シーン2:赤の暴走
真紅の化け物が船内を闊歩する。
ソレは、二メートルほどの獣の姿をしていた。
ソレは、血よりも鮮やかな、紅い液体でできていた。
ソレは、手当たり次第にその牙を人間に突き立てていた。
いかな船員がオーヴァードとて、それ以上の力で襲いかかられてはどうしようもない。
船内の秩序はすでにない。
紅い地獄を、隼人と志津香は走る。
隼人:なんだこれ……。
志津香:血の従者でしょうね。遺産がブラム=ストーカーらしいと、話には聞いていますわ。
隼人:オーヴァード2、3人をまとめて倒せる従者かよ……。
志津香:連中、意図らしきものは無いようですわね。人間を見れば手当たり次第襲う。獣と同じです。
隼人:そりゃ逆にまずいな。チャロって子も危ないんじゃないか?
志津香:かもしれません。奥へ急ぎましょう。
隼人:ああ。
ふたりは船の奥へと向かう。
見つからなければ従者は襲ってこない。
時に止まり、時に急ぎ。
無用な戦闘を避けて進む中、隼人がぽつりとつぶやいた。
隼人:なあ、ちょっといいか。
志津香:なんでしょう。
隼人:遺産ってのは、どれもこんなにヤバイものなのか? 俺はよく知らないんだが……。
志津香:言葉は悪いですが。これはまだマシなケースですわ。
隼人:マジかよ……!
志津香:使い方によっては世界を左右する代物です。良くも、悪くも。
隼人:そんなものを相手にしてんのか、あんたら。
志津香:世界を守りたいという一心ですわ。それはあなたも同じでしょう?
隼人:さあ、どうだろうな。そこまでたいそうなことは考えてねえよ。ただ――。
志津香:ただ、なんですの?
隼人:目の前でこんなことが起きちゃ、動かねえわけにもいかねえ。
志津香:ふふふ、それこそが世界を守るということですわ。
隼人:そんなもんかね……。
GM:では、そんな会話をしつつ奥へと進んでいると――。
銃声、怒号、そして従者のうなり声。
かすかだが、隼人たちはそれを聞き逃さなかった。
「どうする?」
隼人は志津香に問う。
「決まっていますわ」
世界を守っている、と言った少女は当然だとうなずいた。
「襲われている人を助けます!」
志津香:彼らもUGNエージェントですから。
隼人:そういやそうだった。こいつらもUGNだっけ。
志津香:ええ。道を違えていても、彼らは仲間です。
隼人:さすがは本部エージェント。そんじゃいっちょ手伝うかね!
隼人は従者に斬り込んでいった。
疾風のように振るわれた日本刀は、たやすく紅い獣を両断する。
だが。
そう思えたのも一瞬だけ。即座に従者の体はつながり、元に戻った。
「げ、嘘だろ!」
隼人は思わず叫ぶ。
「切れ味がよすぎるのですわ、きっと」
見上げれば、従者の頭上に飛んだ志津香の姿。
巨大なハンマーを振りかぶり、それを導く星が五つ瞬いている。
「そういう相手には、こうですわ!」
轟音と同時に、紅い液体があたりに飛び散った。
志津香:《瞬速の刃》+《コンセントレイト》。ダメージは25点ですわ。
GM:ん、それで従者はつぶれるね。
志津香:襲われていた人たちはいかがです?
GM:まだ恐怖から脱していない状態で、銃をそちらに構えている。彼らは言う――
「お、お前たちはなんだ……? この船のものじゃないだろう!」
生き残ったのは三人。そのうち、もっとも年上らしきヒスパニック系の男性がそう叫んだ。
「ええ、侵入者ですわ。ですが、味方です」
志津香はそれだけを言うと、手元に星を呼び出した。
志津香:《ポケットディメンジョン》。ここを避難場所にしてください。
GM:「信用できると思うのか……?」
志津香:使わないならばそれでも結構。しかし、船内よりはよほど安全だと思いますわよ。
GM:言葉に詰まるUGNエージェント。他二人は「隊長……」「安全を優先の方が」などと言っている。
隼人:せっかく助かったんだ。死ぬことはねえだろ。
GM:「……わかった」そう言って隊長は銃を下ろす。
志津香:一応聞いておきますが、何が起きているかはご存じですか?
GM:「いや、わからない。警報が鳴り、気がつけばこの有様だ。だが――」
志津香:遺産、ですか?
GM:「ああ。保護対象を隔離している区画から、奴らは現れたように見えた。そちらに行った連中は誰も帰ってきていない」
志津香:なるほど。……やはり、一刻も早くそちらに向かうべきですわね。
隼人:詳しい場所はわかるのか。
志津香:ええ、だいたいは。
「ま、待ってくれ!」
奥へと向かおうとする隼人と志津香と止めたのは、まだ若い隊員だ。
「今更だけど、助けてくれたことに礼を言いたい。君たちがこなければ僕たちの命は無かった……」
彼はバックパックを探り、メディカルキットを差し出す。
「せめて、これを受け取ってくれ」
志津香:当たり前のことをしたまでですわ。でも、お礼はありがたくちょうだいいたします。
GM:これは応急手当キットとして扱ってね。
志津香:HPが少し回復できますわね。隼人さんにはよいのでは?
隼人:あー、俺は勝手に《電光石火》でHPが減るマンだからな。人助けはするもんだ。言い出したのはアンタだけど。
志津香:仲間が恩恵を受けられれば、それでよいですわ。
隼人:あんた、ほんとに出来た人間だな。年下とは思えねえよ。
志津香:ふたつしか変わらないですから。……さあ、行きましょう。
隼人:ああ。
再び遺産と、そこにいるであろう少女を目指し、奥へと進む隼人たち。
行き道で幾人かのUGNエージェントを助け、同じように避難を指示した。
指示に従うもの、従わないものがいたが、それは彼らの判断だ。
しかし――。
GM:ここでまた〈知覚〉か〈知識〉の判定をしてもらおうか。
志津香:ま、また一般判定ですの……! うう、GMが私をいじめる……!
GM:知らんがな(笑)。
隼人:大丈夫! さっきは普通だったから! キャンペーンを超えて呪いは解かれたはず!
志津香:そうですわね。そう信じますわ……! では〈知覚〉で!
GM:目標値は7だよ。
志津香:あああああああ、6ううううううう!
GM:解かれていなかったか……(笑)。
隼人:しょうがねえ、《電光石火》を使うか。さっきアイテムもらったしな。……9で成功。
GM:では隼人はわずかな違和感を覚える。ここまで数度、UGNエージェントを助けてきた。だが誰も、隼人たちに攻撃を仕掛けてこない。
隼人:…………。
GM:敵意が薄い、そういう違和感だ。
隼人:なるほど……。
(ここまで信用されるものだろうか)
隼人は考える。
偶然かもしれない。だが、気にはなる。
(確かに窮地を助けた。恩義に思うのはわかる。だが、俺たちは侵入者)
もっと警戒してもいいはずだ。
むしろこの混乱を仕掛けた側だと疑われてもおかしくない。
だが――。
隼人:確かにおかしいはおかしい、か。
志津香:どうかしましたか?
隼人:…………いや、なんでもない。
GM:おや。
隼人:まだ気にしすぎ、という可能性もあるからな。一旦胸の内に閉まっておく。
GM:了解。では何度かの救出劇を経て、キミたちは遺産保管区画にやってくる。
「ここ、のようですわね」
巨大な扉の前で志津香は立ち止まる。
銀行の金庫を思わせるようなその扉は、しかしだらしなく半開きになっていた。これでは封印の意味は無いだろう。
隼人:開いている? ……GM、扉に不審な部分は?
GM:無いよ。普通に開いている。
隼人:……そうか。
志津香:扉がどうしましたの?
隼人:あー、ちょっとな。さっきのことと合わせて後で話すさ。今は、捕まってる女の子を助け出すのが先決だ。
志津香:ですわね。では改めて、行きますわよ。
隼人と志津香は互いにひとつうなずくと、その区画へと踏み込んだ。
むせかえるほどの血の香り。
真っ赤に染まった壁と床。
その奥で目を光らせるのは――。
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