第6話嵌まり始める破片

「………肉体を奪う殺人者?」

「えぇ」


 リズの報告は、手短なものだった。珍しく、皮肉めいた喩え話もないその報告に、僕は顔をしかめる。

 詰まりは、それだけ事態が切迫しているということだ。下らないことを話している時間はないという証左に当たる。


「【霧】でどうにか逃げたけれど、危なかったわ。最初に首を狙われていたら、そのまま微塵切りね」

 リズの左腕は、既に治っている。多分、僕に見せるためにそのままにしていたのだろう。

「というわけで、ここにいるのはリスクが大き過ぎるわ。いつどこから襲われるか解らないもの」

「解らないって………君は、人の居場所が何となく解るんじゃなかったかい?」

「何となくじゃあなくて、解るわよ。私は生命体の魂を把握している、どこにどの程度の強さの奴が居るのかは簡単に解るわ。だから困っているのよ。あの瞬間まで、私はそいつに気が付かなかったんだから」


 僕としては、そしてマギアとしても、【魂】なるものについては懐疑的だった。記憶の中のマギアは、それを再現することを視野にいれて研究していたようだが、実現した記憶はない。

 僕自身は、あるかないか解らないものでしかない。少なくとも見たことはない。


『魂とは、生物ならば誰もが持っているものよね。持っていない者は生物とは呼べない………


「っ!?」

「ロディア?」

「………あぁ、いや、大丈夫。ちょっと目眩がしただけだよ」


 何だろう。記憶が、ような気がしたけれど。

 いつも見ている机の上に、もうずいぶん前に無くしたと思っていた万年筆を見付けた時のような、不意の衝撃。だが見付けてしまえば、そこにあって当たり前のものに過ぎない。

 先程のは、マギアの声だった。暗い視界には誰か立っていて、マギアぼくはその誰かに語りかけているのだ。

 細部までは、判然としない。何せ前世の記憶だ、その辺りは仕方がない。


 それにしても、と僕は思う。なんていうタイミングで浮上した記憶だ。まるで、マギアが僕にアドバイスでもしてくれたようだ。

 大丈夫。僕は心の中で頷いた。これで、破片ピースは完璧に嵌まった。


「………リズ、スウィフト氏を解放してくれ」

「ロディア?貴女、何を言って………」

「大丈夫。ここから逃げるよりも、


 リズは少し悩む素振りを見せた。

 もし彼女が納得しないなら、それはそれで打つ手がない。リズの力ずくに抗えるほど、僕は腕っぷしに自信はない。

 だが、僕には勝算があった。

 リズは自由人だが、プライドが皆無な訳ではない。勝ち目のない相手から逃げるのは許容できても、勝ち目があるのに逃げることは嫌なはずだ。少なくとも、僕の記憶の中のリズはそういう人間吸血鬼である。


 果たして、リズはため息を吐いた。

 心底嫌そうに、指を鳴らす。


「まったく………面倒なことね」

「ありがとう、リズ」

「別にいいから、早く済ませなさい。追い付かれたらどうするの?」

「それは大丈夫だよ。犯人は多分、。………そうですよね?スウィフトさん」


 僕の、形式的には問い掛けの姿をとった確認に、【魔眼】から解放されたスウィフト氏は肩を落とした。

 それから、言葉少なに頷く。


「どういうこと?詰まり、この男が犯人なのかしら?」

「違うよ、彼は、犯人を知っているだけさ」

「………確証は、無かった。だが、あり得る話ではあると思っていた」


 観念したのか、スウィフト氏は口を開いた。どことなくホッとしたようにも見えるのは、勘違いではないだろう。

 人は誰も、秘密を抱えて生きるには脆すぎる。


「犯人は………


「………やはりそうですか」

 僕はため息を吐いた。こんなにも外れてほしい予想は初めてである。

「説明が配慮に欠けているとは思わない?」リズが苛立たしげに僕を睨む。「誰が聞いても解らないと、説明とは言わないのよ?」


 僕としては、気の進まない説明だ。ちらりとスウィフト氏の方を見ると、老ドグも似たような感情を視線に載せてきた。

 二対一か。多数決は民主主義を殺す悪癖だ、まったく。

 仕方なく、僕は説明することにする。


「シュトローマンの作品は、一つの地域そのものを全体主義的なシステムに取り込むものなんだ。直接組み合わせてある機関は勿論、傍目には別なものにしか見えない物も繋がっている。それが、シュトローマンの作品でさえあればね」


 例えば、全く個別の意思を持って動いているように見える、清掃用の人形たちでさえも。


「そして、それらを統括する指令ユニットを置くのも、シュトローマンのやり方なんだよ」


 一つのための全てオールフォーワン。歯車のすべてが尽くすべき主が、全ての作品には存在するのである。

 ここで問題なのが、この街の指令ユニットはなにか、ということだが。


「マギアがここを特別なものと見なしていた理由はね、リズ。ここの指令ユニットが特殊だったからなんだ」

「特殊?」


 リズは首を傾げて、そしてスウィフト氏は、力なく微笑んだ。

 やはり、彼は知っていたのか。


「その通りですよ、ロディアさん。この街の指令ユニットは………


 ………………………


「この街の設計を終えた後、シュトローマンは自らの工房アトリエを構えました」


 歩きながら、スウィフト氏は語り始める。僕とリズは、黙ったままでそのあとを追った。

 既に、街は夜の帳に包まれている。夜の砂漠は一気に気温が下がるのだが、立ち込める蒸気が適度な気温を維持しているようだ。つくづく、無駄のない設計である。


「もしかしたら、最初からそのつもりだったのかもしれませんがね。当時は線路も無かったですし、この砂漠を越えてまで会いに来る者もいないでしょうからね」


 シュトローマンの人間嫌いは有名だ。これは狭義の【人間】であり、獣人に対しては逆に、彼は友愛と尊敬をもって接していた。

 その根底には、病気がちな自らの肉体への不満や劣等感があったと言う者もいるが、本当のところは本人にしか解らない。

 他人の心の内を推理することほど、自分も他人も不幸にすることはない。


「私たち弟子たちも、移り住むのは苦労しました。何より、師匠が嫌がっていましたからね。中には、仕事のある他所へと移る弟子たちも多かったですよ。残ったのは、他所へ移っても何も出来ない、才能のない者たちです………私のようにね」


 僕は、先程の【風生み鳥】を思い出していた。

 あれは、スウィフト氏の作品だったのだろう。それも恐らくは最近作られたものだ。

 出来映えは、可もなく不可もなくというところだ。職人としては、確かにやっていけそうにはない。

 だからかもしれない。彼は自分での修理を諦めた………作った作品が直ぐに壊れて、自信を失ってしまったのだろう。


「だからこそ、私は早い内から職人として諦めていて、代わりに、師匠と外界との橋渡しを務めました。大陸制覇鉄道も出来て、大変でしたしね」

「それで、町長ってわけね。シュトローマンさんも、喜んだのでなくて?」

「あはは、まさか。あの人は作品のことしか頭にありませんでしたよ。人が増える度、彼らを世話するための人形を生み出し続けていました。一ヶ月前まではね」


 一月前、か。

 シュトローマンは、マギアの記憶では壮麗な人間族ヒュムだった。それから既に五十年は経っているから、相当な高齢であることは間違いない。元より頑丈でない彼だ、一月前に何か、体調を崩していたのだろうか。


 いや。正直に言おう。

 僕は、それも予想はしていたのだ。というよりも、それこそが最後の破片であったと言える。

 指令ユニットたるシュトローマンの不調は、この事件に欠かせない要因なのである。


「………本来の【風生み鳥】は、人形たちに持ち出されたのですね?」

「そこまで、お見通しですか。流石ですな」

「どういうことよ、本当に、私にも解るように言いなさい」


 リズが堪えかねたように僕に命じる。瞳に【魔眼】の気配があったが、僕にはそういうのは効かない。

 やれやれ。僕はため息を吐いた。正直、言いたくはないのだが。


「………シュトローマンの作品の、修理方法を教えようか。パーツの組み替えだよ」

「パーツの?」


 シュトローマンの作品は、全てが連動している。何か一部が壊れたら、他のパーツを外して組み込むことで代用できるのだ。

 だから、僕は【風生み鳥】の修復という依頼自体に不思議な思いを感じていたのだ――それでもどうしようもない程の破損なのかと思ったのだ。


 さて、ここで問題だ。

 機関の故障は、同じ機関の、主に人形たちを分解して組み込むことで修復する。

 調


「………………………」


 リズが嫌そうな顔をした。だから、僕も言いたくはなかったのだ。

 しかし、言い掛けたことは仕方がない。聞いた方が悪いんだから。僕はなるべく淡々と、結論を述べた。


「街は、修復を行うつもりなんだよ。


 ちょうど僕たちは、目的地に辿り着いた。

 スウィフト氏が自宅の窓から常に見ていた場所。

 街の中央に位置して、外壁よりも高い建物。

 ナイショクの塔――シュトローマンの居城に。

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