ドキドキ! ファナティックランド・2

 エントランスを抜けた時は一面に季節の花が咲いていて、周囲の空気はもう違って弾けていた。


 触発されたように喜亮と千紗がはしゃぎ出す。

「おー、この感じこの感じ!」

「前に来たの三ヶ月前だけど、一気にあの時の記憶を思い出した! それでいて新鮮さも消えないねっ」


 そんな二人に衛士が問い掛ける。

「前にも来た事有るのか?」

「おうっ、二人きりでは一回だけな」

「楽しかったよねっ、喜亮」


 お互い仲睦まじい雰囲気を発する所に、芽衣子も話に加わってきた。

「ファナティックランドって色々アトラクションは変えても、エントランス周辺のこのフラワーガーデンはずっと変えないようにしてるって、聞いた事が有る」

「そうなの、芽衣子ちゃん?」


「うん、季節で花の種類は変えるけどね。さっき千紗ちゃんが言ったじゃん。懐かしいけど新鮮でもあるって。来る時期に依って花は変わるけど、ガーデン自体はずっと在る。ここに来た客が正に前来た時と今を思い比べて、それがこのファナティックランドを強く印象付かせるの。まあ営業戦略ってヤツね」

「喜亮、分かる?」

「ごめん。俺は千紗しか見てなかったから、正直入口の風景とかはあんまり覚えてなくって……」


 千紗の問いに、喜亮は碌な答えを寄こさずいきなり惚気のろけだした。

「喜亮……もう、しょうがないんだからぁ」

 千紗は千紗で満更でもない。

「いや、それでも花くらいは見てる筈だし千紗ちゃんもそこは突っ込もうよ……」


 呆れ返る芽衣子に衛士が助け船を寄越す。

「このバカップル、どっちもどっちなんだよ。だからだから、大目に見てやってくれ」

「あー、成程ね」

 衛士の軽妙な話し口調は、芽衣子に理屈じゃない理解をしようという気にさせる。


 話が長ったらしくだけで、言ってる事は別に普通といった男子は多い。そんな中で衛士の話し方は簡素だけど力が有って、こっちがちゃんと聞かないといけないんだなと、寧ろそんな風に芽衣子に思わせていた。


 ――男っていうのは、先ずそういう所に表れるのかもしれない――


 芽衣子はふとそんな事も思った。それは高校二年生になる年頃女子の、男子ではなく男を知っていく過程での、ほんの一つの思い付き。


「俺はエントランス周辺なんて、元々そんなに変えようがない気がしてるんだがな」

「えっ?」

「誰かがほんの思いつきで言った事が、変に拡散されて噂になっただけじゃないかって事」

「あー」


 衛士に言われて、芽衣子も――そうかも?――と思ってしまった。衛士の端的な現実目線に引っ張られた感覚が有ったからである。

とはいえ、ドヤ顔で皆に語ってしまった手前、素直に認めるのは恥ずかしい。

「良い喜亮? これからはここに来る度に、少しでも変わった所が無いかチェックするからね」

「おうっ、そういう事なら俺もしっかり覚えとくぜ。だからまた来ような千紗」


 未だに芽衣子が振った話で盛り上がっている二人を見て、衛士がふと呟く。

「まあ、話のネタってのはあくまで本当かどうかより使い方の問題だよな。あいつらはそれで楽しそうにやれてるんだから良いんじゃね?」

「そ、そうそうっ! いやあ、私も言った甲斐が有ったなあっ」


 笑って凌いだ芽衣子。前方を向くが、それは恥ずかしさで顔が赤くなりそうだったのを、衛士達に気付かれたくなかったからである。

「じゃあさっ、早速だけど何処から回る?」


「やっぱり定番のジェットコースター、だよな?」

 衛士の提案に一同、異議無しと唱えた。

「そだね。待ち時間も考えなきゃだし、から攻めてこっ」

「人気の箇所は行列になってるもんなぁ。千紗はそういうトコに気付いてくれるから俺助かるよぉ~」

「喜亮君は自分が千紗ちゃんをリード出来なきゃ駄目だと思うけど……」

「お、芽衣子ちゃん良い事言ってくれるじゃん! 喜亮、これが女の子の意見よ!」


 どうやらこのフラワーガーデンの雰囲気の効果か、早々にこの四人で居る事が自然になりつつあったようである。


 ※


 ファナティックランド・エントランス前。


「たったこれだけしか集まってないのかよ!」

 二人の不良仲間に対して、渋谷恭平は眉間に皺を寄せていた。

「いやいや恭平、いきなりこんな所に集合掛ける方が悪いと思うぜ?」

「そうそう、来た俺達には寧ろ感謝して欲しいわ」


 悪態を吐いてくる彼らに、恭平は更に顔を歪ませる。

「うるせえっ! ノブもカツももっとやる気出しやがれ!」

 不良仲間――ノブとカツはやれやれという顔を止めない。

「だって恭平が彼女に嫌われるのが悪いんだろぉ?」

「他の男に取られないように捕まえろって、それもうストーカーじゃんよ」


 彼らの言い分は尤もだったが、それでも恭平の心には届かない。

「嫌われてるんじゃねえ! あれは芽衣子が誤解してるだけで俺は悪くねえんだ! ちくしょう、芽衣子を騙しやがったあの佐倉衛士だけは絶対ぶっ飛ばしてやる!」

「カツ、お前恭平の言ってる事分かるか?」

「さあ、口調のリズムは良かったなと思うけど?」


 細かい説明無しに自分の言いたい事だけシャウトされてるのだから、このカツとノブの反応は仕方無いのだ。寧ろ優しい態度だろう。

 それでも恭平はこのままでは埒が明かないと考えて、強引に先を進んでいく。


「ほら行くぞ!」

 二人は顔を見合わせて溜め息を吐いてから、渋々恭平を追い掛ける。

 早足になっていた恭平とは距離が開いていると知りながら、ダラダラと歩くノブとカツ。振り向いてそれに気付いた恭平が、怒鳴ろうとした時――


「うおっ!?」

 背後から、主に尻の辺りに衝撃を受けてよろめいた。

「痛ってえ!」

 幼い男の子の声がして恭平は、自分の目線の高さには無かったその男の子の姿を追うように下を向く。


「んだよガキ、気を付けろっ!」

「なにぃ! お前が急に止まったからぶつかったんだろ!」

 脅せば怯えると思っていたのに、男の子は間髪入れずに言い返してきた。

「こいつ……! 調子に乗りやが――」

「キミ、ごめんねっ」


 恭平の下げていた視界に飛び込んだ、ジーンズで包まれた細身の脚。その脚の主が大人の女の声を放ってきたのだ。

「あ……」

 恭平はと顔を上げた。


「まだ小さい子のやる事だから大目に見て欲しいな。なーんて?」

 綺麗な顔をしながら小首を傾げて、逆にこちらに甘えたような言い方をしてくる彼女。

 恭平は一瞬どう切り返して良いか分からなかった。


「いや、その……」

「桜花姉ちゃん、こんなのほっといて早く行こうぜ」

 恭平の事はもうどうでも良いとばかりに、男の子が大人の女を名前で呼んで歩き出す。


「ちょっと優士君っ。……ホントにごめんね?」

 彼女はそう言ったが、その言葉には『だからもう怒らないでね』という含みが込められている気がした。

 大人の色香とさを放ちながら、女――桜花は優士というらしい男の子を追っていった。


 それから何人かに先を行かれたが、恭平は暫し茫然としていた。

 結局男の子にも女にも翻弄されていたのだと、自分に呆れたからである。

「……なんなんだよ。ガキと二人連れか? 遊園地なら彼氏と来いってんだよ」


 悪態を吐く恭平に、ノブとカツが今になって近付く。

「気にすんなよ恭平。めっちゃ美人だったじゃんか」

「そうそう。めっちゃ美人と話せただけでラッキーだろ?」

 慰めているようだが、ちっとも心が籠っていない事が直ぐに分かる。


「うるせえ! 俺は芽衣子一筋なんだよっ。オラ、さっさと入るぞ」

 そう言い捨てゲートを潜る恭平。

 しかし……


 パンパカパーン! パフパフパフー! ピーヒャララッラー!

「おっご!?」

 潜ったと同時に鳴り響いたファンファーレ。普通の状況ではない事は明らかだった。


「おめでとうございます! 貴方はファナティックランドの今年に入って五十万人目のお客様です!」

 無駄の無い動きで近付いてきたスタッフが満面の笑みで言ってきて、恭平はビビる。


「ちょ、俺はそういうんじゃ……」

 遊びに来た訳じゃない、直ぐにでも芽衣子を見付けたいだけなんだ!――そう言いたかったが、スタッフはお構い無しに恭平をへと仕立て上げていく。


「お客様には思い出に残る、素敵な催しを用意しておりますよぉ~!」

 他にも何人かのスタッフに囲まれてしまい、すっかり身動きが取れなくなっていた。

「おいノブとカツも……助けてくれ!」

「いや、俺らも捕まってるし。普通こういうのって一緒に来てる奴も対象だろ」

「でも何かくれるってんなら俺らもわざわざ来た甲斐が有ったな」


 ここに来ても呑気な二人。自分の心はこんなにも急いでいるというのに……

 誰とも思いを共有できない、この突如去来した悲しさに……恭平は遂に絶叫した。

「うおあああああ! 芽衣子ーーーーーっ!!」


 ――さっきあのガキとぶつからなけりゃあ、いやその後に桜花というあの大人の女のペースに圧されなけりゃあ、直ぐにゲートを潜ってさえいればぁ!!――


 そんな思いも頭の中に過りながら、恭平は想い人の名を発しこの窮地に負けまいと心を強く持とうとするのだった。

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サクラ・ラジカル 神代零児 @reizi735

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