予知能力

 ミドリちゃんには、予知能力があるのではないか、と思います。笑われそうなので、誰にも言ったことはないのですけれど。

 ミドリちゃんは先々月、施設に来たばかりの、五歳の女の子です。お母さんと二人暮らしだったのですが、お母さんに虐待されている疑いがあって、一時的に施設で預かることになったのです。彼女の身体には、何箇所も痣がありました。

 ミドリちゃんは無表情で、ほとんど喋りません。ごく稀に、ぽつんと呟くことがありますが、私以外の職員は、まだ聞いたことがないようです。

 彼女が施設に来た日のことです。

 ケンタくんという小学一年生の男の子と、廊下ですれ違ったとき、それまで一言も喋らなかったミドリちゃんが、ちらと目をやって呟きました。

「きからおちる」

 その翌日、ケンタくんが通う小学校から、施設に電話がかかってきました。校庭で木登りしていて、落ちて頭を打ったというのです。幸い、大事には至りませんでしたが……。

 他にも、タエちゃんという三年生の子を見て「いぬにかまれる」と言った一週間後に、近所の家の番犬に触ろうとしたタエちゃんが手をかまれたり。職員の林さんを見て「くるま、あぶない」と言った三日後に、出勤中の林さんの車が追突されたり。とにかく、怪我とか事故とかに関して、彼女の言うことはピタリと当たるのです。

 そのミドリちゃんが、今日、鏡の前で髪を結んであげていたとき、鏡の中を見つめて呟きました。

「おかあさんにころされる」

 ぞっとしました。これも、彼女の予知なのでしょうか。だとしたらミドリちゃんは、彼女のお母さんに殺されてしまうのでしょうか?

 ……いいえ、そんなことはさせない。私たちは、ミドリちゃんを護らなくてはいけないのだ。しかし、〝予知〟のことを他の職員に話していいものか……そう考えながら、今日の勤務を終え、施設の外に出たときでした。

「あの、こちらの職員の方ですよね」

 若い女性が、声をかけてきました。

「そうですけど?」

「ミドリを返してください!」

 私は、はっとしました。よく顔を見ると、確かにミドリちゃんのお母さんです。髪が乱れ、目も血走っていたので、一瞬誰だかわからなかったのです。

「あの子は、私の子なんですよ! なのに、どうして一緒に暮らしちゃいけないの。ここを通しなさいよ、ミドリ、お母さんと帰るわよ!」

「落ち着いてください、お母さん」

 ヒステリックに喚くお母さんを、私は必死に制止します。とにかく、この場から遠ざけなければ。

「邪魔すんじゃないよ!」

 お母さんが、カバンから何かを取り出したかと思うと、いきなりそれを私の腹部に突き立てました。

 包丁でした。

 騒ぎを聞きつけた他の職員が中から出てきて、血まみれの私を見て悲鳴を上げました。その場に崩れ落ちながら、私は妙に冷静に、ある一つの事実に気付いていたのです。

 ああ、あのときミドリちゃんは、鏡ごしに私を見ていたんだ、と。

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