第10話演者の無い人形劇

 技術の進歩に必要なのは脅威である。

 自然の脅威、猛獣の脅威、果ては隣人からの脅威でさえ、技術の進歩の糧となる。

 困難の克服こそが、進歩の全てだ。知恵というものはすべからく皆、脅威への対抗としてのみ生まれてくる。


 人に造られた人形たちもまた、進歩する力を持っていた。自分たちのパーツを組み替え、魔石回路の意味を反転させ、たった一人の少女へ対抗するべく進歩した。


 だが。


 最善の対応をしても、届かないものがある。


「あら、お帰りなさいロディア。なかなか早かったわね?」


 階段を降りた僕たちの前に広がっていたのは、地獄絵図だった。

 壁や床に人形たちの破片が散らばり、辛うじて蠢いているものたちも腕がもげたり足がもげたり、五体満足なものはひとつもいない。

 背後で、スウィフト氏が息を呑む音がした。人形の製造に携わる者にとっては、死体が散らばっているのと同じ眺めだろう。僕にとってもまた、笑って見られる場面ではない。


 それを為した美貌の吸血鬼に、僕は慎重に歩み寄った。


「ずいぶんだね、リズ。徹底的に叩き潰してるみたいだけど、やはり【狼】を?」

「いいえ?数が多くてすばしっこいから、あれだけ大きいと不便だもの」

「………素手で?」


 僕は人形のを見る。部品はもちろん、炉心たる魔石まで砕かれている。

 槍で突こうが斧で叩こうが、傷ひとつ付かない程頑丈なのが魔石である。ずぼらなベアの鉱夫が、魔石を採るために鉱山を爆破したという笑い話さえある程だ。

 その固さゆえ、加工のために技工師僕たちがどれだけ苦労してきたと思っているのか。


「………そちらが、シュトローマン?」リズが代替ユニットの胸辺りを見て眉を寄せる。「………あなた………」

「リズ、話は後だよ」僕は慌てて口を挟む。「それじゃあ、頼む」


 代替ユニットは頷き、前に進み出る。

 その姿に、生き残った人形たちがびくりと震えた。

 さて、どうなるか。どうやらリズは気付いたようだが、果たして人形たちは気が付くか?

 僕が見守る前で、代替ユニットは口を開いた。


「………お前たち、ご苦労だった。通常の業務に戻るがいい」


 僕にもリズにも、その声音がシュトローマンに似ているのかは判断できない。恐らく、スウィフト氏も最近のシュトローマンの声は判別出来ないだろう。だが少なくとも、人形の不自然な合成音声とは全く違っていた。


 うまくいってほしい。

 僕は、これこそがシュトローマンの意思だったのだと思っている。いずれ死ぬ自分の後を、人形に継いで欲しかったのでないかと思うのだ。

 だからこそ、代替ユニットの外見を自分そっくりに作り、人のものに近い発声機関を備えさせたのだろう。


 ひどく長い時間が、経ったように感じた。


「おぉっ………!!」


 人形たちはゆっくりと動き出すと、街の方へと進み始めた。

 壊れかけの彼らは、道中で隣の死にかけと身体を継ぎ合わせ、最適な形に作り替えていく。それはまるで樽のような、ユーモラスな外見だった。


「うまくいったわね、ロディア」リズが微笑みながら僕に囁く。多少物足りなさそうに見えるのは、気のせいだと思いたい。「これからどうするの?」

「………わかりません」


 首を振る代替ユニットは、心なしかしぼんで見えた。


「私は、シュトローマンではない。指令を出すことは出来ても、司令にはなれません。私には、ヒトのような思考力はないのです」

「なら、町長さんと協力なさいな」


 リズが事も無げに言う。

 突然名指しされたスウィフト氏は、驚いて少し飛び上がった。


「この街の管理者でしょう、貴方は。設備の運営も仕事のうちよ」

「う、うむ………」

「シュトローマンとやらの後始末なんだから、しゃんとしなさい。貴方は、弟子なのでしょう?弟子というのは師匠のあとを継ぐものよ。師匠がそれを望まなくてもね」


 リズがちらりと僕を見た気がする。気のせいだろうか、それとも、察するのに僕が若すぎるだけだろうか?

 いずれにしろ、答えは無く、リズは代替ユニットに目を向けた。


「あなたの意見はどうなの、シュトローマン?」

「………私はシュトローマンでは………」

「いいや、。そう名乗ったのだから、そうならなきゃダメだ」


 僕もそこは譲れない。シュトローマンの目指したものを、彼が遺したものたちに叶えてもらうためには、そうするしかない。

 誰かがやりかけたことを、次の誰かが叶えてやること。それが、生命の意味というものだ。

 乗り越えてほしい。先人の死体を踏み台にしてでも。


 スウィフト氏とは互いに向き合っている。どちらも相手の瞳のなかに答えを探そうとしているようだ。だが結局、そこに映るのは自分自身にすぎない。


「………これでなんとかなりそうね、ロディア。私たちはどうしようかしら?」


 僕は黙って、打ち捨てられた人形の腕を拾い上げると、ひらひらと振る。

 リズが、いやスウィフト氏さえも、不思議そうに首を傾げた。その様子が可笑しくて、僕は吹き出しそうになりながら答える。


「僕は、記憶力は良いんだ。【風生み鳥】の修復の件、忘れてないよ?」

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