消える

ねぎしそ

消える

 ある日少年は異変に気付いた。

少年のことを認識できない人が現れたのである。少年は焦り、しばらくは不安に身を震わせた。声をかけても無視をされ、肩を叩こうとしても自分の手は相手の肩からお腹まで、まるで名医のメスかのようにすうっと通り抜けるのである。その人とは少年の友達のことである。彼とは仲のいい友達だった。しかし少年は彼に話しかけて無視をされたのだ。少年は初め、むっと感じた。引き続いて呼びかける。しかし彼は少年などそこにいないかのように無視をする。流石に周りの友達も彼の対応に非難轟々の嵐である。周りの友達は少年をかばい、何故少年のことを無視するのか、彼に問うてくれた。彼は目をパチクリして身に覚えのない罪に激しい怒りを露わにした。そもそもそのようなことをする理由はない、ただの言いがかりだと。困ったのは少年含む周りの友達である。友達はまた問うた。それならば尚更わからない。何故少年の呼びかけにずっと応えないのか、と。少年は今やこの問題に関与していなかった。自分を無視したものと、それを批判するものの言い争いであった。おかしい気もするが、少年はこの状況を快く感じた。

ふと、騒々しい環境は突然静かになった。


そもそも、少年はどこにいるのか。


疲れ切った顔で彼は答えた。

少年は、ここにいるよ、と彼の肩を掴もうとした。それだけ引きずってオチがそれでは、冗談にしてはあまりにつまらない。そう思いながら少年は彼に手を伸ばした。彼の身体をなめらかに通り抜ける自分の手を見て、少年はしばらくそのままにしておいた。ぶらぶら、と手を上下に動かしてみる。ひらひら、と手を左右に振ってみる。自分の手はどうやら面白いことになったようだと、彼はそのまま無意識のうちに身体を彼の方に寄せた。みごと少年はするすると彼の身体と重なり合う。そして彼と一体化した少年は、ようやく自分の存在について薄々気がつき始めたのである。幽霊。なるほど、幽霊である。少年は力なく笑った。見ると、周りの友達は少年の姿を見失いおろおろしている。ふと試しに彼の身体から出てみても状況は変わらなかった。友達が至る所より汗を垂らすのも当然のことである。何しろ、ついさっきまで目の前にいた人が忽然と姿を消したのだ。友達は数人パニックになり、異変に気付いたもの達が集まり、更には教室中で少年を探し始めた。


どこかへふらりと出て行ったのではないか。

いや、そんな姿は見ていない。

それならどこへ消えたのだろう。

おかしいな、おかしいな。


皆は疑問を口々に出しながら、少年を探し続ける。


自分はここにいるのに。

少年はじっと立っていた。教室の真ん中で立っていた。そして、何人ものクラスメイトが、自分に向かって歩いてきて、そのまますうっと少年の身体を通り抜けるのを見て、ついに少年は絶叫した。


僕はここにいる!


何度も叫んだ。しかし声は届かなかった。どうやら彼らの世界から、少年の身体だけではなく声まで消えたらしかった。


狭い教室である。少年の捜索はものの5分としてかからなかった。そして少年がいないことが確認されると、ついには学校中の捜索が行われ、しばらくすると少年の両親に連絡が行った。両親を含め、職員、そして少年のクラスメイトは夜まで探し回った。警察が重い腰を上げたのは、それから2日後のことだった。それから何日経ったか少年は忘れた。ただ少年は、誰もが寝静まった夜、二人寄り添いさめざめと泣く両親を目の前にしていた。


あの子……元気にしているかしら……。

大丈夫、きっと帰ってくるさ……。


少年は、あれきり一度も伸ばさなかった手を、もう一度だけ両親に伸ばした。手で触れようとした。しかし、願いは叶わなかった。それは少年の手が両親を通り抜けたからではない。両親が、薄く、消えていくからであった。周りを見渡すと壁や時計、家族の団欒を築いた木製のテーブル、誕生日に買ってもらった据え置きゲーム機、全てが消えていこうとしている。慌てて外に出ると街全体が薄くなっていくではないか。じわじわと薄れゆく街に立ち、少年は何もすることができず、ただただ立ち尽くしていた。

 街の最期に、少年はようやく気付いた。消えたのは自分ではない。周り全体が消えたのだと。少年は、何もない空間に佇んでいた。


 少年が今まで見ていたものは何だったのか、それにはまだ少年は気づかない。しかし消えるということは、逆に見ればただそれだけが残るということと何も変わらないのである。



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消える ねぎしそ @kinudohu

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