「15話 『未来のために断ち切るもの』」

 フリシキの『スペシャリテ』は雨粒のレーザー。

 つまり、上空から降り注ぐ雨の一粒一粒が攻撃。

 一度に雨粒をレーザー化させるのには限度がある。

 それにしても、全てを避けきれるものではない。

「守りきれるのかな、君に」

 薄ら笑いをするフリシキは一歩も動かずに、上空から無数のレーザーを放出させる。

それらを、『瞬間移動』を繰り返しながら避ける。

 避けられないものは、剣で喰らい続ける。

 喰いきれない雨粒のレーザーのせいで、どんどん地面がえぐれていく。

このままでは、この場一帯の地形が変わってしまいそうだ。

「…………っ」

 ミライが、唖然と見上げてくる。

 大規模な戦闘で言葉を失っているようだ。

「……相変わらずこの人は、強いな……」

「どうしたのかな? もう息切れ?」

 ジュゥッ、と肩のあたりを焼かれる。

「くっ!」

 足を止めたら狙い撃ちされる。

 激痛に歯噛みして、再び『瞬間移動』をする。

 守りに入っていたら終わりだ。

 フリシキの真後ろに移動して、剣を突き立てる。

 いや、突き立てようとしたが、待っていましたとばかりにレーザーの集中砲火が降り注いできた。

「なっ――!!」

 肩や腕が抉れる。

 穴が完全に空く前に、『暴食の剣』で傷を塞ぐ。

 『瞬間移動』で距離を取って体勢を立て直す。

「私のうるさい雨粒から逃れるためには、死角から新距離で不意打ちをする。まあ、それが常套手段だよね」

 完全に読まれていた。

 ミライのように未来予知ができるわけではない。

 憲兵団として積み上げてきた戦闘経験が、こちらの作戦を上回ったのだ。

「くそっ!」

 ヤケクソで斬撃を飛ばすが、フリシキに当たるはるか前で、集束したレーザーの雨によって相殺される。

 いくらなんでも喰える斬撃でもあっても、限度量がある。

 ――だめ、だ。

 勝てる未来が想像できない。

 離れても近づいてもフリシキには勝てない。

 攻撃は一撃も当らない。

 避け続けることもできない。

「ああああああああああ!!」

 絶叫しながら、『瞬間移動』をし続ける。

 斬撃を飛ばしながら『瞬間移動』をすることはできない。

 だから、とんどん肌が削られていく。

 流れ出した血が雨といっしょに地面に落ちていく。

 もう、無理だ。

 フリシキには何もできない。

 だから、倒れていたミライを叩き斬る。

「えっ……!?」

 分断されていたミライの肉体を元に戻した。

 これで、自分の足で動くことができるはずだ。

 どういうつもりなのかとでも言いたげな不審な目を向けられる。

 だが、安心して欲しい。

 何も父親と戦えだとか、そんな残酷なことを言うつもりはない。

 ただ、先刻宣言した言葉を守りたいだけだ。


「早く、ここから逃げろ」


 できることは、もうこれしかない。

「な、何を――!?」

「俺じゃこの人に勝てない。殺される。だから、早くお前だけでも逃げてくれ」

「逃がすと思うのかな?」

 雨の粒がレーザーとなって降り注がれる。

 一つ一つは防げない。

 ミライに当たりそうな軌道を描くレーザーの前に、異次元空間を生み出す。

 レーザーはその中に吸い込まれていくが、そのせいで、足元に落ちたレーザーを回避することができなかった。

 破壊音とともに、吹き飛ばされる。

「――しぶといな」

 もう、全身傷だらけだ。

 口の中の鉄の味が広がる。

 雨に濡れた地面を這うようにして、それでも立ち上がる。

「頼むよ。俺に約束を守らせてくれ。俺にお前を守らせてくれ」

「な、なんで、私のためにそこまでしてくれるんですか!? 私は、あなたを――」

 それ以上は、言わせたくない。

 言ってしまったら、今よりもっとミライが傷つきそうだから。

「死なせたくないんだ。俺は、五年前の冤罪事件で全てを失った気がした。何もかも信じられなくなって、この世界の全てを恨んだ。もうどうでもいいってさえ思った。……だけど、ミライやコミットと花屋で働いて救われたんだ」

 今となっては、もう元に戻らない。

 輝いていたあの日々。

 思い出すだけで、涙がでそうになる。

「一度は死んだ俺も、生きていたいって思えたんだよ」

 五年前に、社会的に死んだ。

 自分が何者のかも分からなくなって。

 不安で押し潰されそうな日々を生きてきた。

 そんな辛い毎日でも、挫けずにこうしていれる。

 それは紛れもなく、花屋の二人のお蔭なのだ。

「だから、俺は命の恩人であるお前を守るために戦うんだ」

 誰にも理解されないかもしれない。

 ただの思い込みかもしれない。

 だけど、生きていてもいいって、そんな風に思えたのだ。

「五年間、お前達を守るために花屋にいつづけるって決心したあの日と同じぐらい強い意志で! 俺は戦い続ける!」

「……そんな、嘘……。私たちを騙すためじゃなくて……。いつかこうなるって分かっていたから、ずっと見守ってくれてたんですか? たった一人だけ五年前の真犯人がいることを知りながら、社会的に死んだのに。この世界そのものに殺されたようなものなのに……。それなのに……あなたは今までどれだけの想いを……」

 ミライの頬から涙が滴る。

「そのために、死んだら何の意味もない。理解に苦しむね」

 中空にから降り注ぐ無数の雨粒が光り輝く。

 満身創痍の今。

 防げるはずもない。

「さっさと、全身穴だらけになって死ね」

 もう、終わりだ。

 せめて、ミライだけは逃げ延びて欲しい。

 そう思っていたのに――


 一瞬で、空中で光っていた雨粒は凍りつく。


 パキッ、パキッ、と凍りつく音がする。

 それは、ミライの瞳が氷に包まれる音だ。

「もう、涙を流すだけで終わりたくない……何もしないまま、悲しんでばかりで私はキリアに何もしてやれなかった」

 涙を凍りつかせる。

 これでもう、この戦闘中ミライは二度と泣かない。

「五年間、ずっと、自分を偽り続けてきた。本当に一番辛かったのはキリアさんだったのに、私は……何も知らないまま傷つけてきたんですね」

「このっ――!」

 フリシキは雨粒のレーザーをミライに向けたが、その全てが凍りつく。

 戦う覚悟がなかったさっきまでの彼女とは全然違う。

 今のミライは顔つきが違う。

 俯いていた彼女とは、目線が違う。

「これからは……私も一緒になって戦います」

「ちっ――」

 いくら雨粒のレーザーを降らそうとも無駄。

 ミライの弱点である視界だけが氷結範囲も、雨だけに視線を向けていればそれもカバーできる。

 未来予知で、必要な雨だけを凍らせればいい。

 凍らせる速度も、水分ならば一瞬。

 いくら『天の恵』といっても、『天敵』の『スペシャリテ』には勝てない。

「使い物にならないゴミがあああああああああああああ!!」

 雨のレーザーによって地面を割る。

 ミライ本人に当てるのではなく、わざとその手前の地面をだ。

 視線を上向きにしていたせいで、ミライの反応が遅れる。

「ああっ!」

 ミライは盛り上がった地面や石によって弾かれる。

 無防備になった彼女を狙って、雨粒のレーザーを集束させる。

 が、その前に、斬撃を奔らせる。

 雨に向かってやったわけじゃない。

 ミライが一緒になって戦ってくれたおかげで、フリシキの注意がこちらから逸れた。

 だから、大振りができた。

「うっ! これは――やばいっ!」

 攻撃を察したフリシキが、束にしたレーザーを前に敷いて盾代わりにする。

 だが、そうくることは分かっていた。

 だから最初から狙いはフリシキではない。

 もっと上空にあるもの。

 フリシキの『スペシャリテ』を根本的に使い物にならなくするために――


 ザ――ンッッッッ!! と、浮かんでいた雨雲を真っ二つに斬った。


 雨を支配するのではなく、あくまで雨を利用するタイプの『スペシャリテ』。

 ならば上空の雨雲さえ真っ二つにしてしまえば、レーザーを放つことはできなくなる。

「雲を割ったのは私にレーザーを放てないようにするため――!?」

 ドバッ!! と、雨雲によって造られた闇に光が差し込む。

 その光の道をひた走る。

 もう一度。

 あと一度剣を振って、フリシキに当てさえすれば勝てる。

 だが、雨雲を真っ二つにしただけで、完全に霧散させたわけではない。

 あくまで、斬った雨雲。

 両脇の雨雲から雨を操れば、光の道を走っている自分にもレーザーを浴びせることはできる。

 時間との勝負だ。

「ぐっ……おおおおおおおおお!」

 フリシキは彷徨をあげながらレーザーを放つ。

 だけど、そのどれもが凍りつく。

 両断させたことによって、さらに雨の軌道予測が絞りやすくなったのだ。

「ああああああああああああああっ!!」

 叫びと共に剣を振り下ろすと、


 ついに、フリシキの肉体は縦に亀裂が入る。


「どう、して……!?」

 亀裂が広がっていき、そして、

「あ、ああああああああああああああああああああっ!」

 フリシキは上空の雨雲のように両断される。

 最後の最後に手をかざす。

 攻撃のため? いや、違う。

 まるで縋るみたいにミライに手を伸ばして、そして――


 全身が霞む。


「お、お父さんっ……!?」

「……ミライ……ごめん……」

 フリシキはポロリ、と一粒の雨粒のように涙を流す。

 その瞳はさっきまでの死人とは違う。

 まるで生きている者の瞳のように、何故か妙に澄んでいる。

 そして、こちらを一瞥すると、

「ごめん、キリア君」

 それを最期に、存在そのものがなかったかのように、露となって消えた。

 一瞬で、フリシキはいなくなってしまった。

 自分がやったのではない。

 フリシキは自分から消えた。

 それは、とても信じられない、フリシキという男のあまりにもあっけない終わり方だった。


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