第10話 疑問
~数時間前~
「食材はこれでよしと・・・」
「何を作るつもりなの、セーイチお兄ちゃん?」
「それは秘密だ。楽しみは最後に取っておかなくちゃ」
「え~」
余程知りたいのか横にいるアンは頬を膨らまし、尻尾をぶつけてくるが、誠一はアンの抗議を受け流し、食材を再度確認する。
用意したものは、シイタケ、生姜、小麦粉、卵、ジャガイモ、長ネギ、岩塩、はちみつ、薬草、コカトリスの骨、そして地下にあった壺の中身。
台所には当然のことながらガスコンロなど無く、
ライターが無いのに、どうやって火を点けるのかと不思議に思っていると、そこはファンタジー。
ホブスさんの身体から何かオーラ的な物が出たかと思うと、「闇夜を火で照らせ、ファイア」と唱え、手から小さな火が放たれた。
放たれた火は薪に着弾し、炎が灯された。
聞いてみたところ、ガルテアに生まれた者は少なからず魔力を持っており、日常用の簡単な魔法ぐらいなら誰でも使えるそうだ。
さっきホブスさんから感じたオーラらしき物が魔力なのだろう。
魔法が難しくなるほど、魔法の詠唱?や魔方陣?が長く必要だそうだ。
俺もホブスさんのマネをして、「闇夜を火で照らせ、ファイア」と唱えてみると、【想造魔法】のおかげもあってか簡単にできた。
とりあえず、火は確保した。
次に調理器具だ。
鍋とスープ皿はあったのだが、包丁は日本では見慣れなかった半月型の物しか無かったため、能力の【森羅万生】で作ることにした。
落ちていた石に触れ、店で使い慣れていた自分の包丁を思い浮かべると、瞬時にイメージした物と寸分の狂いもない包丁に変化していた。
コカトリスの際に出てきた巨大な包丁も、無意識に【森羅万生】によって作り出したのだろう。
余談であるが、あの化物がコカトリスと言う名前であるのを、骨を取り出したときアプリで知った。
一応、ホブスさんにコカトリスの骨に毒はないかと聞いたら、始めは驚愕していたが大丈夫だと答えてくれた。
そう言えばホブスさんには、まだコカトリスのの名前を知らなかったのもあり、「娘さんがモンスターに襲われていた」と抽象的にしか説明していなかったのに気付く。
そりゃ、自分の娘を襲っていたのが、そんなにも危険な生物だと知れば驚くのも当然か。
自分の考えが足りなかったことを反省しつつ、ホブスにあることを聞いた。
「しかし、食材をこんなに使って本当にいいんですか?」
「いいんだよ、ほとんど貰い物だし。ついでに俺たちは料理できないから、このままじゃ悪くなる一方だし。それに・・・」
「それに?」
「俺の不味い飯を食わすより、レダに旨いもの食わして喜ばしてやりたいからな・・・頼むぜ」
そんなセリフを言い、顔を赤くして台所を出ていくホブス。
誠一はその大きな優しい背中を見て、思わず笑顔になり料理に取り掛かった。
「これは失敗できないな」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
レダさんも来たので、食事にするため4人は居間に移動した。
尻尾を楽しそうに振りながら、食事の準備をするアンちゃん。
病人のレダさんの為に何かしたそうだったので、手伝いをお願いしたのである。
本当に優しくいい子である。
(それに比べて・・・この人は)
半目で隣の席に目を向ける。
床に倒れていたホブスはというと、俺が差し出した水を飲んでいる。
先ほどのカッコいい姿はどこにやら・・・
ちなみに、この水は俺が魔法で生み出したものだ。
アプリで調べ、試しに飲んでみたが有害物質は含まれてなく思いのほか美味かった。
料理に使用したのもこの水だ。
ホブスさんはまだ辛いのか、俯いて悶えている。
だが、これは自業自得なので心配しない。
「だから、冷めるまで食べるなって警告したのに。俺の目を盗んで試食するなんて」
「ひゅ、ひゅまない。ははひにふぉふまほうはひほいはっはほんへ、ふい」
「一応、料理人にとって褒め言葉なんで感謝はしときますよ」
「・・・・・・よくお父さんが言ってること分かるね、セーイチお兄ちゃん」
「常連客の梅さんとかが入れ歯忘れて話しかけてくることあったからね。あれに比べれば、ホブスさんが言ってることなんか簡単にわかるよ」
「あなたの周りの人って随分とキャラ濃いわね」
「山の時でも出たよね、そのおばあちゃん」
取り留めもない会話をしていると、アンちゃんが準備を終えた。
「セーイチお兄ちゃん、できたよ!」
「ありがとう、アンちゃん。レダさん、盛り付けるのでお皿を貸してください」
「あ、どうぞ」
誠一は底の深い大きめのスープ皿を受け取り、鍋の中身を盛り付ける。
その鍋から目を離せないレダ。
アンもいまかいまかと餌をまつ子犬のように待っている。
(今まで嗅いだことのない匂い、一体どんな料理なのかしら)
(おいしそ~、早く食べたい!)
「はっひゅほひははふ!」
「ホブスさんはズルしたから少なめな」
「はふっ!?」
早まる心を抑え待っていると、ついに香りの正体が現れた。
「どうぞ『卵餡かけうどん』です。冷ましましたが、少し熱いのでお気を付けを」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
盛られた皿からの香りが空腹に直撃し、自分が病人であることを忘れさせられるほど食欲を掻き立てられる。
皿の中にはフワフワの溶き卵が薄茶色のスープに浮き、細長く刻まれたネギと薬草が乗っている。
そして、何故だかスープにとろみがある。
(どうやったらスープがこんな風に)
とりあえずスープを飲もうとし、スプーンを入れた。
すると、卵の下に隠れていた存在に気付き、これがスープで無い事を知る。
(この白く紐みたいなのは麺?まさか、勇者が伝えたと言われる『らーめん』?)
いや、らーめんの麺はもっと細く黄色かったはずである。
いくら考えても答えはでない。
未知の料理について思考していると、お腹の虫が音を立て飢えを主張した。
(考えても仕方がないわ・・・ええい、ままよ!)
意思を固め、フォークとスプーンを使い口に入れた。
「あつっ!」
最初はスープの熱さに戸惑った。
しかし、熱さに舌が徐々に慣れ、味が次第に分かり、
「・・・・・おいしい!」
スープはサッパリした味ではあるが、しっかりとした旨味があり、喉を通ったあとに、微かな辛さと甘さが口の中に広がる。
麺は硬いという訳ではないのに噛み応えがあり、スルスルと喉を通る。
そして、その太い麺が、とろみにより、しっかりスープの味と絡んでいる。
また、細く切られたネギのシャキシャキとした食感と独特の香りを持つ薬草が味に変化をもたらし、食べる人を飽きさせない。
気づけばレダは黙々と食べ、最後にはスープを飲み干し完食していた。
身体もポカポカと温まってきている。
その顔には病気特有の気怠さが消え、満足感のみが残っていた。
視線を前に戻すと、アンとホブスも嬉々とした顔をしている。
だが、食べ終わってみるともう少しだけ食べたいと思ってしまう。
しかし、女性であり、病人である自分がお代わりするのは、どうも恥ずかしい。
レダは己の乙女心と葛藤していると、手がさし出された。
それは、この料理を作った誠一のものであった。
誠一は笑顔でレダに話しかけた。
「すみません、レダさん。分量を間違えて作りすぎちゃいまして、うどんが余ってしまったんです。出来ればで良いんですけど、もう一杯食べてくれませんか」
「・・・ええ、食べるわ」
目の前の料理人の心遣いに感謝し、レダはうどんを口にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三人ともお代わりをし、鍋の中は空になった。
「ありがとう。とても満足したわ」
「マコト兄ちゃん、今度私に作り方教えて!」
「初めて食べたけど、旨かったぜ」
自分が作った料理を褒められるのは、料理人にとって嬉しいかぎりだ。
すると、流石は主婦なのか、レダは料理について聞いてきた。
「この不思議な麺は一体何なの?『らーめん』みたいだけど」
「ラーメンがあるんですか!?」
「え、ええ。昔、勇者様が広めた料理で、聖都で食べられているわ」
「やっぱり・・・・・・」
「セーイチ?」
「あ、すみません。この麺はうどんと言いまして、小麦と塩水で出来ています。俺の住んでいた所で良く食べられていたものです」
「この硬くないのに、弾力があるのは」
「それは『コシ』です。うどんの旨さは、ほとんどそれで決まります」
うどんの粉は薄力粉と強力粉を半々に混ぜ、中力粉にした。
地球ではコシを作るため足で踏んでいたが、バカげたステータスのおかげで腕力で十分なコシができた。
一時間寝かせた後、均一に切り、一度、熱湯で茹で冷水に浸す。
冷水で冷やすと共に表面のぬめりを取り、うどんをしめる。
小麦粉に含まれるタンパク質は水を加えて捏ねると、グルテンに変化し強い弾性を生む。
そして、冷却することで粘度を増して弾力のある麺を作る。
それがコシの正体である。
「このスープとろみはどうやって作ったの」
「それはコレを入れたんです」
そう言って誠一は、食材から作った粉を取り出した。
「小麦粉・・・?いいえ、麦じゃないわね」
「そうです。これはジャガイモをもとに作った、俺特製の片栗粉です」
近年、市場に出ている片栗粉の多くは、ジャガイモの澱粉からできている。
コカトリスの血抜きのように異次元ポケットを応用し、ジャガイモから澱粉だけを抽出した。
そして、取り出した澱粉を魔法で乾燥させ、片栗粉の完成。
乾燥させるイメージし「乾燥しろ」と唱えたら、魔法が発動し、出来ていた。
【想造魔法】さまさまである。
「ヘ~、そんなものがあるのね。最後に、あのスープの味はどうやって出したの」
レダは今まで家族に食事を作ってきたが、このスープの味の正体が分からなかった。
長い間、主婦をしているが全く分からず、どこか悔しく思いをしながらも、誠一に答えを求めた。
「スープには鳥の骨とキノコから取ったダシを使いました。あと、風邪に効くようにと生姜を、生姜の強い刺激を和らげるために少しの蜂蜜を入れました」
「キノコと骨で、こんなに美味しいダシが出るなんて・・・」
レダは誠一の膨大な料理の知識に驚愕する。
料理の次元が違う。
だが、レダはふと疑問に思う。
「でも、それだけじゃ、あの香りに何か足りないような・・・?」
「鋭いですね。実はその事について、俺からも聞きたいことがあるんですよ」
そう言って取り出したのは、黒い液体が入った小皿。
それは誠一が目を離せなくなった壺の中身であった。
「これを使ったんです。レダさん、これの名前って何ですか」
質問をしたはずなのに、何故か逆に答えを求められ戸惑うレダだが、その液体の正体を確かめるべく、匂いを嗅いだ。
(確かこれは以前に夫が買った・・・)
独特な匂いだったため、レダはすぐに思い出した。
「思い出したわ。これは『しょうゆ』ね」
「・・・当たりです」
日本で聞きなれた調味料の名が、誠一の耳に告げられた。
誠一は何かを考える素振りをした後、何事も無かったかのように話を再開した。
「それも、過去の勇者が広めたんですか?」
「ええ。珍しいからって夫が買ったきり、使い方もあまり分からないから地下に置いたまま忘れちゃったのよね」
「そうなんですか。・・・あの、今度、レダさんの料理を食べさせてもらってもいいですか?」
「全然良いわよ。でも、この料理を食べた後だと、恥ずかしくて出しにくいわね」
「私はお母さんの料理も好きだよ!」
「ほへほはへ!」
「ホブスさん、さっき普通に会話してたでしょ」
「あ、つい」
「ふふふふふふ」
誠一の料理を食べ、心も体も暖まったアン一家であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
食事も終わり、外で後片付けをする誠一。
レダさんは顔色も良くなり寝室に戻り、アンちゃんはお母さんの介護についている。
自分の料理が異世界の人に受け入れられたのが嬉しく、魔法で水を出しながら食器を洗う手が弾む。
残すは鍋のみとなった時、ホブスが誠一に声をかけた。
「おーい、セーイチ。こっち来て、荷物を運ぶの手伝ってくれないか」
「良いですよ、ちょっと待っててください」
鍋を丁寧に、かつ早く洗い終え、ホブスの声が聞こえた方に急ぐ。
ホブスは倉庫らしき建物の前に立ち、誠一を待っていた。
「で、ホブスさん、荷物って何ですか?」
「・・・・・・」
「ホブスさん?」
辺りを見回して、ホブスに聞くが反応が返って来ない。
誠一は変に思い、ホブスの顔を振り向き、
―――そして、誠一は凍りついた。
何故なら、さっきまでの人の良さそうな表情は鳴りをひそめ、ホブスが真摯な顔で誠一を見ていたのだ。
2人の間に沈黙が訪れる。
何かの冗談かと誠一は一瞬思ったが、すぐにその考えを切り捨てる。
ホブスさんの目は本気だ。
一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。
数秒なのか、それとも数時間なのだろうか?
突然の事に気が動転し、誠一の感覚機能が麻痺しかけている。
そして、ホブスさんは不意に、しかし、ゆっくりと言葉を口にした。
「セーイチ、お前は何者なんだ」
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