8

 ようやく、揺れていた映像が安定し、静まった時。

 僕たちはそれを観て、一斉に叫んだのだ。


 短い叫び。

 痛いほどの衝撃がそこから打ち出され、僕らを容赦なく刺し穿うがった。

 

 照射されたモノクロの画面の真ん中で、黒いセーラー服を纏った、髪長の女の子が。


 首を吊っていた。

 それがテープの冒頭だった。


 天井から真っ直ぐ伸びたロープに首を吊るし、四肢に力は無く、口はぽかりと開き、長い髪で覆われた顔の表情は見えずとも彼女は既に物体と化したように、まるで腐り落ちそうな果物のように静かに揺れていた。


 映像からかもし出される禍々しさと気持ち悪さは持ちうる語彙ごいでは到底表現しきれなくて、脳みそがいつまで経っても視覚的情報に追いつけない。


 誰も何も言わなかった。言える状態じゃなかった。それでもみんな思っただろう。


 これは――本物なんじゃ、と。


 だが確かに台本はある、そうだこれはお芝居、作り物だ。この女の子は人形かなにかだ。


 本物なわけがあるまい。そう思うことで、映像から目をそらさないようにしていたんじゃないだろうか。


 数秒経ち画面が揺れ、切って繋げたように場面が切り替わった。

 再生時間は三十分弱といったところ。その後、特に何か起こることなく、オチもなく。


 テープは壊れたか、それとも録画が中断されたかで映像の途中で画面は砂嵐に染められレコーダーの口から吐き出された。


 最初から最後まで音が全く再生されず、見ているだけではどんな内容であったのか把握することはできなかったが、後にかなみが短い台本を解読し、おおまかなストーリーを僕らは理解した。


 作品のタイトルは『おどろ』。脚本担当者不明。コンセプトは怪談。


 その内容はこうだ。

 学校に纏わる怪談話に興味を持った六名の生徒が、興味本位でその怪談話に登場する化け物を呼び出そうとする話。


 そして、その呼び出し方がまた恐ろしく狂気的だった。


 自分たちの毛髪を一掴み切り取り、それを一人の対象者に食わせ、媒体となるよう念じをかけ。そして。


 目の前で首をくくらせるのだ。


 怪しげな儀式に好奇心を掻き立てられ、彼女らはクラスで酷い虐めを受けていた一人の女子生徒を捕らえ無理矢理化け物の生贄にしようとする──。


 そこで映像は終わり、台本もその後の続きが千切られているという。


 なんという狂った内容だ。冒頭に出てきた意味不明な女子生徒のシーン、あれが恐らく儀式の場面ということなのか。


 本物みたいで気持ちが悪かったと、女子たちは顔を顰め、テープが終わると部屋の照明を慌ててつけた。


「頭……絶対おかしいっすよ、なんなんすかあれ。なんであんなもん撮ったんすかね……」


 紙と十円玉で呼び出す「こっくりさん」。呪いの藁人形に釘を打ち付ける「丑の刻参り」の表現が随分可愛いと思える。テープを残していった者たちを批難せずにはいられない、何故あれを作ろうと思ったのか聞けるものなら聞いてみたいと斜丸と左門。


 今までDVDが終わっても、たいしたことなかったと余裕綽々だったというのに、今回は違った。この場に流れる空気がいつまでも張り詰め、誰もが青ざめたまま笑顔も作れない。


 だが、それは裏を返せばあの中途半端な映像が拭えぬほどの畏怖いふを僕たちに刻み込んでいったということだ。


「ねえ――、」


 重たい沈黙が広がり、どれくらい経ったか。


「ちょっと、さ…………思いついたんだけど」


 レコーダーをぼんやり見つめていた百合子がボソと呟き。全員がもう一度それを聞くため顔を上げ、彼女に注目した。


 そんな僕らに、彼女は恐れと困惑と興奮が混ざったような顔で再度告げた。


「これ……、もとにしてさ。撮ってみない……?」



 僕たちは、誰も思わなかった。


 中学最後の夏休み。この青すぎる思い出がどんなに忘れたくとも、一生忘れられないものになると、この時は、まだ……。




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