第21章:破綻

[1]「トロペッツ=ホルム」作戦

 モスクワの「最高司令部」は各正面軍に対し、冬季総反攻の第2段階に基づいた攻勢を開始するよう命じた。独ソ両軍の前線は800キロに渡って燃え上がった。

 北西部正面軍(クロチュキン中将)による攻勢は当初の予定では前年の12月16日に開始されることになっていたが、「最高司令部」から課せられた任務をただちに遂行できる状態には無かった。同正面軍が展開する戦区は交通網が貧弱で、攻勢に参加する予定の各部隊は慢性的な物資不足に陥っていたのである。参謀総長シャポーシニコフ元帥の進言により作戦開始日は12月末まで延期されたが、最終的には1月の第1週まで部隊を動き出すことが出来なかった。

 北西部正面軍司令部はドイツ軍が第16軍と第9軍の補給物資集積所をそれぞれスタライヤ・ルッサとトロペッツに設置しているという情報に着目した。そこでこの2つの町を奪取し、捕獲した敵の燃料や食料で自軍を補給した後、さらなる攻勢を継続するという方法を採用した。これを基に、「トロペッツ=ホルム」作戦が立案された。

 1月7日、北西部正面軍は「トロペッツ=ホルム」作戦を発動した。同正面軍の北翼に位置する第11軍は夜間にロヴァチ河を越えてスタライヤ・ルッサに向けて進撃した。第11軍の攻撃は奇襲になり、ロヴァチ河の陣地を守る第16軍(ブッシュ上級大将)の第10軍団(ハンゼン大将)は一時的に混乱を来した。

 1月9日、今度は北西部正面軍の南翼から第3打撃軍(プルカーエフ大将)と第4打撃軍(エレメンコ大将)がヴァルダイ高地中部のオスタシュコフから南西に向けて攻撃を開始した。第16軍の第2軍団(ブロックドルフ=アーレフェルト大将)はオスタシュコフ正面の70キロ近い前線に第123歩兵師団(ラウホ中将)だけしか配置していなかったため、第16軍の薄い前線は瞬く間に破られてしまった。

 1月11日、第11軍の第188狙撃師団がスタライヤ・ルッサの南東で同市とデミヤンスクを結ぶ唯一の道路を遮断した。これによりデミヤンスクに展開する第16軍の師団群の補給線が一時的に断たれてしまった。この事態に北方軍集団司令官レープ元帥は第16軍がデミヤンスクで包囲される危険性を感じ取った。

 1月12日、レープは第16軍がデミヤンスクで包囲される恐れがあるとして同軍の撤退許可を求めた。ヒトラーからこの要請を拒否されると、レープは翌13日に辞表を提出した。この辞表は同月18日付けで受理された。後任には第18軍司令官キュヒラー上級大将が昇格した。

 北西部正面軍司令官クロチュキン中将は同日に「最高司令部」に対して、第11軍をスタライヤ・ルッサ周辺から南翼に転進させ、デミヤンスクに展開する第2軍団の背後を遮断する方針を提案した。クロチュキンは北西部正面軍の冬季攻勢が順調に推移すれば、北翼(第11軍・第34軍)と南翼(第3打撃軍・第4打撃軍)に生じた間隙が拡大し、やがて致命的な弱点になることを危惧した。そのため、第34軍の正面でデミヤンスク突出部の敵(第16軍)をまず包囲殲滅することで、戦線の縮小と兵力の再編成を図ろうと考えていた。「最高司令部」はクロチュキンの提案を部分的に承認し、同正面軍の南翼に中央軍集団に対する包囲作戦を支援させる任務を与えた。

 1月20日、第4打撃軍の第249狙撃師団(タラソフ少将)がトロペッツを奪取した。同市に置かれた補給集積所の占領にも成功した第4打撃軍は約1か月分の補給物資を「現地調達」し、北西部正面軍の期待に応えた。第4打撃軍の南進により、北方軍集団と中央軍集団の間に125キロもの間隙が出現した。

 中央軍集団は第59軍団(シュヴァレリエ中将)をこの間隙に派遣した。第59軍団は主力がまだフランスから送られる段階だったが、同軍団麾下の3個歩兵師団(第83・第330・第205)は第9軍と第16軍の間隙を埋めることに成功した。思いがけぬ大きな損害を被った第4打撃軍は攻撃を中止せざるを得なくなった。その西翼に展開する第3打撃軍も同じ末路をたどった。

 1月21日、第3打撃軍はスタライヤ・ルッサとヴェリキエ・ルーキのほぼ中間に位置するホルムを包囲することに成功した。しかし同市で急きょ編成された守備隊―シェーラー戦闘団が頑強に抵抗したことにより、第3打撃軍は西進を食い止められてしまった。

 北西部正面軍はデミヤンスクで包囲した第16軍を殲滅する必要に迫られた。しかし悪天候と困難な地形のために攻勢は徐々に停滞し、デミヤンスク周辺の戦線はほとんど動かなくなってしまった。

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