第14話

人狼族は魔力が少ない。

その代わりに、身体能力が秀でている。


子供の時点で、人間の成人男性並みの力をもつ。

動体視力も優れており、特に鼻は犬並みである。


その事をホブスさんから聞いた俺は、薫製の匂いでアンちゃんを釣ろうと考えた。(今思うと、とても浅はかな計画だったな)


だが、俺はある事を失念していた。


突然だが、この村には何人もの人狼族が暮らしています。

もし、そんな村で、強い匂いを放つ料理をしたらどうなるか?

その答えは、



『セーイチの旅立ちを祝って、カンパーイ!』


『『『『『『カンパーイ!』』』』』』



「・・・・・・どうして、こうなった」


今、誠一の目の前では、村の大人たちが酒を片手にバカ騒ぎをしている。

その光景を見て、頭が痛くなってきた誠一は自分の失態を思い出す。


薫製が出来て、アンちゃんに持って行こうと思っていたら、いつの間にか村人に包囲されていた。

皆さん、餓えた獣のような目をしていて、今にも襲いかかって来そうでした。

俺はアンちゃんの分を死守する為にも、スモークチキンを次々に作り、飢えた獣達に提供した。

だが、時間が経つ毎に老人や子供が来て、更に増えていき、


「一番、ジョニー歌いまーす!」

「いいぞ、もっとやれー」

「酒、足りねえぞ!」

「あら、これおいしー」

「酒だ、酒をよこせ!」

「ハッハッハッハッハッハッ!」

「おいしいねー」


酒や肉を持参してきて、宴会になった。

はっきり言って、カオスだ。


俺の送迎会とは名目に、村の人たちは酒を飲んでいる。

誠一は呆れながらも、慣れた手つきで追加のスモークチキンを持って行く。


「おまちどう、スモークチキン30人前。ついでに燻製玉子も」


「おお、来たか!待っていたぞ!」


「カァ~!少しクセがあって、それが酒に合ってウマイ!」


「煙で燻しただけで、どうしてこんなに美味しくなるんだ?」


「そんなのは、どうだって良い!大切なのは、抜群の酒の友だって事だ!」


「「「その通りだな」」」


面倒だが、自分の料理を褒められたことに喜ぶ。


(そういえば、ホブスさんはどこ行った?)


料理が一区切りついた誠一に余裕が生まれ、ホブスの事を思い出す。

ホブスさんには自分は料理で手が離せそうにないので、アンちゃんを連れて来るように頼んだのだ。

だが、あれから一向いっこうに姿を見せない。

まさか、一緒に酒飲んで遊んでるんじゃないだろうな。


そんなことを思いながら料理を配っていると、中央でもよおしが行われていた。

歌ったり、早食いなどが行われ、高校の文化祭みたいなノリだな、と懐かしく思った。

今は、木箱を重ねて即興で作られた舞台に上り、好きな人の名前を大声で言う、というのをしている。

高校生みたいなノリだな。

俺も若いころ部活でやらされていたなあ、と思い出しながら見ていると次の人が現れた。



『十一番、きこりのホブスさん、好きな人の名前を言ってください!』


『レダー、愛してるぞー!』


『ハハハ、いいぞー!』


『ヒュー、ヒュー!』




「テメエは、なに楽しく祭りに参加してんだ」


「痛いッ!痛いッ!本気で握るな、理由話すから頭から手を離してください!」


舞台から降りてきたホブスさんに、俺はアイアンクローをかましている。

こっちは忙しいのに、頼んだ仕事ほっぽって何してんだ。

俺が少しキレているのが分かったのか、ホブスさんが弁解を求めた。

理由を聞く為、俺はしょうがなくホブスさんを解放した。


「で、なんで舞台に立っていたんですか?」


「その場のノリで」


「結局、大した理由じゃないんかい!」


「ま、待て。勘違いしているようだが、アンは連れてきたぞ」


「・・・?じゃあ、アンちゃんはどこに」


「あっちのはじにレダといる。ついでに、レダからの伝言だ」


ホブスは北の方を指さし、誠一に伝言を伝える。


「『アンの為に料理を持って来てあげて』とのことだ。俺が取って来てやると言ったんだが、セーイチじゃなきゃ駄目だと反対されてな」


「良く分かりませんが、届けに行ってきます」


レダの意図が分からぬまま、誠一はスモークチキンを皿に乗せ走った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


宴会から離れた場所で、アンが座っていた。


私は落ち込んでいた。

お父さんとお母さんに連れられ、宴会に来たが、テンションが上がらなかった。

自分の感情の原因は分かっている。


明日、セーイチお兄ちゃんが村を出てしまうのだ。


セーイチお兄ちゃんは、はっきり言ってしまえば、どこか抜けてて、おかしな人だ。

だけど、見ず知らずの私を、体を張ってコカトリスから守ってくれた。

自分の服を私に貸してくれた。


優しくて、強くて、まるで本当のお兄ちゃんができたみたいだった。


そのお兄ちゃんがいなくなると思うと、何故か胸を締め付けられるような痛みが走る。

私はもっとお兄ちゃんと一緒にいたい。

別れなんて言いたくない。

アンは求めるように、ここにはいない人の名前を口からこぼした。


「・・・セーイチお兄ちゃん」


「ん?呼んだか」


「・・・・・・え」


アンは声がした方を振り向く。

そこには、


「遅くなってごめんね。スモークチキン持ってきたよ、アンちゃん」


今まさに想像していた人物、誠一が皿を片手に笑顔で立っていた。

アンは突然の誠一の登場に驚き、慌てて誠一に尋ねた。


「ど、どうしてお兄ちゃんが、ここに!?」


「レダさんに呼ばれてきたんだけど・・・レダさん、どこいった?」


「お母さんなら、ステージからお父さんの声が聞こえた後に、笑顔でお父さんに会いに行ったよ。なんでかフライパン持って」


「照れ隠しの笑顔か怒りを隠すための笑顔なのか。ホブスさん無事だと良いが・・・と、そんなことより、はい」


「これは?」


誠一は手に持っていたスモークチキンを乗せた皿をアンに渡した。

スモークチキンを受け取り、アンはあることに気づく。



皆が食べているスモークチキンと香りが違う。



私が料理について疑問に思っているのに気付いたのか、セーイチお兄ちゃんは答えた。


「これはアンちゃんの為に、他のとは別に作ったスモークチキンだよ」


「私の為に・・・?」


正直言って、私の為に作ってくれたと聞いて嬉しくなった。

しかし、見た目があまり変わらず、なにが違うのか分からない。

アンは考えていたが、薫製の独特の香りが胃袋を刺激する。

食の欲求に耐え切れず、肉にかぶりつく。


噛みついた瞬間、旨みが口に広がった。

ほど良く香草が効いていて、しつこくなくサッパリしている。

弾力のある肉を噛むごと肉汁があふれ、やわらかな旨みがうまれる。

そして、甘く、やわらかいスモークチキンの香りがアンの鼻を支配した。


気がつけば、アンは夢中で食べていた。

アンは食べ終わり満足していると、そばに誠一がいることを思い出した。

恥ずかしくなり、顔を染めうつむく。

誠一はアンの様子を見て、笑った。


「良かった~」


「え、な、何が?」


「いやね。アンちゃん、元気が無かったじゃをん。そ《・》れ《・》を見る限り、成功したようだから」


誠一はある一点を見て、ホッとしている。

アンは不思議に思い、誠一の視線の先を見ると、自分の尻尾がブンブンと勢い良く振られていた。

料理に夢中で、無意識に振っていたのだろう。

慌てて、自分の正直な尻尾を押さえつけるアン。


しばらく恥ずかしさでもだえていたアンだが、気になっていた料理の秘密を誠一に問うた。


「ところで、私のが皆の食べている物と違うのはどうして?」


皆のとは、香りが全く異なっていた。

その質問に誠一は、二つの袋に入った物をアンに見せた。


「これは木を細かくしたもの?」


「そ。アンちゃんのスモークチキンに使ったのは右のやつ」


どっちも同じように見えるが、アンは正体に気付く。


「これって・・・リンゴの木?」


「お、よく解るね」


そう、アンの薫製にはリンゴの木を使用し、大人たち用には、他の木を使った。


老人からリンゴを貰い薫製を思いついた誠一は、ホブスの協力の下に木を探した。

そこで、リンゴの木と、他に薫製に使えそうな木を見つけ、スモークチップを作成した。


「リンゴの木が少ししか取れなかったから、他の人には使わなかったんだ。それにリンゴじゃない方が強い香りになって酒に合うからね」


「どうして私のはリンゴの木で?」


「そっちで薫製すると、香りが上品になるから女の子にはこれかなと思って」


誠一はアンを元気づけるために、試行錯誤したのだった。

アンは説明を聞いていくごとに、自分が口にしたスモークチキンに誠一のアンに対する気遣いを知り、心に喜びがつのり、暖かくなっていく。

アンの顔に笑みが浮かんだのを見て、誠一はアンに話しかけた。


「俺は、どうしても料理を世界に広めなければならない。だから、この村を離れなくちゃいけないんだ」


「・・・・・・」


アンは俯いた。

だが、スモークチキンを食べたアンの心は、先ほどまであった迷いは消え、晴れ晴れとしている。


簡単なことだった。

なんで、こんな単純なことが思いつけなかったんだろう。

私は自分の意思を固め、顔を上げ、誠一の顔を見つめる。


アンは、問題を解決する一つの回答を誠一に言った。




「私も、お兄ちゃんと一緒に行く!」




アンの決心を聞いた誠一は、数秒固まり、



「えええええええええええええええええ!?」



間抜けな声が宴会に響いた。

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