第7話司令塔

 塔の扉は、当然のようにロックされていた。僕らの来訪を知っているのか、或いは単なる防犯意識だろうか。

 ちらりと僕は同行者を見て、ロックの解除に取り掛かることにする。


「時間かかりそうなの?」

「君がお喋りを続けるつもりならね」


 ひょいと僕の肩越しに手元を覗き込むリズに、軽口を返した。まあ、二十分もあれば解錠できるだろうか。

 そう言うと、リズは目に見えて不機嫌になった。


「面倒だわ、退きなさい」

「………何する気だい?」

「良いから。………ねぇ、スウィフトさん。ここ、?」

「え?あ、あぁ、構わないが………え?今そのためにロディアさんが………」


 呟く声が、スウィフト氏に届いたかどうか。

 そっと、石の扉にリズが手を触れた、次の瞬間。


 


 旧い友人にするような、気軽な挨拶のような、ポンと肩を叩くような仕草の何処にこんな力が籠められていたのか。


「………は?」


 僕の驚きなどまだマシだった。何せ僕は、リズが吸血鬼ということを知っている。知らなければ、多分茫然自失は免れなかっただろう。スウィフト氏のように。


「ちょ、き、君はいったい?い、今、何を?」

「あら、失礼しましたわ。自己紹介しなくっちゃね」リズはうふふと微笑むと、スカートの裾を持ち上げて膝を曲げた。「私はリズ。真祖吸血鬼エルダーノーブルよ」


 スウィフト氏は、酸素の足りない魚のようにぱくぱくと口を開け閉めしている。何を言えば良いのか、事態に頭がまだ追い付いていないのだろう。

 それを待つ時間はない。


「管理者であるところのスウィフトさんの許可だから、問題ないわね、侵入はいっても」

「そうなのか?なんだか、ズルい気もするけど」

「良いから、行くわよ。これをノックと受け取ってくれるならともかく、強行突破したらあとは速さが肝心なんだから」


 シュトローマンはともかくも、彼の作品たちは、こんな強引な侵入を黙って見過ごしはしまい。


「門を破ったら、あとは死ぬまで走るだけよ。それが、戦の常識だわ」

「そう。因みに聞きたいのだけれど、リズ。?」

「決まってるでしょう」


 砕かれたドアの向こうには、車輪つきの樽が大量に並んでいた。

 その先頭には、まるで住人のように全身に布を巻いた、人型の人形がいた。

 友好的な歓迎、ではなさそうである。僕は眉を寄せて、リズは獰猛な笑みを浮かべた。


「蹴散らすのよ」


 その肉体が、淡い光に包まれていく。最高位の夜の女帝が、その牙を剥いた。


 ………………………


 人形たちはもちろん、扉の向こうに招かれざる客人の存在を感知していた。

 彼らの内一人は、街で【収穫役】が会敵したのと同じ相手らしい。突如霧に変わり逃げたという話から、人間とは異なる生物のようだと【街】は分析していた。

 扉が破られた時も、だから彼らは動揺しなかった。たった一度、自分達の攻撃をかわして逃げただけのごく短い戦闘期間でしかなかったが、人形たちは正しくリズの幼い肢体に秘められた力を把握していたのだ。

 失敗は、一つ。計算ミスだ。

 計算の根拠である、リズの肉体に秘められた力。彼らは、


 扉が開いた後、そこにいたのは。

 


 ………………………


「【肉体変異メタモルフォーゼ月食みの巨狼マーナガルム】」


 リズの声は、低い唸り声に混じって聞こえた。

 いや、声が変わってなかったらそれはそれで怖い。何せ今、その身体は少女のものではない。

 踏み込んだ塔の、天井付近に達するほど巨大な、銀色の毛皮の狼に変容していたのだ。

 隣では、スウィフト氏が絶句している。腰を抜かしたりしていないだけさすがだが、もしかしたら思考停止しているだけかもしれない。


「さあ、蹴散らすわよ………!!」

「気を付けてくれ、リズ。天井とか壊すなよ?」

「善処するわ」


 リズの四肢に力がみなぎる。その身体が深く沈み、次の瞬間、跳ねた。


 地面が揺れた。

 銀色の嵐が、人形の群れに吹き荒れる。


 最初の一撃で、半数が吹っ飛んだ。突撃とともに叩き付けた右前足で、更に被害は広がる。


「巨大な上に、速いのか………凄いな、まったく」

「………本当に、吸血鬼なんですな………」


 復帰したのか、それとも諦めたのか。スウィフト氏がポツリと呟く。

 この辺り、吸血鬼の知名度の高さが有利に働いたといえる。戯曲や小説の中で散々語られているため、彼らが出来ることは世間にかなり知られているのだ。まあ中には、日光のように誤解もあるが。


「しかし、ロディアさん。気を付けさせた方が良いのではないですか?彼らは、ずいぶん鋭利な刃物を持っているようですが………」


 人の体を切断してしまうだけの刃物。しかも、実際に遭遇したリズの話によれば、かなり離れたところから切断されたという。

 はっきり言って、そんなものに挑むのなら、警戒だけではまるで足りない。射程もその正体も解らないままで相対した場合、待っているのは敗北だ。

 戦いを分けるのは情報だ。リズではないが、それが戦の常識というものである。


 だからこそ、僕は首を振った。


「大丈夫です。その武器の正体も、解ってます」

「え?」スウィフト氏は、今日一番の驚き顔をした。正直失礼だと思う。「そ、それはいったい?」

「………【風生み鳥】ですよ」


 僕の言葉に、スウィフト氏は目を丸く見開いた。このまま数回驚かせれば、目玉が転がり落ちるかもしれない。


「い、いや、いくらなんでも風で斬るのは………」

「確かに、風では難しいでしょう」


 世の中には、人工的にかまいたちを生み出す技もあるそうだが、人形でそれを再現するのは難しい。神の奇跡どころか、人間の技さえ、まだまだ僕らは再現しきれていない。

 だからこそ、


「逆?」


【風生み鳥】は、風を生み出す。

 今回は逆に、風を


「風を取り込み、内向きに強風石を発動させます。これにより内圧を高め、同時、蒸気の水分を氷河石で水に戻す。そして、それを吹き出すと」

水鋸ウォーターソー………!」


 僕は頷く。

 高い圧力で吐き出した水は、岩すらも切り裂く刃となる。魔石採掘には良く利用される技術だ。

 それを人体に向けたら、まあ、肌が岩よりも堅くない以上結果は見えている。

 何故それを使ったのかは、切断面を綺麗にするためだろう。


「し、しかし、ならやはり気を付けさせないと!!」

「あぁ、大丈夫ですよそれは」


 簡単に頷いて、それからふと思い出して、僕はスウィフト氏に質問する。


「………まさかここ、?」

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