「19話 『裁かれるべき罪人』」

 虚無感に支配された身体は、動かない。

 サクリはもうこの世にいない。

 フシリキも、コミットも、それに、グイレスもいない。

 死んでしまった人達はたくさんいるが、全ての事件はここで終わりを告げた。

 長い、とても長い事件だった。

 冤罪はなくなったが、失ったものが多すぎる。

 残された者達はこれからどうすればいいのか。

 分からないまま立ち止まっていると、


「終わったようですね」


 サバキが、憲兵団を引き連れてきた。

 物々しい雰囲気の彼らは、世間話をするために来たわけではなさそうだ。

「サバキ……」

「サ、サクリさんは――」

「あ、ああ。分かっている。途中から話は聴かせてもらっていた」

 話を聴かせてもらっていた? だったら――

「加勢してくれてもよかったんだけどな」

 ギリギリの戦いだった。

 サバキの『スペシャリテ』があれば、もっと早くサクリとゆっくりと話ができていたかもしれない。

「私が駆けつけてきた時には、戦いが終わってからだからな。参加しようにもできなかったんですよ」

 ふっ、とサバキ笑うと、

「……さてと、キリア。私達とご同行お願いしようか」

「えっ……? どうして? あっ、そ、そうか! キリアさんに事情聴取をするんですね! だから――」

 ミライが顔を引き攣らせていると、


「キリア。現時刻をもって、お前を緊急逮捕する」


 容赦のないサバキの言葉が冷や水のように浴びせられる。

「な、なに言ってるんですか!? キリアさんは、五年前の犯人なんかじゃないんですよ! しかも、冤罪で捕まったのはあなたのせいでもあるんです! それなのに、キリアさんは、自分で五年前の事件を全て解決したんです! それなのに、どうしてキリアさんが逮捕されないといけないんですか?」

「……本気で言っているんですか?」

 サバキは、瞳を糸のように細める。

「この私に危害を与えた時点で執行妨害ですよ。それに、キリアは、偽名を使っていた。詐欺罪に当たる可能性がありますね。それから、グレイスの死体を隠していた罪もある。それ以外にも細かな罪を問うことができる。どんな事情があれ、そいつを逮捕することは決定事項ですよ」

 手首を優しく掌で包まれる。

「キリアさん、逃げましょう! キリアさんだったら、きっとまた逃げられますよ」

「お、おいっ!」

 サバキが追おうとするがその必要はない。

 手首をつかんだまま逃げようとするミライに抵抗するように立ち止る。

 どこにもいかない。

 そんな意志を表すように、首を振る。

 気持ちは嬉しいけれど、その好意は受け取れない。

「……どうして、ですか?」

「ミライは強くなったよな。俺がいなくても、もう大丈夫だろ。だけど、もう墓に花を添えることはできなくなった。だけど、罪は償わないとな」

「そんな……キリアさんは、私のことなんてなんとも思っていないんですか!? 私を、一人にするんですか? あなたは――」

 家族を失い、本当の意味でたった一人になってしまう。

 ほんとうだったら、


「ずっと傍にいたかったよ」


 こんな冷静で話すことなどできない。

 だけど、今は現実を見なきゃいけない。

 ミライよりも年上の自分が、大人にならないといけない。

「守っていたかった。だけど、それができない。サクリの言葉を借りるなら、これが俺にとっての罰なのかもしれないな」

 もしも、このまま駆け落ちする恋人同士のように愛の逃避行! みたいなことができれば……どれだけよかっただろう。

 だけど、ミライには将来がある。

 きっと幸せになれる未来があるのに、それを台無しにするなんて。

 そんなことできるはずがない。

「俺の『スペシャリテ』なら、鉄格子なんてあってないようなものだ。もしも、ミライが本当にピンチになったら、脱獄してでも会いに行くよ。だから、俺が罪を償うまで待っていてくれないかな?」

「…………馬鹿ですよ、キリアさんは。それにずるいです……。そんな顔しているキリアさんを止めるわけにはいかないじゃないですか……」

 笑っている。

 そう。笑えているはずだ。

 どうにかして笑っているのに、どうしてだろう。

 瞳から熱いものが、さっきから零れているのは何故だろう。

「ありがとう、ミライ」

 こちらの気持ちを分かってくれたことが嬉しい。

 こればかりは、昨日今日出会った人間ではできない以心伝心。

 ミライがいてくれてよかった。

 だからこそ、頼みたいことがある。

 図々しいが、ミライにしか頼めないことだ。

「俺の代わりに、花を供えてやってくれないか?」

「もちろんです。……でも、それだけじゃいやです」

「え?」

「キリアさんにも、花を贈りに行きます。毎日でも、ミリアさんに会いに行きます。――必ず」

 鉄格子越しだけど、それでも面会は毎日できる。

 ミライが望むのなら、それを拒む理由なんてどこにもない。

「……ああ、ありがとう」

 また、逮捕されてしまった。

 だが、今度は冤罪ではない。

 それに、ミライがいてくれるのならば、五年前とは全然違った意味の連行だ。

 他の人間と完全に隔絶されたような気分を味わうこともない。

 再び会えることを願った、ありのままの言葉を放って背を向ける。

「またな」

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死者はいつまでも踊り狂う 魔桜 @maou

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