「14話 『騙し騙されようやくここまで』」

 坂を上りきる。

 そこに広がっていたのは、無数の墓石。

 膝元に手を置き、休憩を取る。

「………はぁ、はぁ……くっ!」

 そして首を上に向けると、

「先輩……」

 そこには、ミライがいた。

 外傷はないように見える。

 だが、顔が陰っていた。

 太陽光をぴったりと遮断した分厚い雲のせいで、顔色はより青白く見えてしまう。

「無事ですか? 他に誰もいないんですか?」

「あ、ああ」

「……よかった、先輩無事だったんですね」

 ミライが胸を撫で下ろす。

 露骨に笑顔を見せてくるが、どこか違和感がある。

「こっちの台詞ですよ。よかった、ミライが無事みたいで。怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫です。先輩こそ、怪我はしてませんか?」

「ああ、まあ、ちょっとしてるけど、大丈夫。僕は怪我をしても傷を塞ぐことはできますからね」

「そう……ですか。――よかった。これで――」

 そうか。

 違和感の正体が分かった。

 彼女は誘拐されたのではなく、自らの意志で謎の男についていったはずだ。それなのにそいつはどこにもいない。そして謎の男について隠しているミライは――


「これで、やっとあの人の仇が討てる」


 きっと、間違いなくこちらに敵意を向けている。

 間髪入れずに、氷の氷柱を飛ばしてくる。

「な――にを――!?」

 体幹をずらして避けたが、一瞬頭の中が真っ白になる。

「聴きましたよ、先輩。……いいえ、もう先輩とは呼べない。……あなたの正体が、あの最低な人間だったなんて……やっぱり、昔から変わってませんね、あなたは。そうやって私を騙して、心の底では笑ってる……」

「な、何を言って――」

「全部、分かったんです。もう、しらばっくれないでください!」

「いっ――」

 痛い。

 パキパキッ、と右腕が凍りついていく。

 視界に収めたものを凍りづけにする『スペシャリテ』。

 どうやら、視界全てを凍らせるような強さではないようだが、このままではまずい。

「くっ――」

 氷部分を刃で削ぎ落とす。

 とにかく、ミライの視界に入らないようにしなければならない。

「私の父親を殺したプリズンを手引きし、そして彼の死体を操って私の母親まで殺した。その張本人。全ての元凶にして黒幕の――」

 逃げ続ける自分を視界におさめようとする。

 瞳を動かすたびに、地面が凍っていく。


「キリア」


 ミライの憎しみに満ちた声。

 どこで、誰が、そんなことを。

「何を言ってるんですか!? 僕が、キリア? どうして、そんな勘違いを……!?」

「そうですか……なら、これでどうですか」

「なっ――」

 つるん、と足が滑る。

 地面を凍らせたのは、こうして滑らせるため。

 そして、その滑った隙を狙って、複数本の氷柱が襲い掛かってくる。

 絶対に避けきれない。

 だが、当たるはずだった自分は――


 ミライの視界から忽然と姿を消した。


 そして、一瞬で彼女の背後へと回り込む。

 彼女は驚いた様子など見せない。

 知っていた。

 知っていて、こちらの『スペシャリテ』を試したのだ。

「空間を切断し、異次元空間を生み出してそこを自由に移動する『スペシャリテ』……。その『瞬間移動』ができるのはたった一人しかいない。そう――キリアしか……」

「…………ああ」

 もう、どうしようもない。

 隠しきれない。

「知られたくなかったんだけどな、お前にだけは……」

 身体に纏わりついていたものを、剣で削る。

 空間を切断し、歪めることができる。

 そのことによって人間の視覚情報を騙すことができる。

 つまり、別人に成り変わることができるということだ。

 グレイスの殻を被っていたが、それは縦に割れる。

 中から現れたのは、冷酷な殺人犯の顔。

 キリアだった。

「身体が……」

 ガクン、とミライはショックを受けたように項垂れる。

「やっぱり、そうだったんですね……。あなたは、五年前、既にグレイスさんと入れ替わっていたんですね……」

 護送車が炎上したあの時。

 死んでしまったグレイスの肉体を回収した。

 そして、グレイスになりすました。

 そのおかげで、窃盗の刑期だけを終えた自分は、経歴を偽り、今の今までグレイスの人生を生きてきたのだ。

「どうして、また私達に近づいたんですか!?」

「…………言えない」

「言えない? やっぱり、あなたは私達を騙すためだけに……」

「――違う。だから、もうやめてくれ」

 いくつか斬撃を飛ばす。

 だが、当たる前にミライに氷の盾によって塞がれてしまう。

 一つ程度なら喰いつくすことができるが、何重にも盾を重ねられると一気に壊すのは難しい。

「口封じするつもりですか!? そんな簡単にやられるとは思わないでください。私が両親の仇を討ってみせます!」

 なるべく苦しませたくない。

 だが、本気になったミライはかなり手ごわい。

 彼女の『氷の瞳』は、未来予知ができる。

 そして、物体を氷結させることもできる。

 そのどちらもが、強力なわけではない。

 ただし、未発達の『スペシャリテ』でも併用して使えば、一流の『スペシャリテ』になる。

 まず、こちらの動きを『氷の瞳』で予測。

 そして、先読みした場所に氷の氷柱を発現させる。

 いくらこちらが、『瞬間移動』で攪乱できても、意味がない。

 氷の障壁で防御、または氷柱で攻撃の先出しをされてしまう。

 障壁を出すタイミングが遅れても、最小限の動作で避けられてしまう。

 必然――互いに拮抗した戦闘が続けられる。

 フッ、フッと『瞬間移動』する自分と、それに対応できるミライ。

 第三者の目撃者がいれば、目を剥いていただろう。

「私は数秒先の未来を見通すことができる。あなたがどれだけ『瞬間移動』しようとも、その場所を特定するのは容易いんですよ」

「いいや、お前の『氷の瞳』の効力は視界に収めたものだけ。それを攻略の起点にすればいいだけだ」

 縦、横の動きだけでなく、上空や下。

 完全にランダムな動きで翻弄し続ければ、いくら未来予知ができようが関係ない。

 ミライ自身の身体能力より、こちらの方が上。

 いずれ綻びが生まれる。――はずだったのに――


 ドシュッッ!!と、背中に氷柱が突き刺さっていた。


 そんなはずはない。

 完全に死角に入ったはずだった。

 自分の背後を凍らせることができるはずがない。

 ミライの前方には氷塊が生成されている。

 ただそれだけで、意味などないはず。

 だが、すぐに気がついてしまった。

 その氷塊を鏡代わりに使ったのだと。


「氷を鏡みたいに反射させたのかっ!!」


 氷柱の二本目が、腕に刺さる。

「ぐっ――」

 剣を取り落す。

「私の『スペシャリテ』の弱点は自分が一番よく分かっています。そして、あなたは剣からしか『スペシャリテ』を発動できないという弱点も! 今のあなたはまな板の上の魚と同じです!!」

 突き刺さった氷柱が拡散して、今にも全身を氷結させてしまいそう。

 だが、

「ああ――俺も自分の弱点は熟知しているさ」

 首元まで凍りついているというのに、まだ笑えている。

 それは、切っ先が地面に落ちた瞬間――


 グォンッ!! と、異次元空間を発生させたからだ。


 生み出された異次元空間から出てきたのは、斬撃。

 中空を奔る斬撃は、ミライの胴体を真っ二つにした。

「まさか――斬撃を異次元空間に閉じ込めて――!?」

 何度か避けられていた斬撃。

 それはこのためだ。

 避けられた一振り目で、異次元空間を発生させた。

 そして、二振り目の斬撃をその空間に保存していた。

 空間を開放した時、いつでも奇襲できるように。

「そん……な……」

 身動きができなくなってしまったミライは、もう起き上がることすらできない。

 今のうちに、身体を拘束していた氷を剣でこそぎ取る。

「ごめんなさい。私が、私が……仇を討ちたかったのに……」

 最初は、ポツポツと、水滴が落ちる音。

 だが、次第に雨脚が強くなっていく。

 ミライの落涙をかき消すような土砂降りになって、そして――


 ドギュンッ!! と雨粒が足の肉を抉る。


「ぐああああああああああっ!」

 絶叫が口から迸る。

 ただ雨に打たれていただけだったはず。

 それなのに、複数の雨粒が合体して肥大化した。

 この『スペシャリテ』を知っている。

 もう二度と見ることなどないと思っていた。

 これは、


「『天の恵レインレーザー』」


 雲から降り注ぐ雨を武器にする『スペシャリテ』。

「まさか、あなたは……」

 そして、『連続焼殺事件』の元担当憲兵。

 プリズンに殺されたはずの男。


「お、お父さんっ!!」


 ミライの父親だった。

 足は付いている。

 幽霊でないとしたら、一体何者なんだ。

「大丈夫だよ、ミライ」

「そんな、でも私は――」

 身動きができなくとも、ミライは悔いるように謝罪していた。

 死んでしまったはずのミライのことを本当に愛していた。

 なのに――


「最初からお前になんか期待してなかったからね」


 親子の情の欠片も見せないような笑顔でこたえる。

「………………え?」

「お前はただの時間稼ぎに使っただけさ。親にとって子どもなんて、ただの道具なんだから」

 父親とは何度も話したことがある。

 一緒に飯を喰ったこともある。

 妻や子どもと接している彼の姿は、本当の父親だった。

 優しくて思いやりのあるとてもいい父親だった。

 それなのに、目の前にいるフリシキは、吐き捨てるように子どもに悪態をつく。

 誰だ、この人は。

 容姿はフリシキそのもの。

 だが、中身はまるで別人だ。

 偽者、なのか?

「……嘘……そんな……」

「それじゃあ、ゴミ掃除でもしようかな」

 手をかざす。

 ただ、それだけで全てを終わらせる。

 狙いは、役目を終えたミライ。

 家族の絆を断ち切るのは、雨の光線。

 射線を描きながら、雨粒はレーザーの光を放つ。

 地面すら容易く穿つそれを、


 バクンッ!! と、剣で喰らう。


「――やめろ」

 レーザーだろうが、隕石だろうが、関係ない。

 万物全て『暴食の剣』は喰らうことができる。

 だが、そんなものは問題ではない。

 敵となってしまったミライを助けてしまったことだろう。

「…………キリアさん?」

 庇われたミライも信じられないといった声色。

 今にでも、背中を刺されるかもしれない。

 それなのに、助けてしまった。

「どうして邪魔をする?」

「さあな」

 理由なんてない。

 目の前で誰かが死のうとしているのなら、きっと、普通の人間ならば助ける。

 頭で考えるよりも、身体が動く。

 だが、あえて理由を後付けするならば、それはきっと自分が犯してしまった過去の大罪のせい。

 罪悪感が剣を振らせたのだろう。

「ただ俺はもう……周りの人間が死ぬ姿を見たくないんだよ」

 人が死んでいった。

 助けられたはずの人が、死んでしまった。

 それを見ていることしかできなったことが、己の罪。

 贖えるかなんてどうでもいい。

 ただ今は、剣を握ろう。

 大切な人を、今度こそ守りきるために。

「たとえ、あんたを殺すことになったとしても」

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