第1話 僕は魔術師になりたい

「女神様、女神様がいらっしゃる。オホーッぺろぺろぺろ」

「すごーい。顔が凄い整っているのに、お姉ちゃんにルパンダイブで舐めるとか気持ち悪い」

「助けろよ。芽衣子」

「やだよー。私だって、操奪われたくないし」

 自分も思うんだよ。すげー美人さんだと思うけどさ、今の顔どう見てもオッサンエルフ。しかも電車で痴漢して女の子のお尻を触っていそうな顔だし。

 今も僕の顔をぺろぺろ舐めているとか、うん――絵面としては最悪だな。


「ルディア、そろそろやめたらどうだ」


 和服美人さんこと、アンリさんがルディアを僕から引き剥がしてくれた。

 ありがとう!


「ふむ。やはりこの酔っ払いが絡むとろくなことにはならないな」

「私は酔っ払いじゃないよ。美少女を愛するオッサンの酔っ払いさ」

「悪化しているな。お前はそれでいいのか」

「いいの! 私は女の子を愛でるオジサン。あとはお酒も飲めたら幸せよ。ほら、アンリ! 米酒を出すのよ! 美少女を呼び出すことに成功したから、美少女を出しなさい!」

 アンリさんは諦めたとばかりに肩を落とし、どこからともなく「美少女」と何故か日本語で書かれた一升瓶とおちょこを取り出す。

 ルディアは目にも止まらない勢いで一升瓶を奪い取り、おちょこで飲み始める。


「プハァァ、これがいいのよ」


 ルディアはものすごい勢いで酒を飲み始めた。

 あーあ、もうとんでもないことになっているような気がするんだが、顔が薬やっていそうなアヘ顔なんだが、どういうことだ。


「いつものことだ。飲んだくれエルフは酒を与えれば大人しくなるし、吐くまで飲んだら落ち着くだろう」

「私の事いじめているのぉ。駄目よぉ、私はとぅてんすわぃちゃんなんだからふくしうしちゃうわよぉう」

「酒臭い。あっちいけ。呂律もまわっとらんから落ち着いて深呼吸して」

「すー、あ・・・・・・・吐きそう」

「洗面所行け」

 アンリさんがシッシッと右手を振ると、ルディアが口を尖らせて洗面所に行く。

「いいじゃない。相手してくれたって。あんただって、ちょっと酒臭いわよ」

「どうでもいいから、吐きそうなんだろ」

「ふぁーい」

 本当に日常のやり取りなんだろう。アンリさんの行動が手馴れていて、面倒くさそうなのがわかる。


「さて、私も美少女を飲も」


 カオスになるからやめてください。


************************************

 ルディアをアンリさんが洗面所に連れて行った。

 一息ついたところで僕は周りを見る。

 窓の外、そこにはのどかな自然とログハウスのような丸太で作られた家が集まる集落が見えた。

 そこには日本人には見えないような彫の深い顔の男女、あとは耳が猫のような人間やらが見えた。

 少ないようだが石で動く人形、ゴーレムらしきものも見える。

 何ともまあゴーレムとかすごいわ。興奮する。

 ということで僕は異世界にやってきたらしい。

 

「まあ、お姉ちゃんはこの世界の方が似合いそう」

「僕はお姉ちゃんじゃないぞ。塚本瑞希って名前だけど、男だぞ」

「見た目が今、魔女っ娘なのに。金髪ツインテールなのに」

 似合っているとか目で伝えるのはやめてくれないかな。芽衣子さん。


「というか、この姿にしたのは誰だ」


「元々瑞希お姉ちゃんはそういう格好だったし。それを戻してあげたのを感謝しなさい」

「感謝って、俺は元々男だ」

「でも、魔女の国のお姫様」

「じゃなくて、王子様だ。日本で生まれてときは男として生まれて、里帰りって魔女の国に母さんに嫌々ついていかされたら女の子になっただけだ」

「クリスティアーヌさんはそうは思ってはいないみたいだけど」

「思っていようが思っていなくても、僕は男の子。完全無欠の男の子だ。だから早くこの魔法を解いて、男に戻せ。 あと、ゴーレムとか興奮しているから、女の子じゃないと思うし」


「まあ、ゴーレムはねえ。お姉ちゃんの二つ名とか、確か人形」


「忘れろ。二つ名とか恥ずかしいわ」

「まあ、そのステッキを使いこなすことが出来れば元に戻れるらしいけど」

 いい話を聞いた。


 なら、僕は元に戻れるはずだ。

 こういう事には僕は慣れている。念じて、心の持ちようと根性で願いはかなう。

 信じることが救われるのだ。

 あとは僕がこの道具を扱うことができるのだという、一心。


「戻れー僕はキミの主だ。早く戻せー」


「そんなので男の子って。パッとしない女顔のお兄ちゃん?」

 酷くない。それ、僕のことを相当酷くディスてませんか。

 泣いてもいいかな。


「僕は魔術師に憧れているんだ。こんなことにつまづいている時間は無いのだ」


「そんなこと言っても魔女しか魔術は使えない。あとは魔女たちが倒してきた魔獣の力を使ってでしか、男の人は魔術を使うことが出来ないし、あんまり力も強くない。それが私達の世界の常識なのはおにいちゃんも知っているよね」

 よく、魔女の国の女王こと、クリスティアーヌ母さんからも聞かされた話。

 だから自分が女しか生まれない魔女の国で男として生まれ、魔女に変身するという不思議な力がないと魔術を使えないというのはよくわかっている。

 しかし、今僕がいるのは芽衣子のいう私達の世界ではない。異世界。

 違う概念の世界であり、僕が求める魔術を使う男がいるかもしれない世界なのかもしれないのだ。

 そうだから、僕は。


「僕は魔術師になりたい」

 

「何だか話は盛り上がっているようだが、芽衣子君とそこの冴えない女の子」


「僕は男です」


 アンリさん、扱い酷くないですか。

「やっぱり、魔女っ娘の姿のほうが見栄えがいいし」

「僕は男だッ」

「うーん、このクソ面倒なおにいちゃんは」

 何か二重で嫌味をいわれているような気がするのは気のせいかな。

 たまにこの子、酷いこと言うんだよね。

 しかも僕が高2で高1の年下なのに、何だかすぐに保護者ぶるし。

 まあ、母さんに僕の面倒を見てくれといわれているらしいからしょうがないけど。


「まあいいさ。面倒なのは思春期特有の現象だ。そうだな、隠したノートに魔術師になりたいがために変な呪文を書くとか、あとは勉強机の棚の二重底にエッチな本を隠すとか、パソコンの中に真面目な名前のエロフォルダを作ったりとか。大目に見てやれ。あと、そうだな、インターネットのブラウザ履歴を残さないように細工をしないとかだな。芽衣子君」

「そんなことしてないから。というか、アンリさん僕らの世界のことよく知ってますね」

 ちなみにアンリさんの指摘について、ちょっとくらいはあるかもしれないけどなどと思っているのは忘却の彼方。


「いや、私も元々は日本にいたんだ。ま、色々とあってルディアによって、この異世界に呼ばれた。だから、アンリにも漢字があるぞ。杏子あんずの杏に里で杏里だ。姓もあったんだが、そっちは捨てた」

「ちょっと、マジなのか。僕らと同じ――」


「うん。アンリさんは私達と同じ召喚された人なんだって」


「だったら、大切な人があっちに」

「姓を捨てたという事で察してくれ」

 つまり、元の世界には未練はないという事らしい。


 コホンと咳払いをして、アンリさんはニヤリと口元をゆがめる。

 そして、一つの爆弾を投下する。


「さっきの話を聞いて思ったんだが、私は面白い話を知っている。そうだな――男の魔術師の話だ」

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