1-7.眠れない理由

 森を抜けだした三人は、街はずれの岩場で途方に暮れていた。


「私、もう眠れないんですかね」


 ソクラと照子にさんざん引っぱり回されたバンシーが、悲しげに言う。


 岩の上に腰かけていたソクラは、視界の外にいる照子を指した。


「こいつに任せていると、別の意味で永遠に眠れそうな気がしてくるがな」

「いわれのない差別を感じたよ!!」

「理由なら腐るほどあるだろうが」


 もう疲れきった声しか出てこない。


(やっぱり……戻ったら、別のやつと組ませてもらうことにしよう……そうだ。それがいい……絶対、そうする……絶対に……)


 目の下のクマをいっそう濃くしながら、ソクラは決意する。


 照子とうまくやっていく自信は、まるでなかった。


「まあ心配いりませんよ!! 私たちに任せておけば、グッスリ熟睡できたようなものですからね! ソクラちゃん、穴の空いたお金みたいな丸いものとか、そういうの持ってない?」

「持ってないし、たぶんそれうまくいかないと思う」


 ソクラは『それ』を頭に思い浮かべる。


 催眠術モドキをやって、得意げになっている照子。

 うざったいドヤ顔まで想像できてしまい、ソクラは脱力感に襲われる。


「そっかー!! じゃあ、次の手を考えよう。エラーアンドエラーだ!」

「エラーの前にトライしろよ」

「飲み口キリッとしてるみたいな!?」

「ビールじゃねえ。っていうか、それドライ」

「お酒の話してると、大人の会話って感じ!!」


 照子はバンシーに、チラリと視線を投げた


「え……?」


 いきなり見られて、バンシーびっくり。


 それでも平然と照子が、チラッ、チラッと視線を送る。


 目で『会話に入ってこい』と露骨に催促していた。

 バンシーは、ほんの少し迷ってから口を開く。


「私……発泡酒は、ちょっと苦手で」

「ふぁっ、ファッポーシュ? お菓子みてえなの?」


 ボケではなく、照子は素で理解していないらしい。

 疲れきっているソクラだが、反射的にツッコミを入れている。


「発泡酒も知らないって、どういうことだ。もうちょっと、大人の会話しろよ」

「なんてこった!! パンナコッタ!! クララが立った!!」

「普通の会話もしろよ」

「いやでも、難しいこと言われたし!」

「難しくねー」

「ねくしかずむー」

「よだんーねらまとまがえがんか、とるいでいわさがえまお。ろしにんげかいい」


 ソクラが逆さにしゃべると、照子は戸惑った。


「えっ、えっ」

「エポエポー。よーねゃじんてッパンテ、てれさえかりや。ろだえまおのたきてっやにきさ。だんな」

「待って。待って。長い。長すぎるのなし。なし」


 照子、半泣き。


「ごめんなさいぃぃ。もうしません。許してぇ……」

「おまえ、極端だなあ」

「だってぇ」


 メソメソしながら照子は石の上に座る。


 ソクラは見ていられない気分になった。


「悪い。やりすぎた。ちょっとイライラしてたんだよ」

「うん。私もごめんね。仲直り!」


 照子がソクラの手を握って、ブンブンと振る。


「まあ誰でもあるよねっ。イライラしたり、悩んだり!! でも私、傷ついたって、へっちゃらよ! 仲直りオッケィ!! これでマブダチだぁ!」

「いや。マブダチじゃない。友達ですらない」

「うわぁ~ん。私の悩みが増えたぁ」

「他にも、あるんだ……悩み?」

「あるよ!! 悩み、いぱい、いぱい、あるあるよ!」


 いきなりカタコトになって主張する照子。


「悩みなんて、何もなさそうに見えてた」

「倍率ドン!! さらに倍! 悩み倍増発言だよぉ」


 照子が肩をがっくりと落とす。

 一応、落ち込んでいるようだ。


 その姿を見て、(やれやれ……やっと静かになってくれたか……)とソクラは思ったが、落ち込んでも照子は口を閉じていたりはしなかった。


「世の中、悩みごとだらけだぁ。それで、バンシーさんは何を悩んでいるの?」

「私……気になる人がいて。その人のことを考えると、眠れなくって。ずっと胸がドキドキしちゃって」

「そっかー。キノコのヤケ食いでもする? これ、おいしいよ……もぎゅっ」


 そんなことを言いながら、照子は足元に生えているテツヤキノコをもいで、ガブリと齧る。


 かつて徹夜の騎士が、一夜にしてヨナカヘイムのそこらじゅうに植えたと言われているテツヤキノコ。


 煮ても焼いても、生で食べても香ばしい。

 たいがいの食べ物に加工できるので、住人たちの主食になっている。

 調理しなくても食べれるので、たいへん便利。


 そのまま食べると胸焼けするので、ソクラはあまり生食しない。


(恋わずらいで、そのうえ胸焼けしたら……胸がモヤモヤどころじゃないなー……)


 キノコを眺めながら、ぼんやりと考える。


 そこでソクラは立ち上がった。


「待て」


 キノコを口いっぱいに頬ばった照子が、ソクラを見る。


「もぐもぐもぐもぐもぐ……んっく。どうしたの? ソクラちゃん!」

「眠れない理由……って、それかぁーっ!」


 思わず大きい声が出た。


(なんだったんだ……今までの苦労は……なんだったんだ、なんだったんだ……なんで、こんな……しなくてもいい苦労をしてるんだ、私は……)


 自分のマヌケさに驚いて、声も出ない。


 照子がキノコをパクつきなが、ヒゲメガネをつける。

 さらにパイプを口に咥え、ハンティング帽をかぶった。

 妖精なので、その程度の小道具はすぐ出せる。妖精なので。


「モグモグ……ンンン? 謎がとけてきましたぞ。名探偵どの」

「謎じゃねえよ」

「つまりっ、原因はっ、それだぁーっ!!」

「うるさい。それさっき言った」


 ソクラはバンシーにつめよる。


「誰だ。誰なんだ、相手は」


 いきなりの質問に、バンシーが口ごもった。


「え、あ……あの……」

「誰のことを考えると、眠れないと聞いているんだ」


 バンシーは、ちょっとためらってから答えた。


「お……おかみさん。マンガ喫酒場のおかみさん、です」

「女か……」


 気おくれしているような様子のバンシーの手をひっつかんで、ソクラはグイと引っぱる。


「ひぃ」

「行くぞ」

「え? あの、どこに……」

「まっふぇ。まら、ひぃのほ、たべひっれないひょぉ」


 照子はまだキノコ食ってた。


 駆け出すソクラ。バンシーの手を握ったままだ。


「ひぇぇぇぇ……」

「え? なになに? 待ってよ、ソクラちゃぁぁぁ……んっ!!」


 取り残された照子が、すぐに走って追いついてきたらしい。


 ソクラは走りながら、バンシーに言った。


「自分の気持ちを相手に、ちゃんと伝えるんだ。そうすりゃ、スッキリして眠れるようになるから」

「でもでもっ。女同士でそういうのってアリなんですかぁ~?」

「……知るかっ!! 当たって砕けろ」


 横に並んだ照子が、杖の先をクルクル回す。


「砕けちゃダメだよ、ソクラちゃん!! うまく縁結びしないと!」

「何がダメなんだ……え? あれ?」


 照子の発言に、ソクラはちょっと驚いた。意外だったので。


「おまえ、まともなこと言ってる?」

「まともだよ! まともだよ! まともだよ! まともだよ! まともだよっ……」


 照子は、このあとメチャクチャ連呼した。

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