転校生

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「あ~、マジ萎えるわ~」


 少年、斑目一真は教室の自分の机に伏していた。


「お前も災難だったな」


 前の席に座りこちらに半身を向けたクラスメイト、坂上肇はじめが声をかけてきた。その手には焼そばパンとパックのコーヒー牛乳が握られている。


 時刻は十二時二十分。昼休みの時間で、一真と肇は昼食を取っていた。肇とは普段から昼食を共にする仲の良い友達というか、よく一緒に問題を起こしては先生に怒られる、いわゆる悪友である。


「遅刻で放課後の掃除は確定。ご愁傷さま」


 そう言ってニヤニヤしながらコーヒー牛乳を一口飲む肇。


「何だよ」

「いや、可哀想だなと思ってな」

「その割には顔が笑ってるぞ」


 顔を持ち上げるのも億劫で、目線だけを肇に向ける一真。


「あっ、顔に出てた? こりゃ失敬」


 そう言いながらも肇はニヤニヤ顔を止めようとはしない。


「他人事だと思って」

「事実、他人事だからな」


 ああ、こいつには友を慰めるという感情がないんだな、と心で思うが、自分が逆の立場なら同じ態度を取るだろうなと気付くと、文句の一言も言えなかった。


「あ~、マジ萎えるわ~」

「それ、さっきも聞いたぜ」

「何度も言いたくなるわ」


 一真はダルそうにようやく身体を起こした。


「掃除はしょうがねぇ。実際に遅刻したからな。そこは甘んじて受けるさ。でも、今日はそれだけじゃなかったからな」


 課題が出されていた授業に、その課題を忘れた一真はさらに課題を押し付けられた。


「課題はやったんだ。ただ家に忘れてきただけなのに信じてくれねぇし」

「日頃の行いが悪いから信用されないんだろ」

「お前も同類だろうが」


 次に、普段は大人しく、授業中寝ていても放置する先生なのだが、今日に限って不機嫌なのか激しく怒り、数人寝ていた中で一真が選ばれて叩き起こされ、集中的に説教された。

 

「いや~、ハマセンの怒る姿初めて見たぜ」

「俺もだよ。ただ、何で俺なんだよ。他にもいたろ、寝てたやつ」


 そして、購買部で昼食を買いに出掛けようとしたが、鞄に財布が無いことに気付く。家に忘れたか、朝登校途中で落としたか。どちらにせよ、一真は昼食を買えないことに変わりはなく、結局目の前の悪友から昼食代を借りることになった。


「ちゃんと明日返せよ」

「分かってるよ」


 はぁ~、と溜め息をついてから一真は何気なく教室の窓に目を向けた。


 眩しいくらいの青い空で、今月一番の快晴と言えるほどの光景が広がっていた。そんな天気の下、外からはサッカーでもしているのだろう、男子の動き回る足音と声が耳に届き、自分の心境とはまるで正反対の眺めに、一真は軽くイラッとする。


「ほういや、びょうべんぼうべいがぐるびだいばっばざじいぜ」

「何言ってるか分からん。口の物を飲み込んでから喋れ」


 頬を膨らませて咀嚼しながら喋っているので全く聞き取れない。肇はゴクン、と一気に飲み干してからまた話し出した。


「そういや、今日転校生が来るみたいだったらしいぜ」

「転校生?」


 一真はそんな話は聞いていなかった。


 高校、というよりは学校で話題になる話と言えば転校生など定番中の定番だ。一真は人並みには情報収集に長けていると自負しているが、そんな話は肇に言われるまで知らなかった。


「どのクラス?」

「ウチのクラス」


 ますます寝耳に水の話だ。


「そんな話、俺聞いてないぜ」

「俺だってさっき購買部から戻るときに知ったんだよ」


 一真よりもさらに情報収集に長けている肇ですら先程知り得たのだ。どうやら、情報の発信はつい先程のようだ。


「本当は今日の朝礼で転校生が顔を見せるはずだったらしいんだが、何かの都合で明日になったらしい」

「都合って何だよ?」

「さすがにそこまでは」


 ヒラヒラと手を振る肇。


「んで、その転校生は男? 女?」

「男らしい」

「なんだ、男かよ」

「そっ。野郎だよ。全く、空気読めねぇ転校生だよ」


 それから二人の話題は、最近のグラビアやゲームといったものに切り替わり、それっきり転校生の話題を一切口にすることはなかった。本来なら「どんなヤツ?」「どこから来たのか?」「名前は?」などと興味を示してもいいのだが、性別が男と判明した以上転校生への関心は道端にある石ころ程度の価値しかなくなった。


「昼休みあと五分か。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「あっ、俺も」


 一真と肇は椅子から立ち上がり、教室から出ていった。


 この時、一真がもう少しその転校生に興味を示していたら、これから引き起こる事態に巻き込まれることはなかったかもしれない……。


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