裏の事情 

~誠一がガルテアに転生する数週間前~



奥深くの地下にて、厳重に隠された部屋が存在した。

その中には、無数の生物が檻に閉じ込められ、壁などには飛び散った血が付着し、腐臭が立ち込めている。


その中央に、男が一人。


その姿形は人間に近いが、肌は青く、頭からは一本の角が生えている。

その男は顔を歪めて、目の前の培養液に入った物を見つめていた。


男は愉悦を抑えきれずに、声をあげて高らかに笑った。


「フ、フフ、フハハハハハハハハハハハハハハ!」


「突然笑うなんて、気持ちが悪いですね」


「ウワアアア!・・・なんだ、お前か。驚かすな、居るなら声をかけろ!」


予期せぬ声に男は慌てたが、見慣れた無表情な顔が目に入り、落ち着きを取り戻した。

いつの間にか、男の背後に可愛らしいメイドが立っていた。

ほとんど人間に見えるが、スカートの中から伸びた蜥蜴の尻尾が、違いを物語っている。

メイドは冷たい目を男に向け、理由を話した。


「声をかけましたよ、ご主人。ですが、ご主人はそれに気付かないで、顔に手をそえて恥ずかしいポーズで笑い続けていたんですよ」


「そんなポーズはしておらん!」


しそうにはなったけど、と心の中で反省する男。

メイドは男から視線をはずし、部屋を見渡す。


「あーあ、また壁を汚して。ペット用の餌を自分でさばくなんて、慣れないことをするからですよ。部屋も臭くなるし、何回目ですか、包丁で指を切るの?」


「う、うるせい!まだ、52回しか切ってないわ!」


「・・・その回答は、数を覚えている事に対してツッコむべきか、それとも学習しない馬、ご主人を呆れた方がいいのですか」


「今、馬鹿って呼ぼうとしてただろ!」


「そうですが、何か?」


「まさかの否定なし!?」


メイドに呆れられ、馬鹿にされる男。

何故か本来従う側のメイドが優位に立ち、男は貶されている。

男は言い返そうとするが、正論なので言い返せず、余計に落ち込む。

そんな駄目なご主人に、メイドは仕方ないと溜め息を吐き、話しかける。


「で、何がそんなに嬉しいんですか?」


「おお、気になるか!ならば、教えてやろう」


「やっぱり、面倒くさいので結構です」


「ごめんなさい、お願いだから聞いて!」


帰ろうとしたメイドに、すがり付く男。

どっちが主か分かったものではない。


「分かりました、聞いてあげます」

「俺の方が上の筈なのに・・・、まあ、良い。聞いて驚け、俺はついに、死体から採取した細胞の培養に成功し、魔物を復元させたのだ。見ろ!この偉大な姿を」


「ーーーッ!流石にこれは驚きました」


突如点いた照明に照らされ、姿を露にした魔物にメイドは驚愕し、額を汗が伝う。





「200年前、勇者に倒されたコカトリスだ!」




男は、まるでオモチャを自慢する子供のようにメイドに宣言した。

だが、コカトリスを見たメイドは浮かない顔をしている。


「まさか、あの貴族の依頼を受けたのですか」


「・・・・・・そうだ、悪いか」


「それなら断ったと、言っていたではありませんか!」


痛い所を突かれたのか、先ほどまでの笑顔が消え、男は顔をメイドから反らしながら言い訳をした。


「依頼主の貴族様がコレクションとして、実物がどうしても欲しいと言ってな。仕事も無事終わり、大金が入る。大丈夫だ、悪用はしないとーーー」


「そんな約束を本当に信じているんですか!近々、戦争の為に貴族が準備をしているって噂じゃないですか。嘘だと分かっていて、何故受けたんですか、ご主人!」


男の言葉を聞き、無表情だったメイドの顔は崩れ、怒りに満ちていた。


「・・・・・・」


「ご主人の嫌いな戦争に、使われるかもしれないのですよ!」


無言でメイドの批難を男は受けていたが、不意に沈黙を破った。


「・・・金の為だ」


「―――――――――――ッ!」


「俺は弱い。このご時世で生きていく為にも必要なんだ。明日には引き渡す」


「~~~ッ!?・・・・・・すみません、取り乱しました。少し席を外させて頂きます」


「ああ、構わない」


メイドは、男に対し暴言を吐こうとしたが、堪えた。

そして再び無表情に戻り、部屋を去っていった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


メイドは去り、部屋に残された男。


男の顔からは喜びは消え、やり切れなさだけが残った。

つい先ほどまでは、研究に熱中し成功したのに喜んでいたが、メイドの言葉にいっきに現実に引き戻らせられた。

いや、熱中していたんじゃなく、忘れようとしていただけだな。


「流石に失望されたかな・・・」


やるせなさが男を支配する。


男はコカトリスを作るのに興味があったが、戦争に使う気など微塵もなかった。

依頼して来た貴族の言葉に従うつもりはなかった。

そして、メイドにコカトリスを作っていることを知られたくなどなかった。


だが、それは許されなかった。






『貴方に選択権は有りません。ああ、あと貴方のお気に入りのメイドには依頼を受けたと嘘を言って下さい。しっかりと伝えて下さいね。何故ですかって?その方が面白そうだからです』






脳裏に、嘲笑を浮かべたあの男の台詞が再生される。


「畜生ッ・・・!」


悔しさのあまり、悪態を吐き、血が滲むほど唇を噛みしめる。


メイドに相談することも、取り乱すことめ、逃げることも、何一つ許されない。


出来るのは、自分の無力さを呪い、神頼みしか無かった。


男に出来るのは、ただ、それだけであった。

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