1-4.呪術医

 またしても、夜道を移動中の三人。


 行き先は、呪術医ウィッチドクターの療養所だった。


「いんやー。ほっぺがあんなに伸びるとは、思わなかったよー」


 照子が感心したような声で言う。

 いつのまにやら、 元通りになっている顔をプニプニしていた。


 いくら妖精とはいえ、こんなデタラメな体のやつはあまりいない。

 ソクラはあきれて、言葉もなかった。


「ソクラちゃんのも、伸びるかな」

「伸びねえよ」


 照子がさっそく手を伸ばしてきたので、ソクラは全力で押しのける。

 具体的に説明すると、照子の顔面に手のひらを押しつけて、めいっぱい腕を伸ばして遠ざけた。


「うにゅー」

「こら。余計なことしてると、また転ぶぞ」

「そうだった。そうだった」


 意外と素直に引き下がる。


(まったく……こいつといると、調子が狂うな……)


 照子のことは手に負えない。


 ソクラには、そんな気がしていた。


(今回の仕事が終わったら……役所に戻ったら……上司に、別のやつと組ませてくれって……そうだ。そう申請しよう……)


 そんなことまで、頭の中で決めている。


「ねえねえ!! ソクラちゃん! あれが病院なの?」


 呪術医の家が見えてきた。


 照子がバタバタと走って前に出る。


「そんなに走ると、また転ぶぞ」

「……ごぽぁっ!!」


 言ってるそばから、照子がすっころんだ。


 ソクラは近くまで行って、手を貸してやった。


「言わんこっちゃない」

「ううう……ここは石が多すぎるよお」

「安心しろ。医者はすぐそこだ」


 白い石を組んで作られた、頑丈そうな一軒家が二人の目の前にある。


 蔦のからんだ木の扉が、ギギギ……と内側から開く。


「お客様。ソクラ。こんばんは」


 中から、金属でできた妖精が出てきた。


「こんばんは。ドクター」

「ナニ普通に挨拶してるのソクラちゃんロボロボロボこの妖精ロボットだよ!」

「落ち着け」


 ソクラは、すんごい勢いでまくしたてる照子を手で制した。


「ドクターの体は、ミスリルでできていらっしゃる。たいへん長生きしている呪術医だ」

「すっげ、すっげぇ! 激ヤバ!! 激アツ!! ここ来て一番、クソヤバいの見た!」

「静かにしろ」

「ナニこれ? ナニでできてんの? 鉄? 鉄なの? スッゲー硬い! コンコン鳴る!!」

「ミスリルだ、って言ってんだろ」


 照子がドクターを杖でガンガン叩く。

 四角い箱を積み重ねたようなドクターの頑丈そうなボディは、微動だにしない。


 もう照子を止める気力も湧いてこなくて、ソクラはため息をつく。


「妖精。鉄、苦手。ミスリル。硬い」

「しゃべった!! ロボしゃべったよ、ソクラちゃん!」

「さっきからしゃべってるだろ。いいから、そのくらいにしておけ。妖精ミサイルでふっとばされるぞ」


 照子はすごい勢いで逃げてきて、ソクラの背後に隠れた。


 ドクターが右手のような部品を上げて、チキ、チキ、と時計の針みたいな音をたてて振る。

 どうやら、それが否定のジェスチャーらしい。


「ミサイル。出ない」

「すみません。ああでも言わないと、こいつ止まらないんで」

「ウッヒョォーッ!! ダぁ~マされたぁーッ!」


 とても嬉しそうに、照子がその場でクルリと一回転。


 ドクターの目のあたりに嵌められた宝石が、チカチカと光った。


「あの子。手遅れ。かわいそう」

「知ってます。患者はあっちです」


 ソクラはバンシーを手招きする。


「バンシーが眠れないようなので、どこかに異常がないか調べてもらえますか」

「診察。開始」


 またもやドクターが、目玉がわりの宝石を点滅させた。

 その間、およそ五秒ほど。


「診察。終了。体、異常なし。ナイス、バディ」

「そうきたか!! 地味にエロいな! ロボのくせに、ドスケベ感スゲェ!!」

「失礼なこと言うな。ドクターは、かつて夜の騎士たちとともに戦ったほどの妖精なんだぞ」

「なにそれ?」


 照子はさっぱりわかっていない顔をする。


(まあ……ここに来て、一週間じゃ……無理もないか……)


 ソクラが困っている様子を見かねてか、バンシーが話のきっかけを作ってくれた。


「私も、それ知ってますよ。昔のヨナカヘイムは、妖精王族に反逆する邪精たちが支配していて……それで、夜の三騎士が戦ったとか、なんとか」

「マジでぇー? 話、盛りすぎてない?」

「嘘じゃないですよぅ」


 イジワル顔の照子に、バンシーがたじろぐ。


「徹夜の騎士。不眠不休の騎士。影の騎士」


 ドクターがぽつぽつと語りだした。


「みんな、仲間。一緒に、戦った。悪いやつ、いなくなった」

「謎シリアス来たよ。来やがったんよ、ケッ!! ……あだっ!」


 やさぐれた口調になった照子の後頭部に、ソクラのパンチがポカリと飛ぶ。


「私、仲間、かばった。体、なくなった。でも、平気。今、元気」

「そういうわけだ。ドクターには敬意をもって、接するように……」

「悪い悪い。ようするに、中身はドスケベジジイってことだな!! よくいるよくいる、そういうキャラ! お色気要素って、どこにでも必要だもんな───っ!?」


 ソクラは照子を壁際まで追いつめて、とんでもなくこわい顔になった。


「そのくらいにしておけ」

「ひぃぃぃぃぃ……ご褒美ありがとうございますぅ」

「それはそれとして。ドクター。異常なしって、どういうことなんですか」


 ソクラのスルー力が、だいぶ高くなってきた。


「本人は眠れない、って言っているんですよ。砂の妖精が、眠り砂を使っても眠れなかったんだから、絶対にどこかおかしいはずです」


 そう言うと、ドクターの頭がくるんくるん回る。首を振っているらしい。


「体、問題なし。気持ちの問題」

「つまりスポーツで汗を流して、ドスケベ感を発散させるってことかー!」


 照子が強引にまとめた。なんかいろいろ間違っている。


「適度な運動、推奨。健康、良好」

「そっかー!! やっぱスポーツかあ! 夜のスポーツって、ドスケベ度高いもんね!!」

「あなたの発想。不健全。不健康。精神活動、異常」


 ドクターの診断に、照子が額をぺしっと叩く。


「ヤッベー!! 入院かぁー! クッソヒマだぁ!! お見舞いのメロンでも食っちまうかぁーっ!」

「入院してるヒマなんかねえ」


 ソクラは、すぐさまツッコミを入れた。


「おまえは仕事するんだよ」

「ブラック企業、ブラック企業!! ロゥドゥォーッ! ジョケーン!! カイゼーン、ヨォォォォォ……キューッ!!」

「ドクター。適度な運動って何がいいんですか」


 あいかわらず、難しい言葉を普通にしゃべれない照子を無視して、ソクラがたずねる。


「過度の運動、よくない。心臓に負担、よくない。筋肉の酷使、よくない……」

「何がダメとかじゃなくて。こうすればいい、っていうのを教えてください」

「該当項目、検索中。自分のペースで運動、よい。ゆるやかな筋肉刺激、よい……」


 ドクターの口から、小さな穴やヘコみが刻まれた、細長い紙が出てきた。

 もちろん、ソクラにはまったく読めない。


「なんて書いてあるんですか」

「推奨行動。安全なスポーツ。ジョギング」

「夜道でジョギングか」


 ソクラとしては気が進まなかった。


 どこも夜道なので、暗くてあぶない。

 バンシーだけを走らせるわけにもいかないので、たぶん一緒に走ることになるだろう。


 それもちょっと困る。

 スポーツは苦手だった。一応、剣術はできるけど。


「まあ、私が一緒に走らなくても……」

「そういうことなら、この照子さんにお任せだぁーっ!」


 照子がソクラの前で、スカートをめくってみせた。


「なっ……!?」

「こんなこともあろうかと!!」


 さらにワンピースを一気にめくり上げて、脱ぎ捨てる。


「服の下に、体操服を着てきたのだぁーっ!」


 照子本人の言葉どおり、服の下はスパッツと体操着。


 ソクラの目が、点になった。


「……着てきたのだぁーっ!!」


 照子はポーズを変えて、もう一回、同じことを言う。


 誰も反応しなかった。


「あ、あのー……ソクラちゃん?」


 ソクラの顔をのぞきこむ照子。


 名前を呼ばれたソクラは、ポンチョの下で剣の柄に手をかけていた。


「もしもし? ソックラちゃぁ~ん?」

「おまえが、何を考えているのか、わからない」

「?」


 カチリと剣の鍔が鳴る。


 次の瞬間、ソクラは、シャリンッ……と不眠剣を鞘走らせる。


 さすがに照子もビビッて、二、三歩ほど下がった。


「おまえのことが理解できない。理解できないものは、危険。おまえは敵だ」


 ソクラがドクターの口調を真似ると、照子は目を白黒させる。


「えっ? えっ? 待って、ちょっ……」

「敵は、殺す」


 感情のない声を出したソクラが、剣を振り上げた。


 照子は逃げた。速攻だった。背中を見せて、猛ダッシュ。


「うっ、うわわわわわわわあ、やば、あぶ、のっ、のっ……ノォーッ!!」

「待て」


 走る照子に続いて、ソクラが追う。


「あ、あのっ……まっ、待ってくださぁ~い」


 二人を追って、バンシーも走っていく。


 病院の前から三人の姿が消える。

 ドクターだけが、その場にポツンと残された。


 ややあってから───。

 機械の体から、カチカチと作動音が響く。


「診察代。未払い」


 ドクターの口から、レシートが出てきた。

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