【月女神の天蓋】

「とにかく、こちらへどうぞ。折角だ、自称吸血鬼に会わせてあげよう」

「僕の仕事は………」

「空気を読みなさい、ロディア」


 何故僕が怒られるのか。

 ここへは仕事で来ているのだ、怪情報ゴシップ真贋しんがんなんてどちらでも良いだろう。


 勿論、リズの気持ちは理解出来る。


 彼女の立場ならば、現れた【吸血鬼どうほう】の真偽は気にかかるところだろう。直ぐにでも、調べたい筈だ。

 しかし、と僕は思う。

 それは後で良い事ではないか。リズの調査はあくまでも個人的な事であるのだから、先に仕事の方を片付けても良い。と言うよりもそうすべきである。


 何しろ、未だ僕は修理すべき魔石工芸品ジェムアーティファクトを見てもいないのだ。検分して必要な道具や材料、時間などを先ず調べたい。その上で、時間があれば吸血鬼とやらの騒動に手をつければ良い。

 寧ろ、極端な話をするのなら、僕が修理している間リズは手が空く。暇潰しキリングタイムならその時にしてくれれば良いじゃあないか。


「暇潰しなんかじゃあないわ」


 リズは唇を尖らせる。


「可及的速やかに、初動の遅れを取り戻す必要があるのよ」

「初動の遅れ? 確か、犯人は捕まったんだよね。なら、遅れてはいないんじゃない?」

「きちんと捕まえているのなら、ね」


 僕は首を傾げた。きちんとも何も、捕まえているからこんなにもホルンさんは落ち着いているのだろうに。

 リズは僕を、まるで何度言っても待てステイが出来ない犬に対してするように冷ややかに見た。彼女は猫派なのだ。


「貴女の欠点はね、ロディア。応用力と想像力の無さよ。この場合、危機感を追加ベットしてあげても良いわ。貴女は先程自分で言ったわよ、『火の無い所に煙は立たない』と」

「それ、言ったのは君だよ」

「貴女の口から出て貴女の耳に入るのと、私の口から出て貴女の耳に入ったのなら、同じことよ。貴女は持っている鍵を使わずに家に入ろうとしているわ」


 とても納得はいかないが、仕方がなく僕はリズの発言を思い起こす。

 似たような事なら、僕も言った。過去からの警告に何の根拠も無いのなら、現在の大人が従うわけがない、と。

 そして事実、ここでは昔から何かが起こっている。


「だから、応用力と言ったでしょう? 人は自分の身に被害が及ばないと、他人の警告に耳を傾けない。なら――?」

「それは………」

「賭けても良いわ、ロディア。もし本物の吸血鬼なら、ホルンの言う【逮捕】なんか気休めにも成らないわよ?」


 僕はため息を吐いた。


「………実際、本物の可能性はどれくらいあるんだい?」

「限り無くゼロに近い、とだけ言っておくわ。けれどゼロではないのよ」

「確かめるしかない、か」


 明らかに気乗りしない僕を見かねたのか、ホルンさんが苦笑する。


「ご安心下さい、ロディアさん。私の事務所オフィスに行くまでに、貴女のは見られますよ」

「確か、明りだったと思いますが。表に設置されているんですか?」

「設置と言うか………まあ、見れば解るでしょう。どうぞご覧ください」


 ホルンさんは言葉を濁すと、村の中へと入っていく。僕たちは首を傾げながら、そのあとを追った。

 そして直ぐ、『見れば解る』という意味を理解した。


「うわあ………」

「へぇ、これは………」


 村は森の中、切り開いた広場のような空間に


 丸太を組み合わせたログハウスが、程ほどの隙間を空けて立ち並んでいる。それらの外壁が、各々色とりどりの花や葉で飾られているのだ。

 【熊の生け垣エバーグリーン】。

 同じ人物の作品なのか特徴らしい特徴の無い似たような造りの家だが、どうやら材料で違いを出しているらしい。各人が好きな木を選んでベアーに伐り出させ組み上げたのだろう、生きたままの丸太は見事に咲き乱れ、緑と茶色の海に鮮やかな珊瑚礁を生み出していた。


 そしてそんな幻想的な光景のに、僕の仕事相手は有った。


 村を囲む、森の大木。その枝から枝へと、純白の天幕カーテンが引かれていたのだ。

 僕は眼を細めて調

 どうやらそれは、純白の糸が幾本も張られているようだった。端の枝では細かく別れ、中央に近付くにつれて集まり、布のようになっているのだ。

 その糸を、僕は


「これは………【月女神の天蓋ヘイジームーン】?」

「流石、良くご存じですな」

「えぇ、まぁ………」


 感心した様子のホルンさんに、ありのままを答えるわけにもいかない僕は曖昧に頷く。

 勿論知っている。これは数少ないの品なのだ。何しろこれは――マギアが設計して、


 面白くもない役立たずトップへビーパーソン。マギアが嫌いなのは、そういうものだ。


 基本的に、造りたいと思ったものは何であれ創り出していたマギアだが、【月女神の天蓋】は用途があまりにも限定されるので創らなかったようだ。

 何しろ、これは………


 海風のように奔放なマギアをして、無意味と断じられる代物。それを、この村で誰か作ったのか。

 何のために、いや、何のつもりで?


「これは、村全体を覆っているのですか?」

「えぇ。凄いでしょう?」


 胸を反らすホルンさんに、僕は再び、曖昧に頷いた。

 確かに凄い。――凄い、無駄遣いだ。


「破損箇所がありまして。ロディアさんにはそこの修復をお願いしたいのです」

「費用がかさみますよ、ホルンさん」


 少し悩んでから、僕は正直に告げることにした。

 仕事としては、簡単だ。時間と金さえかければ容易く達成クリアー出来る仕事タスクに過ぎない。


 とは言え、その量が問題だ。


 特に金銭は、相当かかる。使用する材料の多さもまた、マギアが採用しなかった理由の1つなのだ。

 僕が払う訳ではないが、他人に無責任に払わせるほどの額ではない。


「良ければ、何か代わりの魔石工芸品ジェムアーティファクトを用意しましょうか? もっと安価な物ならば、幾らでもありますよ」

「構いません、我々の条件にはあれが合うのですよ」

「………そうですか」


 ホルンさんの言葉に、渋々僕は引き下がる。

 支払う本人が良いと言っているのだから、僕からこれ以上とやかく言う筋合いではないだろう。

 引き下がった僕を、ホルンさんは何故だか嬉しそうに見詰める。


「やはり、貴女に頼んで良かったです」

「え?」

「そうやって、正直に話をしてくださったのは貴女だけです。費用の話をしてくれたのもね。………流石は、マギア・クラリスの弟子ですね。彼女は、正直でした」

「………」


 当たり前の事をしただけで褒められるとは。世の中、当然以下の悪人が多いということだろうか。

 複雑な気分でリズの方を見ると、相棒も妙に険しい顔でホルンさんを見ていた。


「………リズ?」

「なんでもないわ、少なくとも今は。………ところで見たところ、破損している様子は無いわね?」

「破損しているところは、村の奥になります。………私の事務所オフィスの真上ですよ。吸血鬼が捕らえてある、ね」


 その言葉に僕は大きく肩を落とし。

 リズは、嬉しそうに笑った。

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