第37話

 九州大会での団体戦、通天高校は準決勝で敗退し、ベスト4で幕を下ろした。翌日の個人戦は三年生の龍生が60㎏級でベスト8、同じく三年生の佳祐が96㎏級で3位、二年生の彰が66㎏級でベスト4という結果に終わった。


幸隆は結局、団体戦で一度も勝つことは出来なかった。ただそれでも、1ラウンド先取した試合があった。それだけでも凄いことだった。


そして個人戦での55㎏級での試合、決勝戦を実際に観戦していた幸隆は驚いた。


「これ同じレスリングなのか?」


目にも止まらぬ速さ。階級の差もあるだろうが龍生よりもなお早い。今まで龍生より早い選手を見たことがなかった幸隆は、その速さに驚愕した。


レスリングはここまで早く動くことが出来る競技だったのだと再認識した。相手選手は翻弄され、なかなか喰らいつくことが出来ていなかった。この試合を見て幸隆は自分が目指すものはこれだと定めた。


驚くべき身のこなしとスピードで勝利した者の名は『陶山光一すやま こういち』。九州大会で個人戦55㎏級で1位。


宮崎県立宮崎商工高等学校の三年生だった。


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「いやぁ凄かったね! 私興奮しちゃいましたよ!」


マネージャーの優香が今日の試合を見て興奮が冷めない様子でそう言った。


「それはレスリングでか? それとも男同士での絡みでか?」


くっくと笑いながら訪ねる佳祐に優香は顔を膨らませて答える。


「レスリングでですよっ もう……人が珍しく純粋にレスリング見て興奮してるのに」


幸隆に同意を求めるようにねっと声をかけると、幸隆は頭の中で何かをシュミレートしていたようではっと我に返った。


「え? あっはい優香先輩いたんすね」


「ひどっ 大会の間ずっと身の回りのお世話とか手伝いとかしてたのにっ」


「スミマセン美優先輩の方が目立ってたんで」


ちなみに目立っていたのは主に胸の大きさのせいだ。そのおかげで他校の選手からも注目を集めていた。


コノーと言いながら幸隆の頭をわしゃわしゃと掻きまわす優香。迷惑そうに嫌がる幸隆。


「あっでもこの感触気持ちいい……」


いい加減にしてくださいと払いのける幸隆は、ずっと一位になった光一の試合を思い出していた。


どうすればあんな風に早く動けるのか、瞬発力、筋力。それを高めるためには……


再び考え始める幸隆に、部長の龍生が集合の合図を出す。


「ほら、集合してホテルに帰るぞー幸隆。優香も騒いでないで早く来ないか」


龍生に注意されてしぶしぶと撤収しはじめる優香。幸隆はバスに乗っている間も、ずっとこれからどう練習すれば良いのかを考えていた。


明日、通天高校レスリング部は沖縄に帰る。



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