第5話 名も無き二人


 メインモニター上で文字列がスクロールすると、ただちにOSが立ち上がった。


 Starting System......

 Memory Testing.

 Please wait. .....


 「早く、早く、早くしろ! ひき肉にされちまうぞ!」


 人物は焦りつつも手馴れた動きで各種機器類に触れていた。

 バッテリー。残量よし。劣化が進んでいる警告アリ。

 機体各部のモーターと油圧に問題はなし。


 Wlelcom to Tracer Unit.

 Working Mode? Y/N


 「イエス!」


 大声を張り上げつつも機体から身を乗り出して外の様子を伺う。

 けたたましい音と共に建物の壁がコルクか何かのように刳り貫かれ別側の壁へと吹き飛んでいく。

 慌てて機体へ入るとロックをかけた。かしゅんという小さい音と共に完全に密封された。


 D-SYS...OK

 C-SYS...OK

 S-SYS...OK


 駆動系システム、制御システム、安全システム全てよし。


 OS Mr.G Vesion 3.3.1 last up dete 2201/01/02


 「つってもラストアップデート以前に名前もわかんねぇけどな!」


 自分を奮い立たせるべく声を張り上げると、画面が全てクリアに映し出された。

 操縦桿を握ると、両足の操作を担当するペダルに足をかけててきぱきとベルトを嵌めていく。体が小さいせいか調整に手間取ったが、それでも要した時間は二十秒とかからなかっただろう。


 「うおおおっ!?」


 ペダルを蹴り姿勢を崩す。機体が綺麗な前跳躍を決めた刹那、天井が崩落してつい今しがたいた場所を埋め尽くす。

 人物は濛々と上がる砂煙を縫って建物の窓枠目掛け突進した。建物目掛けロケット弾が三連射されるのと、窓枠をぶち抜いて外に転がり出るのはほぼ同時だった。

 機体が綺麗な前回り前転を決めて中腰姿勢で静止する。


 「誰が整備したのか知らんが随分重いぞコイツ。動きもとろいし。おまけに相手は軍用臭いパワードスーツもどき。いや最高だね」


 鼻血が出そうなくらいだぜと続ける。

 トレーサー・ユニット。記憶が定かではなかったが、確か元々軍用ではない競技用の乗り込み機械であったはずだ。間違ってもガトリングやらロケット砲を振り回すような兵器ではない。あらゆるスペックにおいて劣っていることは明らかだった。

 雷を纏った少女が雨あられと雷弾を繰り出す。それは空中の砂煙を吹き飛ばし、戦場から低視界というヴェールを剥ぎ取らせた。

 軍用機に雷弾が着弾。全身へ青い輝きが迸るも、全く何の疼痛も感じていないようであった。

 利いていない。少女が顔を引き攣らせた刹那、軍用機が両肩に装着された短銃身砲をせり出した。途端に前方向を埋め尽くす量の散弾が一分間で六百発という人間用のアサルト・ライフルに匹敵する間隔で放たれる。

 しかし少女が纏う雷がなんらかの防御となっているのか、散弾は悉く弾かれ、弾道を歪められ、当たらない。

 業を煮やした軍用機は右腕の機関砲を向けて撃ちまくりつつロケット砲を向けた。


 「そおいやぁっ!」

 『!?』


 背後からTUが踊りかかるや、ドロップキックを叩き付けた。

 体格は大柄な軍人と民間人程の差がある。自重も倍近く違うかもしれない。それでも勢いつけて蹴っ飛ばせば姿勢を崩すことはできた。

 蹈鞴を踏み振り返ろうとする軍用機の前で、身軽なTUが地を駆け出した。

 右足ペダル、左足ペダル、そして両腕に相当する両手の操縦桿を使いつつ駆け抜ける。


 「馬力が足らねぇや」


 ぶつぶつと人物は文句を言いつつ、右操縦桿の出力調整用のスイッチをとんとんとんと三度押し最大出力に設定していた。最大出力。身軽なTUの走行速度は優に時速六十kmに達しようとしていた。

 前方に見えてきた瓦礫を足を横に折りたたみ乗り越え着地と同時に飛び次の瓦礫を飛び越していく。別の建物の壁目掛け飛びつくと、飛びついた慣性が死なぬうちに、壁を走る。

 軍用機が機関銃を向けた。銃身から鉛弾が大量に吐き出され、TUを捉えんと踊った。

 

 「やらせない」


 横合いから少女が雷を両腕にまとって飛び掛った。右腕を繰り出し、軍用機の背面部に叩きつける。反動で軍用機が数歩よろめいた。続いて左腕を叩き付けた。

 次の瞬間雷が炸裂した。膨大な電力によって生じた反発力が金属製の軍用機を跳ね飛ばしていく。

 少女が膝を付き肩で息をしていた。顔は汗でびっしょり濡れていた。


 「オイ。こっちだこっち」


 TUが跳躍した。別の建物の壁に取り付くと、空中でくるりと身を翻し着地と同時に前転して衝撃を殺し、勢いそのまま地面を滑走してくると少女の横合いで止まった。

 人物は外部用の拡声器の音量を絞って話しかけた。


 「自己紹介しておくと名前が思い出せないから適当に呼べ。で、やつはなんなんだ」

 「…………オーエン」

 「あ?」

 「オーエンって名前はどう」


 妙にうきうきしつつ少女が言う。鉄面皮は見事決壊して笑みを堪えきれない表情になっていた。


 「あ、あぁ……オーエンね。いいんじゃないか。今日から私はオーエンと名乗るってそうじゃないだろ。やつがなにかってのと、倒せるのかってことを聞いてるんだ」


 人物もといオーエンは軍用機が突っ込んだ廃屋に視線を配りつつ言った。


 「敵」


 少女は汗を手の甲で拭うと立ち上がった。


 「倒せる。協力して」


 オーエンはふむと鼻を鳴らす操縦桿を弄った。


 「いいぜ。できればずらかりたいが」

 「あれより速く逃げられる自信があれば」


 オーエンは軍用機から逃げるだけの自信はあったが、重武装を潜り抜けられる自信がなかった。TUは兵器ではない。被弾すればあっという間にお陀仏だろう。


 「手を貸すぜ」


 オーエンは言った。


 「でお前さんは」


 少女は両腕に雷を再度纏うと深呼吸をしていた。


 「ジェーン。……ジェーン・ドゥ」

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さざめく色のノンスタンダード 月下ゆずりは @haruto-k

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