第9話 僕のどこかが縮むような感じがした

「コンラート様、お優しいのは美徳とも言えますが、状況によっては命取りになってしまうこともお忘れなく」

「レオナ。忠告はありがとう。しかし、彼女は怯えている。その姿には嘘偽りはなさそうだ。剣を収めなさい」

「ハッ、差し出がましいことをしてしまい申し訳ございませんでした」

 やっと、レオナと呼ばれた女騎士は僕の鼻先に突きつけた剣を収めてからマントを翻し、後ろに下がった。

 いきなりの殺されかけたと言う認識が僕の中に押し寄せてきて、状況が安心になって気が抜けて腰が抜けかける。グッと僕はこらえようとするが、血の気がひいて、頭がくらくらとして体が左右によろける。


「それはいけない」


 コンラートが馬上から降りて、僕の腰に手を回して支える。

 普通なら、セクハラというような構図だろうが、あまりの自然な仕草に僕はとっさに言葉をかけられない。

 というか、男と男のこのようなやり取りをしていても気持ち悪いわけで。


「恋する乙女と王子様。私よりも女の子しているけど。しかも少女マンガみたいな恋とかありえないわー」


 おい、そこっ、芽衣子さんうるさいよッ。

 しかも何だ。そのジト目。明らかに裏切り者と言わんばかりの顔は。

「つーん。知りませーん」

 また、僕の心を読んで先読みとかやめたまえ。


「まあ、それは置いといて、引き連れてきたハーレム騎士団どうされますか。コンラート第三王子殿下」

「ハハ、ルディア師匠。急に他人行儀な言葉。前の通り、弟子様でも宜しいのですよ」

 ハーレム騎士団という皮肉を漏らしたというのに受け流す度量のコンラートに対して、余裕のないルディアの眉がひくついている。下唇の動きもどうも痙攣したような動きで我慢しているのがよくわかる。

 ついでに瞳がどこかせわしなく動いていて左手がぶるぶる震えている。アルコール依存症一歩手前のような感じがするのも僕の気のせいだと思いたいが、どうもそうと思えない。

 王子様が目の前でなければすぐに泣きながら、横にほっぽり出している『美少女』をラッパ飲みにしているに違いない。

 まあ、助け舟を出したほうがいいかもしれないかな。


「第三王子殿下。これからすぐにでも黒竜退治にでも行くのでしょうか」

「そうだね。そのために私の部隊を出してきたわけだし」

 コンラート王子の後ろには女性が20名ほどそろっており、男アレルギーのコンラート専用の部隊となっているようだ。

 なんというか、『ハーレム部隊』と言われてしまっても仕方ない状況。これで男が一人でも来れば。


「黒竜が帰ってこないかと一応見てて諦めようかと帰ろうかと思ったら、何だ女神様達じゃないか。お、お姉ちゃんばっか」

 と、そこにガザックがやってきた。

 今日まで黒竜を探して、あの洞窟をずっと見張っていたらしいが、ダメだったらしく今日帰ると聞いていたが、タイミングが悪すぎる。

 

「おおおおおおおおおおおおお、男だ。お」

 ガザックの顔を見た瞬間、コンラートの様子がおかしくなった。

 声がおかしくなって、顔が真っ青になっていた。さらに漫画のように蕁麻疹じんましんが体中に出ている。


「何だこの兄ちゃん。すげー顔が真っ青。おい、宿屋でもいいから運んでやらなくちゃな」


「無礼者! 男がこのお方の前に現れてなど」

 先ほどのレオナがガザックの前に立つ。


「おい、姉ちゃん。藪から棒に。かわいい顔して、声だけは凄んで。まあ、いいわ。それよりもそこの貴族の兄ちゃんをどこかにだな」

「それよりもお前だ。盗ぞ、いや、冒険者がやってくるな」

「なんだよ。俺だって気にしているんだぞ。この人相が悪いのは。だからって、盗賊と間違えられるのは傷つくんだが」

「どうでもいい。今は殿下が」


「良い」


 よたよたとしながら、コンラート王子は立ち上がる。

 顔は青く、どこか危うさを感じさせる表情。

 何かがまずいような気がした。


「あ、これはダメだ。逃げて、凶悪顔の冒険者さん」


「俺、だからそんなやつじゃ」


「我が杖に寄りそいし力よ。彼のものに集まりて、我が罪をそそげ」

 コンラートの持っていた節くれだった古木の上に魔力の奔流が集まる。

「ちょっ、俺に魔術とか待ってくれよ。あんた、魔術師、まじかよ。俺、何もしていないんだぞ」


「私以外の男は存在してはいけないのだ」

「何を言っているんだコイツ、逃げ」


「られると思うのか?」


 平坦な声音。さらにはコンラートの表情が消えた。その真っ青な顔と相まって非常に恐ろしく思える。

 何というか、ガザックを殺しかねないような顔をしている。


「ひいっ」


 ガザックが逃げようとするが、すでに遅い。


「男は消えろ」

 平坦な声ととともに杖の光はガザックに向けられる。


「あばばばばばばばばばばばばばば!!!!!!」


 野太い悲鳴が木霊す。

 

「あっちゃー。『美少女』はどこですか」

「呑気に酒を飲んでいる暇はないかと」

「大丈夫じゃないけどさ。玉をとるだけだから」

「タマ? 魂?」

「いやいや、タマタマだよ」

「タマタマ? きんた」

「それ以上はいけないっ」


 僕の背筋に風邪をひいたときの悪寒を数倍にしたような寒気が走った。

 つられて、自分のないはずの何かが縮むような感覚がした。

 

「お兄ちゃん、どうしたの。股間を抑えて。何してんの」

「何してんのじゃないだろ。ガザックさんの男がとられるんだ!」


「あばばばきゃー」


 野太い悲鳴が微妙にカマっぽくなって、何か悪役顔が微妙にゲイバーにいそうなおっさんの声になって、気持ち悪い声に。

 気づけば内股になったオカマが誕生していた。


「ああんっ、これは何よもう、アッ、なにこれ、キャーッ大事なものが縮んで、ないわっ」


 僕は今はないはずの大事なものがが縮むような感じがした。










 










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