第25話カミさんのこころは、今日は晴れるか。

1月3日 日曜日

●朝焼けがとてもきれいだった。

朝早く起きて、西の空が淡いオレンジ色に染まっているのを見るのは楽しい。

オレンジ色というより、紅黄色というべきなのかな。ともかく色彩だけで、こんなに感動させてくれるのだから、自然のカンバスに神の振るう筆には驚嘆する。

●リリはこんどは、カミさんの部屋のテレビのコードを噛もうとした。

「あわてて夜、寒いのにテレビを壁におしつけて、コードを隠したわ」

彼女は5日ごろにならないと、PCのコードの在庫があるかどうか、わからないので毎日心配している。

「日本のメーカーはおかしいわ。買ってからまだ3年よ。それで製造を中止したから部品がないなんて、どう考えてもおかしい」

イギリスの石油ストーブ「アラジン」はいつまでたっても修理がきくのよ。ゴモットモな意見だ。

●ぼくはノウテンキナ楽観主義者だから、コードの在庫はあり、PCはぶじに使えるようになる、と信じている。

●リリはコードを噛む。靴紐を噛む。長いものを噛む。なんだっていい、噛めるものは噛む。カミさんの鼻にまで甘噛みをする。カミさんの鼻は長くはないのに――これは愛情の表現だろう。

●ブルーな正月を過ごしている。

カミさんがいつものように微笑んでいないことには、天照大神が天の岩戸に隠れてしまったようなものだ。

非力のGGは岩戸をおしあける力はありません。朝焼けの空をみながら、カミさんのこころも今日こそは晴れるだろうと期待している。

1月18日 Mon

鹿沼は初雪です。

●あまりの寒さに階下の部屋に逃げた。この部屋はわたしが産声を上げた部屋だ。

そして、わたしたち夫婦が三人の子どもたちを育てた部屋だ。表庭に面した部屋で、床の間がある。父が百舌鳥の掛け軸が好きでよく掛けていた。なつかしい。

●今朝は雪になっていた。わざわざ二階まであがって周囲の雪景色を眺めた。ブラッキ―が追いかけてきたが、あまりの寒さにすごすごと階段を下りていった。そのしぐさがおもしろかった。

●階下に退却ついでに、原稿もキッチンでかくことにした。暖房も一か所ですむから、だいぶ家計もたすかるだろう。それに恋女房とキッチンで机をならべてパソコンに向かえる。

「クラスメートのようだ」

とわたしが言ったら、カミさんが「くすん」と同意した。

照れているのだろう。

1月20日 Wed

ブラッキーは前立腺肥大???

●一階の部屋で寝るようにしてからは、寝心地がいい。二階のように室温が0℃になるというようなことはない。それでも夜、トイレに2回位起きる。

●すると隣に寝ているブラッキ―も起きだして、引き戸をあけて餌場にでていく。

ところが、ようすがどうもそうではないようなので、薄暗がりをこっそりと、ついていった。

●闇のなかで、ヤッと聞きとれるほどの音。オシッコをしているのだった。

●「なんだ。ブラッキ―も前立腺肥大か」

●この話を朝、カミさんにした。

●「ブラッキ―、女の子でしょう、雌猫よ。前立腺はないの」

バカだね。と自嘲。

●「だったら、雄猫ならあるの?」

まだ、まじめに、考えている。バカですよね。

●早速、検索をしてみた。これが、あるんですね。人間とまつたく同じ病気が猫にもありました。

●「あるよ。ある。猫にもおなじ病気があるじゃないか」

「あなた、ぜんぜんわかっていない」

「この病気にかんするかぎり、おれの方が先輩だ。わからないことがあったら、ブラッキーなんでも聞いてくれ」

「わたしのいうこと、聞いてないの。ブラッキ―は女の子なの。女性には前立腺はありません」

バカの上塗りをしてしまった。

●恥の上塗りという表現はあるの。バカの上塗りなんてあまり聞いたことがない……。

でも、ありますよね。

まぁ、いいか。

1月23日 Sat.

ひそかに入ってきたのは、リリだった。  

●昨夜2時ごろ、ひそかに引き戸を開ける音がした。

ブラッキ―だろうかと確かめると、彼女はわたしのかたわらで、寝息をたてている。

●じゃ、リリか。

「魔女の宅急便」をみていたら白い猫が出てきて、リリという名だった。

うれしくなって寝床についたので、これは夢をみているのだ。

ところが、白いむくむくしたものが引き戸の間から入室。

引き戸を開けることを覚えたリリだった。

●えっ、どこにいたの? この時間には、カミさんのベッドで寝てるはずじゃないのか。

●リリちゃん、開けたら、閉めてよ。もっともそれが出来たらバケ猫だろうな。

●リリを抱きかかえて、カミさんの寝床に連れて行ってあげた。

●すっかり体が冷えてしまった。

リリのおかげで寝床が冷たくなり、いくら猫湯たんぽのブラッキーを抱きしめても、体が温まらない。

3対0で勝った昨夜のサッカ―の試合を思っていた。

延長戦になってからの怒涛の得点。感激。わたしの小説家としての運命もあんなふうにいくといいな。終わりよければ全てよし。といきたいものだ

1月26日 Tue.

リリの病気は免疫不全症、治らないかもしれない。

●あまり寒いのでこのところ一階で寝ている。

古い雨戸もしまるので二階の書斎けん寝室よりも3℃くらいは暖かい。

ところが今朝はあまり寒いので、起きもっくりで、寒暖計をみたら、3℃しかなかった。もしかしてと思い、二階に上がってみたら、カーテンが引いていなかったためでもあるだろうが0℃だった。宇都宮地方はマイナス3点9度だった。とテレビで報じていた。

●寒さが身にしみるのは、やはり歳のせいだろう。

こんなことでは、寒さにも負けず精進した先達にもうしわけない。

雪国に生きた僧侶を想った。良寛さん。良寛さんと口ずさみ、気合いをかけて動きだす。

●このところ、ムンクの「浜辺の少女」は吸血鬼だよ、の改稿訂正でいそがしい。

三部作でかなり長い作品だからたいへんだ。

●リリの体の調子がおかしい。免疫不全症。鉄分が少なくなる病気だ。

たぶん生まれつきなのだろう。一回血液検査をするとお酒三本ぶんくらいかかる。

わたしの3カ月分の飲み代だ。

●「リリの治療費を酒代に換算しないで」とカミサンに叱られた。

1月26日 Tue.

リリが手袋を隠しちゃったのよ。

●「リリ。リリでしょう。わたしの園芸用の皮手袋どこへくわえていったの」 

それからが大変だった。皮手袋でないと、バラのトゲが刺さって痛いとカミさんがこぼすので、まず植え替えの現場となっている二階の教室を隈なく探した。

本棚の後ろ。ゴミ箱の中。机の影。黒板の上。いくら探しても見つからない。

●探す範囲を広げて、一階の部屋部屋。どこにもない。

わたしは原稿に集中しなければならないので、お役御免を願いでて、隣の書斎にもどる。それからもカミさんは捜し続けていた。

●「どこへやったの、リリ。教えて、イタズラばかりしているのね」

●夕暮れ時、まだカミさんは、植え替えをしている。

トゲで痛い。痛い。と……泣き声だ。

●カミさんがふいに書斎に飛びこんできた。

「あった。あった」

手袋はカミさんの前カケの――ポケットに入っていた。

●「リリにあらぬ疑いをかけた。あやまりなさい」

「リリ、ごめんね。ごめんね」

カミさんは、リリを抱き上げほほずりをした。

1月27日 Wed.

リリは美人薄命なのかもしれない。

●リリは美人薄命なのかもしれない。かわいい過ぎる。

カミさんに一生懸命コケテッシュな愛きょうをふりまいている。

カクレンボをしてカミさんと遊ぶ。

いや、カミさんを遊ばせてくれる。

買い物袋のなかにもぐりこんでしまったり。

御殿掛にかけてあるクロスの背後にもぐりこみ、尻尾だけパタンパタン動かしていたりする。

●「ミーツケタ。リリちゃん、見つけたよ」

カミさんの笑い声が、リリがわが家に降臨してからというもの、絶えたことがない。いや、リリはカミさんが召喚したのだ。

●わたしには、ブラッキ―がいる。彼女は片時もわたしのそばを離れない。

カミさんは「わたしの猫が欲しい。わたしも猫が欲しい」と訴えつづけていた。

その甲斐あって、ある日ふいに、玄関に手のひらサイズのやっと乳離れしたばかりの雌の三毛の子猫が出現したのだ。近所に子猫を産んだ猫はいない。

のみならず、Kさんの家のほかには猫を飼っている家はない。

塾の卒業生でも、わたしたちが猫好きなのを知っていて、そっと、置いていったのかな。いくら推測しても、わからない。

困ってしまってニャン、ニャン、ニャニャンだ。

●こういうときには、年の功でこんな風にかんがえる。

『かんがえても、結論が出ないことは――そのままにして置く』

それ以上かんがえないことにしている。

●こんなの、年の功とはいいませんよね。

騏も老いては駑馬に劣る。

かんがえるのが面倒なので、逃げ、にげ、ニゲなのが、見え見えですよね。

――あなたに見透かされたようですね。

●カミさんがリリと笑い興じているのを見て、なぜかさびしい予感にうちふるえています。美人薄命。薄命。

お金がいっぱい、病気でかかっているのだから長生きしてよ、リリ、とこころのなかで、祈っている。

●わたしは月に一升瓶一本ていどの酒飲みなのだが、5年間の酒代がかかっている。

こういう卑しいことをいうから、優雅な暮らしに憧れ、『バラと猫との日々』の生活を送っているカミさんにしかられるのだ。軽蔑されるのだ。

●アブラカタブラ。この世界的に唱えられる呪文は『この言葉のように消えてしまえ という意味』らしい。リリが消えますようにと呪文を唱えたのではない。

わたしの予感がはずれて、消えてなくなってしまえ。という意味で口にしたのだ。

●リリが長生きしますように――。

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