おいしいプリンを作りましょう

竜世界

おいしいプリンを作りましょう

第1話

 わたしの目の前には本棚がある。その本棚には本がいくつも並び……どの本に

しようか迷っていると……1冊の本が床に落ちた。


 本を拾い上げると、話の最初のページが開かれていたので、わたしはこの本と

その話を読む事にした……そのページに書かれていた、話のタイトルは――


 おいしいプリンを作りましょう


 昔々ある所に、ご主人様とその女中がいました。ご主人様はとってもわがまま

で怒りっぽくて、今日は女中がご主人様が大事に取っていたプリンを食べてしま

い……それはそれは、うるさく叱り付けていました。


 女中はご主人様があまりにもうるさいので、傍にあった棒を手に取り、ご主人

様を叩き始めました……それはもう力いっぱいに……何度も、何度も……


 ご主人様は叩いてる内に、どんどん柔らかいお肉になっていきました……皮も

骨も血液も、叩いている内にきれいに混ざります……ほら、女中が頑張ってご主

人様を叩き続けている内に、ご主人様は立派な挽肉になりました……その、にく

たらしかった、頭の部分以外は……ですが。


 女中はこの立派な挽肉を入れるものが欲しかったので、ご主人様の頭蓋骨をく

り抜く事にしました。台所の包丁もすぐ近くにありますしね。


 ご主人様の頭をくり抜いて、その中にご主人様の身体の挽肉を詰め込んだ女中

でしたが……たくさん運動したので、お腹が空いてしまいました。


「おいしいプリンが食べたい」


 女中はそう言うと、ご主人様の顔が残ったままの頭を抱えながら、ふらふらと

出掛けて行きました……気が付けば女中は森の中。


「お嬢さん。お困りかい?」


 その声の持ち主は森の中に落ちていた一本の杖でした。杖は更に続けます……


「そこに洞穴があるだろう? あそこは盗賊の隠れ家で、今は仲間同士で争いが

起きていて、丁度それが終わったところなんだ……ほら、早速飛び出して来た」


 杖の言う通り、洞穴の中から斧を持った大きな大男が現れました……斧は勿論

体中に仲間の飛び散った身体や血が、あちこちに付いていました。


「さぁ、この大男を私で叩いてごらん……叩けば叩くほど、お嬢さんの欲しいも

のになって行くよ……お腹を空かせた、お嬢さんには丁度よさそうだね」


 女中が杖を拾い上げると、大男の身体は浮き上がり、横に倒れたかと思うと、

吸い寄せられるかのように女中の前までやってきました。まるで、まな板の上で

包丁が入るのを待つ、動物や魚のような光景です。


 さて、女中が杖で大男を叩き始めました……何度も何度も大男の身体を叩きま

した……すると、さっきまで仲間の血や肉がこびりついていた大男の身体は、ど

んどん白くなって行きました。


 最初はうめき声を上げていた大男ですが、今はそれも無くなり、女中の目の前

には大きな白いクリームのような塊が出来ていました……女中には、この白いク

リーム状のものには見覚えがありました。ここで杖が言います……


「もう叩くのをやめていいよ……これで生クリームが手に入ったね」


 女中がその白いクリームを指で少しすくい取り、味見をしてみると……確かに

生クリームでした。女中は喜びました……だって丁度、生クリームが欲しかった

のですから、次はカスタードクリームが欲しい……女中はそう思っていました。


「そこのお嬢さん。ちょっと手伝って行かないか?」


 女中が更に森の中に進むと、大きな穴を掘っている青年がいました。


「妻に浮気がバレてしまってね……ほら、そこに浮気相手の女性がいるだろう?

大きな穴を掘って、生きたまま埋めて懲らしめてやりたいんだが……ちょっと疲

れてしまってね……休んでいる間に穴を掘って欲しいんだ」


 青年の言うように、すぐ傍には縄で縛られ、助けを呼べないように口を塞がれ

た若い女性がいました……ここで青年は更に続けました。


「どれ……この大きな石を持ち上げたら交代だ……なかなか重たい石だね……ち

ょっと力を入れてみよう」


 青年がそう言った後、その石は大きく飛び上がり青年の頭の上に落下して来ま

した……すると、大きな音を立てた後、青年はよろけてしまい、後ろに倒れこん

だのですが……丁度その後頭部の場所に大きな石があり、鈍い音がしました。


「死んでしまったね……割れた酒瓶のように頭から血が出ているよ」


 杖がそう言うと、女中は浮気相手の女性の方に近付いて行き……声も出せなく

て苦しそうだった女性の口を開放してあげました。その女性は言いました。


「あ、あの……助けてくださり、ありが……」


 女性の感謝の言葉が言い終わらない内に、女中は女性を杖で叩き始めました。


 そう、女中はカスタードクリームが欲しかったのです……だから女中が女性を

叩き続ける内に、女性の身体は卵を混ぜたような黄色のクリーム……カスタード

クリームの塊になって、空中に浮かんでいました。


 女中は早速、そのクリームを味見しましたが……しっかりとカスタードクリー

ムの味になっていました。女中は死んでしまった青年にも杖を向けましたが……


「死んでしまった者は変えられないよ。そうそう、あっちに森の出口があるよ」


 杖に案内して貰った女中は森を抜け、広場のような所に辿り着きました……ど

うもここは村の中らしく、広場の中央には、女性が板に括り付けられ、広場にい

る村民から色んな言葉を浴びせられていました……それは、とても素敵な言葉の

数々です……だから歌にしました、さぁみんなで歌いましょう。


 魔女め 魔女め 忌々しい魔女め

 今年の畑が不作だったのも オイラの女房が出て行ったのも

 みんな みんな お前のせいだ

 だからこうしてやる 身体の至る所に杭を打ち付けてやる

 何度も 何度も 打ち付けてやる

 この村一番の領主様が言っていた

 お前は 悪いヤツだって

 

 魔女め 魔女め 忌々しい魔女め

 みんなで叩いて殺してしまえ 薪もたっぷり用意してある

 みんなで みんなで 殺してしまえ

 もっと悲鳴を上げろ 血だるまになっていい気味だ

 もっと もっと 苦しめてやる

 この村一番の領主様が言っていた

 これであの畑は 自分のものだって


 いよいよ女性に火が放たれました。木で出来た杭がたくさん打ち付けられてい

るので、よく燃えます……本当に、よく燃えます。村のみんなはそんな女性にす

っかり夢中です……村中のみんなが大きな声で楽しそうに笑っています。


 あまりにも夢中なので、女中がせっせと、村のみんなを杖で叩いているのに気

が付きません……誰も気が付きません。村のみんなの数はどんどん減って行き、

中央にいる女性だけになった時には、女中の周りにはクリームとは違った、よく

震える黄色くて甘い物体……たくさんのプリンが浮かんでいました。


 女中は中央にいる女性に近付いて行きました。集まった村のみんなをプリンに

していたので、火はすっかり燃え尽きて、女性の身体はまっくろこげ……そんな

女性の身体が面白そうだと、女中は思ったみたいです。


 女性の所まで来た女中は、女性の身体が泡のように膨らんだ部分があったので

潰してみました。でこぼこになっている部分があったので、引っかいて平らにし

てみたり、剥がしたりしました……女性はそれが嬉しかったのか、大きな声を上

げました……きっと喜んでいるんですね。だって、女性の身体中から赤、黄、白

の涙を次々と流しています……身体全体で嬉し泣きをしているに違いありません


 さて、大声を上げ過ぎて疲れたのか、身体中から3色の涙を流し続けている女

性は声を出さなくなったので……女中が杖で女性を叩こうとすると杖が言います


「さっきまでは生きていたけど、今は死んでいるよ。こっちの道に進もうか」


 女中が道を進むと……何かが大きくほえる声が聞こえて来ました。女中がその

声を頼りに向かった先で……けむくじゃらで6本足で目が4つある大きな獣が、

二頭の家畜が繋がれた乗り物に襲い掛かり……その家畜一頭の頭の部分を勢いよ

く食い千切ったところでした……少し太い糸が千切れるような音が素敵ですね。


 けむくじゃらの獣はもう一頭の家畜にも襲い掛かり、今度は上半身を一気に食

い千切って……残された下半身から、袋のようなものが飛び出して来ました……

獣はその鋭い牙で家畜のお肉と骨を砕く音を立てながら食べています。


 それを見ていた女中は自分がお腹が減っていた事を思い出しました。


 生クリーム、カスタードクリーム……それにプリンだって、もうあります……

でも、まだ欲しいものが……女中がそう考えている内に、お腹が一杯になった、

けむくじゃらの獣は眠ってしまったようです。


 そのごわごわした毛皮と鋭い爪には似合わない、大人しそうないびきをかいて

その大きな身体を膨らませては縮める、けむくじゃらの獣をよそに……女中は乗

り物の扉を開けます……すると奴隷の少年少女たちがたくさん繋がれていました


 女中は早速、その奴隷たちを杖で叩き始めました。その光景を見ている若い奴

隷たちの悲鳴が乗り物の中に響き渡ります……でも、鎖で繋がれているので誰も

抵抗できるわけがないですよね……女中はゆっくりと杖で叩いて行きました……


「これでカラメルソースの出来上がりだね……さて、さすがの私も疲れたよ……

しばらく休ませて貰うけど……この先の道を曲がれば静かな小屋があるよ」


 杖が最後にそう言うと、女中は道を進み確かに曲がり道があったので、更に進

むと……小さなあばら屋がありました。


 女中があばら家に入りますと……この家の住民でしょうか? 盗賊が押し掛け

て来たのか、家の中は荒らされていて、刃物を振り回されたのか、家族みんなが

バラバラになっていました……


 この半分だけになった顔はお母さんでしょうか? 結構美人さんですね。


 こっちの胴体が切り離された方がお姉さんで……きれいに頭だけが転がってい

るのは弟さんかな? お父さんの姿は見当たらないですね……


 家の中は血だらけで木製のテーブルは血をたっぷり吸い込んで、あちこちで滴

り落ちている血の音がとっても心地がよくて……確かに静かな小屋でした。ここ

なら、落ち着いて食事をするのにぴったりです。


 女中はテーブルの上に今まで集めたものを乗せて行きました……椅子の足元に

あった誰かの腕は蹴飛ばして……まずはご主人様の頭を乗せましょう……頭を切

り開いて、その中には身体の部分をぐちゃぐちゃに潰したご主人様を詰め込んだ

今までずっと女中が抱えていたご主人様の頭を……


 次にプリンを乗せましょう……領主様の話を鵜呑みにして、みんなで楽しく魔

女を痛め付けていた、村のみんなから作ったプリンをたっぷりと……


 次に生クリームを乗せましょう……斧を片手に仲間同士で殺し合って、返り血

をたくさん浴びていた、盗賊の大男から作った生クリームを……


 次にカスタードクリームを乗せましょう……妻がいるのに交際を迫られ、その

青年にさんざんもてあそばれた挙句、都合が悪くなったので生き埋めにされよう

としていた、女性から作ったカスタードクリームを……


 最後にカラメルソースをかけましょう……運ばれている最中にけむくじゃらの

獣に襲われ、持ち主が食べられた事も知らずに、乗り物の中で怯えていた、まだ

幼さの残っていた、少年少女たちから作ったカラメルソースをたっぷりと……


 もう女中はお腹がぺこぺこです。そして、誰にも邪魔されない静かな場所に辿

り着き、こうしてプリンを完成させました……後はもう、食べるだけです。


 ――ここでページをめくった時、このページでこの話も最後なのだと、わたし

は気が付いた……そして最後のページに書かれていた内容は……こうだった――


 さぁ、女中がプリンを食べますよ……きっとそれは間違いなく、とっても甘く

て、舌触りも滑らかで……ほっぺたが落ちそうで……自分まで、とろけてしまい

そうな……そんな、おいしいプリンです……


 おいしいプリンを作りましょう おいしいプリンが出来ました

 おいしいプリンが目の前にあります あなたはおいしいプリンです


 さて、女中がいよいよプリンにスプーンを近付けました……このお話もそろそ

ろ終わりにしましょう……それでは、ここまで読んでくださった、みなさん……


 いただきます


 ――これでわたしは、この話を読み終えた事になる……杖が喋るのはいいとし

て、その杖で生き物を叩いただけで生クリームやプリンになる……何とも奇妙な

話だ……そんな事、あるわけがない……


 わたしはそう思いながら、本を閉じようとした……しかし、本はわたしの手か

ら滑るように落ち、わたしは自分の手の平を見る事になる……筈だった。


 確かにわたしの手と同じ形をしているのだが、わたしの手はこんなに黄色じゃ

ない……だがかなり動かし辛くはなっているものの、自分の手のように動かして

指も曲げる事が出来る……ただ、その手と腕はどんどん形を崩し、地面に落下を

始めていた……ここでわたしは、自分の胴を見た、足を見た……信じられない!


 プリンだ……この白く黄色い食欲をそそる艶を放つ、この物体は……わたしの

身体は……紛れも無くプリンだ……手首から先が崩れ落ち、液体が溢れて来たが

……血の色ではない……蜜のような黒い色……これはカラメルソースだ。


 何という事だ……有り得ない! だが今、わたしの目の前で起きている……わ

たしの身体がそうなっている……プリンになっている!!


 もう身動きが満足に取れない……いや、もう動かない……周りもよく見えなく

なって来た……それから、しばらくして……音が聞こえた……


 それは、何かがわたしの傍に近寄る音で、歩いているのか、飛んでいるのか、

這っているのかさえ、もうわたしには判断出来ない……だがこれだけは判る……


 わたしは……食べられている。


 プリンとなったわたしを何者かが食べている……おいしいという声が聞こえた

気もするが、錯覚だったかもしれない……あぁ、何という事だ……


 痛みは無く、自分の身体がどんどん減っていく感覚だけが、はっきりと身体を

通して伝わって来る……もう身体の半分以上は食べられている……


 意識も次第に薄れて来た……さっきの声が聞き違いでなければ、わたしを食べ

ている何者かは、わたしを食べ終えた時に、こう言うのだろう……


 ごちそうさまでした


……と。


 だがその前に、わたしの意識が完全に無くなるのが先だろう――

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