第35話 桂田とマリア

 マリアが訪ねてきたとき。最初のうちは普

通に話をしていた桂田だったが、また途中で

記憶がなくなってしまった。そして、気が付

いた時にはマリアはもう居なかった。記憶が

途切れていた間にマリアと一体何があったの

か。どんな話がなされたのか。もしかしてマ

リアの依頼を受けてしまったのか。だとした

ら、自分は取り返しのつかない事をしてしま

ったのではないか。元来楽天的な桂田だった

が、最近は特に後悔が募るだけだった。


 マリアの桂田訪問は財団には秘密

裡に行われていた。マリアとしては邪魔をさ

れたくなかったからだ。財団の主旨は少しは

理解している。だが全面的に支持している訳

ではなかった。自らの上昇志向の前には外の

全てのことは後回しなのだ。


「お前も相当変わっているな。」


「そうでしょうか?人知を超える何かしらの

力を得たい人間なんて、きっと掃いて捨てる

ほどいると思います。」


「そういうものか。」


「そんなものです。」


「よかろう。お前の願いは叶えよう。それで

我にどうしろというのだ?」


「桂田君と同じです。彼と同じ能力が私にも

与えられるよう、あなたと融合しに来たので

す。」


「ほほう。自ら進んでだと?そんな奇特な人

間がおるとはな。確かお前もあの場にいたの

ではないか?」


 山のを地上

の兵力が襲ったとき、確かにマリアはその場

で指揮を執っていた。


「あの時はひどい目にあった。お前たち人間

が作り出した物はとんでもないぞ。さすがの

我も痛くてしばらく我を忘れたわ。」


「申し訳ありません。あの時は財団

の一員として行動しておりましたので。今日

は私個人として参っております。」


「お前の意向は分かった。それをやることは

可能だ。だが、それを成しえたとして我にど

んな益があるというのだ?」


「何も。」


「何もありません。」


「それでも、我に自分と融合しろと?」


「そうです。世の中のすべてのことはあなた

の暇つぶしではありませんか?」


「暇つぶしであるから見返りを求めるな、と

いうのだな。」


「そうです。それがあなたの存在意義なので

は?」


「今までに我に対してそのような不遜な事を

いいに来た人間はいなかった。面白い女では

あるな。それで我が納得しなかったら?」


「そのときは、ただ私があなたに殺されるか

融合したまま吸収されてしまうか、そのあた

りでしょうか。」


「なるほど、理解はしているようだな。益々

面白い。その覚悟で来た、と言うのだな。」


「その覚悟で来ています。」


 マリアの願いは刹那的だった。何かしらの

人知を超えた力を得たい、とも思うが、何も

得られず普通の人間として一生終わるのなら

そんな人生はこの瞬間に終わってもいい、と

も思っているのだ。


「ただ一つ。ある情報ならお話しできること

があります。」


「情報だと?」


「そうです。先日私はあなたの封印が形の上

では解かれなかった件のあとに、それらすべ

てがの画策した

の封印を解く過程の一部である、という

ことを知りました。そして、その際に接触で

きた人間に一人に杉江統一という学生がいま

す。ただし彼は純粋な意味での人間ではあり

ません。彼のことを調査していくうちに、あ

ることに気が付いたのです。それは彼が旧神

の関係者である、という事実です。」


「なんと、そんな人間がいるものなのか。」


「旧支配者たちの遺伝子は先日のように融合

と乖離の過程で人間に取り込まれて、それが

遺伝していきます。ただし、隔世遺伝の場合

が多いようです。また眷属たちとは直接的な

接触により変貌してしまうケースがあります。

これは遺伝はしますが数代で絶えてしまうよ

うです。杉江君の場合は隔世遺伝による前者

のようですので、旧支配者クラスということ

が想像できます。」


「なるほど。そしてそれが旧支配者ではなく

旧神だというのだな?」


「その可能性が高い、ということです。旧神

については人類の知識はほぼ皆無と言ってよ

いでしょう。単一神なのか、複数いるのかす

ら解っていません。もちろん、その名前も。」


「単一ではない。数は知らんがな。たった一

人の旧神にしてやられた訳ではないわ。」


「そうですか。では複数存在する、というこ

とですね。でも現在、旧神はどこで何をして

いるのか、ご存知ですか?」


「我は与り知らんことだな。」


「一応曲がりなりにも知られている情報では

ベテルギウスに居る、とのことですが。」


「そこなら悠久の昔に訪れたことがある。」


「では、場所はご存じだと?」


「知ってはおる。それが何だというのだ?」


「旧神たちはそこで眠りについている、とい

ことです。眠りについているだけで封印され

ている訳でも拘束させている訳でもありませ

ん、ただ眠っているのです。」


「そんなことであろうな。我らは封印されて

いるが眠っている訳ではない。」


「そうですね。話はそこからです。どうも、

その場所にたどり着きさえすれば旧神は目覚

めない状態で旧神の力を借り受けることがで

きる、という情報です。いかがですか?」


「なんと、そんなことが可能なのか。確かな

話なのか?」


「間違いないと思います。杉江君本人は現在

普通の人間の状態ですので、彼が気が付かな

いうちに催眠をかけて聞き出した情報です。

私が直接聞き出しました。」


「なるほど、それは少し面白いことができそ

うだな。」


「お気に召していただけましたか?」


「そうだな。お前の申し出を受けるくらいに

は気に入った、といったところか。よし、早

速願いは叶えてやろう。但し、知っているか

どうかは分からんが融合している時間が長け

れば長いほど分け与えられる力は大きいが時

間が短ければほぼ無意味なことになってしま

うが。」


「分かっています。桂田君と同じ期間、とは

行かないでしょう。ただ、数回に分けて、と

いうことでリセットではなく加算されるので

はないか、と予想しているのですが、そのあ

たりはいかがでしょうか。」


「確かにお前の言うとおりだ。力が加算され

ることは十分あり得る。但し、お前の身体の

負担は半端ないぞ。」


「当然覚悟しています。では、何回かに分け

てお願いします。」


 こうしてマリアの願いは叶えられることに

なった。彼女の目的は何か、は実は彼女本人

にもよく解っていないことであった。

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