ホクロくん ②

 自宅に帰り着いて、門を開けて中に入ろうとしたら、感応型の門扉のライトが点かない。

「あれれ? ライト切れているのかな?」

 鍵を開けて「ただいま」と玄関に入ると母が出てきた。俺の顔を見るなり驚いたように、

「どちら様ですか?」 

 不思議そうな顔で訊く。

「はぁ?」

「あなた、だれですか?」

「母さん、俺、憲吾だよ」

「知らないわ!」

「ちょっと待ってよ! 勝手にホクロ取ったこと怒ってんの?」

 憲吾が家に上がろうとすると、

「ちょっと、人の家に勝手に上がり込まないで、警察呼びますよ!」

 そういって憲吾の前に立ちはだかった。

「だから……ホクロ取ったことは謝るって」

「だれかー!」

 母は大声で叫びながら、玄関に飾ってある花瓶やプランターを次々と憲吾に向かって放り投げてくる。

 結局、自宅から逃げ出す羽目になった。


「ふぅー、びっくりした……」

 あんなに大騒ぎしなくたって……。母さん、俺がホクロ取ったのがそんなにショックだったのかな? 今夜は家に入れて貰えそうもないし、悠司の所にでも泊めて貰うか。そう決めて、ポケットから携帯を取り出し悠司にかけた。

 ツゥルルルーツゥルルルーと長い呼び出し音の後、やっと悠司がでた。

「もしもし……」

「ああー悠司? 俺、憲吾」

「もーし、もーし、誰?」

山下憲吾やました けんごだって!」

「……チェッ、いたずら電話かよ」

 そこでプツンと携帯が切れた。

 なんで、俺の声が分からない? もう一度かけなおしたが、今度は携帯が繋がらなくなっていた。 

 いったいどうなってるんだ? 参ったなぁー、今夜どうしよう。途方に暮れてしまった。

 この近くのハンバーガーショップで、彩香がアルバイトをしていることを憲吾は思い出した。なんだか無性に彩香の顔が見たくなって、その店へ向かった。


「いらっしゃいませ!」

 ハンバーガーショップの制服を着た、秋月彩香あきづき あやかが笑顔で出迎えてくれた。

《うわっ、やっぱし可愛いなぁー》

 彩香の顔を見た途端、憲吾は嬉しくなってきた。当然、彩香のカウンターの列に並んだ。

「ご注文お決まりですか?」

 前の客が注文を済ませれば、次は憲吾の番だ。

《ホクロを取った俺のこと……彩香ちゃんどう思うかな?》

 彩香の反応が心配で憲吾はドキドキしていた。

「後ろでお待ちのお客様ご注文どうぞ」

「えっと、チーズバーガーと……」

 メニューを見ながら、憲吾が答えていると、

「コーヒーふたつ!」

 いきなり憲吾の後ろの男が答えた。

《えっ? ちょっと待ってよ。俺の方が先に並んでいるだろう》

「ご注文はコーヒー二つですね」

 彩香は後ろの男の注文を受けていた。

「次のお客様どうぞ」

「俺、チーズバーガー!」

 大声で憲吾は注文したが、また別の後ろの客が注文を入れた。

「チキンバーガーとコーラ」

「ハイ! チキンバーガーとコーラ入ります」

 彩香は全く憲吾の存在に気づかないみたいに、次々と他の客の注文を受けていた。

 まるで自分を無視するかのような彩香の冷たい態度に、さすがの憲吾も泣きそうになって……ハンバーガーショップから出ていった。

《彩香ちゃん、俺がホクロ取ったから分からなかったのかなぁー?》

 憲吾はすっかりしょげてしまった。


 あてどなく道を歩いていると、色んな人が憲吾にぶつかって来るが、みんな素知らぬ顔で行ってしまう。

《どいつもこいつも、俺の存在を無視しやがって!》

 その時、歩道を猛スピードで走ってきた自転車に、あやうく轢かれそうになった。憲吾は慌てて避けたが、勢い余って理髪店のドアにぶつかって転んだ。立ち上がって、ふと、店の中を覗いて驚いた。

 理髪店の鏡に自分の姿が映っていない! 

 なぜなんだ? ひょっとして俺の姿がみんなに見えてないのかもしれない。もしかしたらホクロを取ったせいで、俺自身の存在が薄くなってる?


 憲吾はドアを蹴破る勢いで【不可思議皮膚科】の診察室へ飛び込んだ。そんな憲吾の姿を見て、白衣の男は別段驚く風もなくニヤリと笑って、

「ほう、まだ“ 自我 ”が残っていましたか」

「俺の存在が、みんなには見えていないんだよう!」

「そうなることは分かってました」

「えっ? どういうことなのか説明しろよ!」

「ホクロはパラサイトのように君の存在を食べて生きています」

「パラサイトって?」

「ホクロという寄生物なのです」

「……で、俺はいったいどうなるんだ?」

「あのホクロは君の存在そのものでした。それを切除してしまったのだから、君の存在はやがて消えていきます。しかし、ホクロは再び存在を誇示するために再生し始めました。ほらっ!」

 そういうと白衣の男は、寝台のシーツをまくって見せた。

 そこには、以前のままホクロのある憲吾――としか思えない、が眠っていた。

 そいつを指差して、白衣の男が言った。

「君が消えれば、彼がかわりに目覚めますよ」

「ホクロのない俺は消えてしまう運命なのか?」


「そう。彼が新しい『ホクロくん』です!」


 ――その声に憲吾の存在は完全に消された。



                          ― おわり―

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