った。


「お願いします」


 私はその言葉に対してゆっくりと、そしてしっかりと、頷く。


「うん」

 雪はこの凄惨な風景を覆い隠し始めていた。代わりに世界を凍てつかせてゆく。いや、違う。凍てついているから、雪下を見なくて済んでいるのだった。吐いた息は私のもレフのも、ただ白かった。


<血の運命、完>

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