ダブルクロス・リプレイ・オーヴァーズ

矢野俊策

隼は夜に飛ぶ

シーン1:星と隼

 高崎隼人は眼下の虚空へと一歩を踏み出した。

 一瞬の浮遊感の後、彼の体は自由落下を始める。

 風を切り夜空を落ちながら、苦々しく舌打ちをひとつ。


「なんで俺、こんなことしてんだよ……!」


 今日はオフだったはずだ。

 スマホのゲームでもやりつつ、最近買い換えた自転車で遠出をし、なにかうまいものでも食おうと思っていた。

 だが、現在はパラシュート抜きのスカイダイビング真っ最中。

 これもそれも――。


「あのミラーシェード野郎め……!」


 隼人は、UGN本部エージェント藤崎弦一の顔を思い出す。彼はオフを堪能していた隼人の前に突然現れ、こう言ったのだ。


「――UGNタカ派の輸送船が日本に向かっている。貨物扱いされているのはひとりのオーヴァード。9歳の少女だ」

「彼女は特異な能力を有している。タカ派は兵器として運用するつもりだ」

「この件、霧谷には伝えられない。これ以上タカ派と日本支部の摩擦を増やすわけにはいかない」


 淡々と並べ立てる藤崎に、隼人は唖然としながら返した。


「……なんで俺にそんなこと伝えるんだよ」

「お前の任務は身分を隠し、そのオーヴァードを救出することだ」


 可否も聞かず、藤崎はそう言ってのける。


「出立は今夜。バックアップは本部からひとり派遣する。その道のプロフェッショナルだ」

「俺が、イヤだと、言ったら?」


 引きつりながら抗う隼人に、突きつけられるのはトドメの一言。


「タカ派と日本支部が問題を起こすだろう」


 くそったれめ。

 渋々、いやいや、どうしようもなく引き受けさせられた経緯を反芻し、隼人はもう何度目にかになる悪態をついた。


 着地予定地点まであと数秒。落下スピードは人体を破壊するにあまりある。

 だがハヌマーンたる隼人は慌てることもなく、くるりとその場で一回転。

 たったそれだけで、まるで風を操っているかのように勢いを殺し、音も無く貨物船へと着地する。


 完璧な着地、完璧な潜入だった。


「…………し、侵入者!?」


 降りた場所が、見張りの目の前でなければ。


GM:というわけで隼人。

隼人:…………(頭を抱えている)。

GM:えー、十数年ぶりにプレイヤーになったら、最初の〈隠密〉判定に見事失敗し、見張りに発見された高崎隼人くん。

隼人:うわあああああああああ! 言うなああああああ!

GM:そんなに成功したかったのか……。

隼人:昔とは違うってことを、ビシッと見せたかったんだ……。エフェクトまで使ったのに……。

GM:しかし出目はキミを裏切った。

隼人:ダブルクロス、それは裏切りを意味する言葉……。

GM:変な意味で決めぜりふを使うな(笑)。……というわけで初手から見つかったわけだが。どうする?

隼人:と、とりあえず見張りを気絶させる!


 ――やばい。


 危機感を覚えると同時、隼人は胸ポケットへと手を滑らせる。そして一枚の写真を抜き取ると同時、見張りへとそれを振り下ろした。


「あ、ぐ……!」


 見張りは苦悶の声を上げ、その場へと倒れ伏す。

 隼人の手にはいつのまにか、日本刀が握られていた。

 峰打ちである。


GM:うん、見張りはうめき声をあげて気絶した。武器作成のエフェクト――《インフィニティウェポン》分の侵蝕率は上げておいてね。

隼人:はいよー。くっそ、初手からこんなかよ……。

GM:ただし、侵入者アリの連絡は止められなかったようだ。他のエージェントが、ここに集まってくる気配を感じる。

隼人:げ、やべえ! そこまで無能じゃねえか、こいつら!

GM:さてどうするね?

隼人:とりあえず逃げなきゃ! ……ってどこに!? ここ船の上じゃん!

???:…………。

隼人:ええと、ええと、隠れるところ隠れるところ。貨物の中? でも俺全然この船のこと知らないよ? あれ、これやばくねえか?

???:……はあ、これは仕方がありませんわね。助け船を出しましょう。


「“ファルコンブレード”ですわね?」


 どこからともなくかけられた声に、隼人は目を走らせた。

 気がつけば、星のようなきらめく球体が近くに浮いている。


「早くこちらへ」


 球体からは女の声。

 ほんのわずか、隼人は迷う。助けか、罠か。


「本部のバックアップです。……早く!」


 信用するしかねえ。

 隼人はその球体に手を伸ばす。


???:《ポケットディメンジョン》。異空間に部屋を作り、そこに彼をかくまいますわ。

GM:了解だ。では隼人がその球体に手を伸ばすと――。


 世界が一変した。

 夜の海に浮かぶ船ではない。隼人が立っているのは真っ白な部屋。

 部屋には何もない。ただひとり――。


「これで一度やりすごせるでしょう」


 流れるような黒髪の少女を除いて。


隼人:た、助かった。

???:では丁寧にお辞儀をして、言いますわ。……ごきげんよう、ファルコンブレード。まずは無事でなによりです。

隼人:あー、ありがとうよ。ただそのコードネームはよしてくれ。あんまり呼ばれるの好きじゃねえ。……高崎隼人だ。

???:そうですの。では隼人さんとお呼びいたします。わたくしは加賀美志津香。UGN本部、ナイトフォール所属のエージェントです。お見知りおきを。

隼人:ナイトフォール……。


 隼人は眉をひそめる。

 ナイトフォール、それはUGN本部所属の特殊チームの名称。

 隊長の強羅瑠璃をはじめ、一騎当千のメンバーのみで構成されているという。

 彼らは“遺産”という、レネゲイドでも特に危険な案件にのみ対処するチームだったはず。

 つまり、この任務は――。


 隼人の思考は、だが志津香によってさえぎられる。


志津香:では早速隼人さん。ひとつよろしいですか?

隼人:ん?

志津香:あなたは、少しうかつなのではないかと思いますわ。

隼人:……えっ?

志津香:今回の任務は潜入。しかもこちらの素性は明かせないのが前提。理想は対象を秘密裏に奪取することですわ。ならば見つからないことは基本中の基本。

隼人:あ、あーっと、それは……。

志津香:だからこそ、あなたは高高度から、わたくしは海からの侵入だったはず。なのに初手で見つかるとは。危機感が足りていないと言わざるを得ません。

隼人:お、おう。……なんかこういうの懐かしいな。


 隼人は思わず笑みをこぼしてしまった。

 くどくどと説教を続ける志津香が、出会った頃の相棒にそっくりだったからだ。

 なにかにつけて訓練をサボろうとする隼人は、こうやって説教されたものだ。


「何を笑っていますの?」


 しまった。不審がられた。初対面で説教され、それに笑みで返すのは不審者以外の何者でもない。

 懐かしさに浸るのはこのくらいにしておこう。


隼人:あー、まあ見つかったのは悪かったよ。けど運も無かったんだ。ミスを考えるより、これからどうするかを話しておかねえか?

志津香:確かに。ではこれくらいにしておきます。

隼人:まず、先に任務の詳細を教えてくれ。慌ただしく引っ張られたんで、細かいこと聞かされてねえんだ。

志津香:……それは本当ですの?

隼人:本当だって。別に忘れたとか、聞いてないとかじゃねえよ。……たぶん。

志津香:なんとなく、あなたという人がわかってきた気がしますわ。ともあれ、教えないことには始まりませんわね。


 ため息と共に、志津香は説明を始めた。


「オーヴァードの少女を救出し、保護するのが任務なのは知っていますわね?」


 隼人はうなずく。

 そこまでは藤崎にも聞いていた。そして救出にナイトフォールが来たということは……。


「なぜたったひとりのオーヴァードをここまで気にするのか。それは彼女が“遺産”の適合者だからです」


 予想通り。

 救出任務の中でもとびきりに難易度が高いものを押しつけられた、ということだ。

 あの野郎、絶対次は断ってやる。

 内心でまたもや藤崎への愚痴を始める隼人。

 そんなことはつゆ知らず、志津香は話を続けていた。


「ネッソスの紅玉――媚薬にして毒の血を持つケンタウロス、ネッソスの名前を持つ遺産。それが彼女に移植されたという遺産ですわ」


隼人:遺産、ねえ。具体的にはどんなことができるんだ、それ。

志津香:いわゆる洗脳とのことです。それ以上は我々もつかんでいません。

隼人:なるほどな。……それで、あんたたちは遺産と女の子をどうするつもりだ?


 わずかに、言葉に不穏な気配が混じる。

 だが志津香は首を横に振った。


志津香:彼女を――、チャロさんを殺すようなことはいたしません。あくまでも任務は彼女の救出。それから遺産の回収と封印ですわ。

隼人:ならいいんだ。……チャロっていうのか、その子。

志津香:ええ、まだ9歳の子ですわ。かわいそうに。

隼人:そうか。助けてやらなきゃな。

志津香:……ふふっ。なるほど、噂通りですわね。

隼人:え? なにそれ。

志津香:本部エージェント内で噂になっていますわ。

隼人:ええええええええ! なんでそんなところで!(笑)

志津香:それは、まあ。藤崎さんから広まっているからではないでしょうか。

隼人:あいつ……!(笑)

志津香:ともあれ。思ったより普通の方で安心しましたわ。

隼人:あー、普通ってのは褒め言葉だと思っとくさ。これでも平凡やら普通やらを謳歌したい方針なんでね。


 世界を救うとか、日常を守るとか。

 そんな大層な目的は隼人にはない。

 なるべく平凡に、なるべく楽に。

 そんなものを掲げているおかげで、最近は不良エージェントと呼ぶ輩もいる。

 ……だいたいが昔からの知り合いだが。


 ただ、目についたヤツは助けてやりたいだけ。

 それが高崎隼人という人物であった。


GM:ふむ、じゃあここで互いにロイスを取ろうか。なんとなく距離感もつかめたかと思うし。

志津香:そうですわね。では……ポジティブ有為、ネガティブ猜疑心で取りますわ。実力はありそう。でも大丈夫かしら、くらいの感覚です。

隼人:疑われている……。いや、当然っちゃ当然か。

志津香:まあ、「今は」というところですので。

隼人:俺は、ダイスを振ってみるか。ええと……、あこがれか。ナイトフォールって、本部エージェントだろ? いいもん食ってのかなあ(笑)。

GM:貧相なあこがれだな!

隼人:上流階級って言えばこんなもんすよ! ネガティブが……嫉妬(笑)。

GM:完璧なひがみ根性だ!(笑)

隼人:あいつらいいなあ!(笑) よし、じゃあこれで!

志津香:それで本当にいいんですの……?(笑)


GM:ではロイスも決めたことだし。志津香、〈隠密〉判定をしてもらおうか。

志津香:えっ? わたくしが!?

GM:そりゃあ、ここはUGNタカ派の船だから。エフェクトを使って隠れても、感知するための人材や装備は整っているよ。

志津香:そ、そうですわね。しかしわたくしが一般判定……。この一般判定の失敗率に定評のあるわたくしが……。

隼人:そうなのかよ!(笑)

GM:そういやナイツの時、そうだったなあ。

志津香:我ながら余計なことを思い出した気がしますわ。とりあえず判定! ……ほほほ、7。出目は普通ですわね。

GM:あー、7だと失敗だな。隼人が先に見つかってなければごまかせたけど。

隼人:俺のせいか!

志津香:それでは仕方がありませんわね。……では、隼人さんと話しているところ、急にあらぬ方向を向きます。


「見つかった、ようですわね」


 外の様子がわかるのだろう。隼人から目をそらし、志津香は言う。


「出口は囲まれつつあります。ここは強行突破と参りましょう」


志津香:“ファルコンブレード”の力、見せていただきますわ。

隼人:そんなたいしたもんじゃねえぞ。

志津香:あなたはいくつもの大事件を解決したエージェントですわ。……合図で出口を開けます。よろしくて?

隼人:ああ、いいぜ。頼む。

志津香:では。……3、2、1。行きますわ!


 志津香の声と共に、銀の球体が瞬いた。

 異空間が消滅。ふたりは船上へと戻る。

 即座に出現を予想していたらしき8人のエージェントが一斉に銃口を向けた。

 だが、彼らがトリガーに指をかけたその時。


隼人:《獅子奮迅》+《コンセントレイト》。


 すでに隼人の攻撃は終わっていた。


隼人:達成値50。ダメージは……72点。

GM:うわっ、なんだそのダメージ! 3回死んでおつりが来るぞ……!

志津香:!?

隼人:お、じゃあ一撃で戦闘不能だな。全員峰打ちにしておくから。

GM:りょ、了解。ちょっとすごいものを見たぞ、今。

志津香:目を見開きますわ。……速い。スピードだけなら、瑠璃さんよりも。


 隼人が面倒そうに日本刀を一振り。

 それを合図としたように、エージェントたちはバタバタと倒れていく。


隼人:はー、とりあえずこいつら縛って転がしておこうぜ。

志津香:え、ええ、そうですわね。しかしあまり時間はかけないでおきましょう。またすぐに追っ手が来るでしょうし――。

GM:おっと、志津香のその言葉は――つんざくような悲鳴に遮られる。

志津香:えっ?


 聞こえた悲鳴はひとつでは無かった。

 続いて銃声、怒号、そしてまた悲鳴。

 誰かがパニックを起こし、戦っている。


「おいおい、なんだよ一体。まさか俺たちの他に侵入者か?」

「いいえ。わたくし、予想がつきます」


 志津香はその端正な顔を苦々しく歪めていた。


「おそらく、これは遺産の暴走」


 ナイトフォールとして幾度となく見てきた光景なのだろう。


「彼らは遺産をなめすぎたのですわ……!」

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