第13話 これから

結局、ホブスさんは生きていた。

しかし、


「なあ、セーイチ。朝の記憶が無いなんだが、何か知らないか?」


衝撃のせいか、軽い記憶喪失になっていた。

まあ、朝のこと覚えてたら厄介だし、この方が平和で良いんだが。

俺はテキトーに返事をした。


「・・・眠くて、二度寝したんじゃないんですか」


「そうなのかな~?何でか頭も痛いし・・・まあ、いいか」


「あなた、喋るのに口を動かすんじゃなくて、食事で口を動かしてください」


「おお、すまんすまん」


それに、今はホブスさんなんかより、食事に集中しなければ。


メニューは、サラダに丸パン、スクランブルエッグに食糧庫にあった肉を薄く切り焼いたもの。


見た感じ、美味しそうである。

ハナミは、ガルテアに美味しい料理が無いと言っていたが、あれも間違えたのか?


誠一は異世界料理の味を確かめるべく、料理に手を伸ばす。


「パク、モグモグ・・・旨い!」


「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」


野菜はみずみずしく、甘い。

丸パンは予想していたのは違い、フランスパンの様に皮がパリッとし、中はモチモチであり日本人が好みそうである。

スクランブルエッグは噛むごとに口に旨みが広がっていく。単体で甘いのに、上にかかった塩が本来よりも甘さを引き立たせている。

肉は血抜きをしていずクセがあり、重いズッシリした味である。だが、臭みは肉にかかった胡椒こしょうと薬草で抑えられている


「とても美味しいですよ、これ」


「・・・本当はね、この美味しさは私の力じゃないの」


どういう事だ?

料理をしたのは、レダさんではないのか?


「この朝食はほとんど食材に頼ってるの」


「食材?」


「セーイチへの恩返しと小さな対抗心で、ちょっと奮発しちゃてね」


聞いてみると、風邪も良くなったレダさんは朝早くに起き、食材を山に採りに行ったとのこと。

病み上がりに大丈夫かと心配したが、鈍っていた身体には良い準備運動になったと返された。


「その卵は年に二回しか産まないペガルって言う鳥から採ってきたの。回数が少ない分、栄養がたっぷり入って美味しいのよ。野菜やパンは村の人にお願いして一番良いのを貰ってきたの」


「なんか俺の為に、そこまでしてもらって申し訳ないです」


「あら、なんで?私は、昨日食べさせて貰った料理にそれだけの価値があると思って、見あった恩返しをしただけよ」


「・・・!」


レダの不意の言葉に誠一の心臓が高まった。

ただ単純に自分の料理を褒められ嬉しかった。

すぐに「もったいない言葉です」と言いそうになったが、返す言葉が違うことに気づく。

相手は俺を評価してくれている。

それなのに自分をけなす言葉で返答するのは、失礼だ。

だから、誠一は、


「ありがとうございます」


レダに感謝をした。

誠一から求めていた返事を聞けて、レダは笑顔でうなずき話を続けた。


「あと、お肉は昨日の誠一の料理から発想を得て、強い臭いを消そうとしたんだけれど、ちゃんと消せ切れなくてね。今回の料理は腕なんか上手くなくても、誰でも作れる他力本願の料理なのよ」


確かに料理自体を見返してみれば、簡単なものだ。

レダはそのことが少しは申し訳ないのか、苦笑をする。

だが、誠一はそうは思わなかった。


「いえ、これはちゃんとレダさんが作った料理ですよ。この料理には食べる人を考えた優しい気遣いが伝わってきます。このお肉も重たい味だから、朝食用に薄くスライスされ食べやすくしてありますし」


誠一は、レダの方を向いて先ほどの言葉を返した。


「だから、レダさんも誇るべきだと思います」


「・・・これは一本取られたわね」


誠一の言葉を聞いて、レダは笑った。

こうしてお互いを尊重しあい、よりレダさんと交友を深めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


朝食も終わり、四人で食後のお茶を飲んでいると、ホブスさんが誠一に問いかけた。


「ところで、セーイチ。お前はこれからどうするんだ」


「明日には、ここを出て行こうかと思っています」


「えー!?マコトお兄ちゃん、ここを出ていっちゃうの!」


「・・・随分と急だな」


誠一が去ることを聞き、アンは驚き、ホブスさんは顔をしかめている


「これ以上、皆さんにお世話になるのは、申し訳ないですし。それに自分にはやりたい事があるので」


「やりたい事?何をするんだ」


「料理の技術を広めます」


ホブスの問いに、迷わず即答する誠一。


ガルテアには美味しい料理が少ない、とハナミは言っていた。

先ほどのレダさんの発言や俺の料理を食べた反応からするに、料理の技術が発展していないのだろう。

自分が異世界に来た目的を達成するためにも、この村を出ていかなければならない。

その決意を変えるつもりはない。


「行先は?」


「まずは、この村に最も近い都市、バビオンに行こうかと。そこのギルドで働いて、軍資金を稼ぎます」


昨日、寝る前にアプリで調べ、出てきた結果がバビオンだった。

ある程度金を稼いだ後、店を開くつもりだ。

そこには、ギルドがあると書いてあったので、そこで金を稼げばいいだろう。


誠一の思いを聞いたホブスは目を閉じ、しばし黙考する。

そして、ホブスの考えがまとまり、口を開く。


「分かった。だが、一週間後にしろ」


「何故、一週間後なんですか?」


「俺ら夫婦は昔、バビオンのギルドにいてな。そこでは顔が広かったから、ギルドマスターに口添えを書いておいてやる。ついでに、都市での注意をお前に教える」


「そういう理由でしたか。でも、お礼なら十分貰いましたので、大丈夫で―――」


「いいから受け取れ。これは俺の我儘わがままだ、お前は黙って頼ってろ」


断ろうとしたが、ホブスは誠一に有無を言わせず、睨みを利かせる。

だが、誠一はホブスの顔が微かに赤くなっているのに気付いた。


(まったく、この人は優しいなあ)


ホブスの気遣いを無駄にはできず、誠一は自分の考えを曲げた。


「すみませんが、あと一週間、居候させてもらえませんか」


「俺はいっこうに構わない」


「もう少しの間だけど、よろしくねセーイチ」


そっけない態度をとるホブスと笑顔を浮かべるレダに歓迎される誠一。


「・・・・・・」


だが、一人の少女の顔は晴れていなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


時間はあっという間に過ぎ去り、六日目。

明日にはここを発つ。

ホブスさんにはアプリには無かった暗黙のルールなどを教えてもらい、大変、為になった。


この村での時間は良いものであった。

見ず知らずの俺に、村の人々は親しく接してくれた。

年寄りの方からは、食べて大きくなりなさい、と言われ、リンゴを沢山頂いた。

俺が村を散策していると、楽しげな子供たちが群がられ、遊びに参加させられもした。

追いかけっこで意外にも子供の足が速く、途中から年下相手に本気を出してしまったのは、ここだけの話だ。

老後の生活はここで暮らしたい。


明日に去ってしまうのが惜しくなるが、後悔は無い。

だが、一つだけ心残りがある。


アンちゃんにあれから元気が無いのだ。

犬耳が垂れ、尻尾にも力がない。

声をかけても、ホブスさんと協力してボケてみても、上の空で反応が返って来なかった。

ボケたのにスル―されたとき、ホブスさんと二人で仲良く部屋の隅で体育座りをした。

とても虚しかった。

なんとか立ち直った後、苦肉の策として、俺は自分の得意分野でアンちゃんを喜ばすことにした。


そして、現在、アンちゃんを元気付ける為に、料理をしている。


下処理をした鶏肉(コカトリス肉)に紐を通し、魔法で作ったドラム缶もどきの中に吊るす。

ドラム缶もどきの蓋を閉め、暫く待つ。

缶の中には木を細かく粉砕した物に火が点いて入っている。


その誠一の作業を、ホブスは不思議そうに見てた。


「何で一回茹でたのに、また火を通すんだ?それに、なんだか煙が出すぎじゃないじゃないか?」


「これで良いんです。肉は焼くために入れた訳じゃありませんよ」


「???」


「まあ、待ってれば分かりますよ」


今入っている肉は香草と塩を満遍まんべんなく塗りたくり、一度茹でて二時間乾燥してあったのだ。

ホブスはそれで終わりだと思っていたので、誠一が何をしたいのか理解できない。

誠一はドラム缶の前で座っていた。


しばらくすると缶の中から、香ばしい匂いが漂ってきた。


二時間ほど経ち、缶を見続けていた誠一がおもむろに立ち上がり、蓋を取った。


「よし!良い出来だ」

「誠一、それは何だ」


あまりの匂いに唾を飲み込み、ホブスさんが料理について質問してきた。

誠一は味を見るために一本取り出し、その問いに答えた。


「ガルテア風スモークチキンです」


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